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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅲ巻 第伍章 固執の頂に待つは、痼疾
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第伍章 固執の頂に待つは、痼疾 5P

「何とも……含蓄の深いお言葉だ。お前は、もう少しお上に隷属する根性を磨いた方が良い。好い加減、犬……もとい、大人になれよ。煽てられてやる気出すとか、子供っぽいぞ?」


 折角の司教や憲兵の良い話も空気を読まないヌアールが台無しにしてしまう。


「今の発言は、俺だけに限らず、憲兵殿に対して失礼だと思いますが」


 無責任なヌアールの発言に腹が立ったランディ。勿論、それは憲兵も同じ。憲兵は、押さ鞘に納めていた半曲刀の握りに軽く手を添える。


「場合によっては、君に代わって私がこの無礼者を切り捨てよう」


「正直者であれと常に心掛けておりますので。司教様の御言葉をお借りするなら綺麗な言葉ではないが、的を射ているので良いでしょう? 脚色して聞えを良くしているか否か。どうせ、回りくどく言っても同じ話。言葉とは本来、意思の疎通にのみ、特化して合理性を高めたもの。役割を全うさせているだけです」


 頭の後ろで手を組み、嫌味な笑いを浮かべていけしゃあしゃあとものを言うヌアールにこの場の誰もが呆れた。間違っていない屁理屈へこれ以上、誰も付き合う気は毛頭ない。


「……ランディくん。君の目論見は、少し見当違いの様だったな。獅子身中の虫とは、正にこの事。今、この場で議論していても仕方がない。私の手が及ぶ範囲であれば、君が思うように動いて構わない。此処で断念する事も選択肢として在り得る。考えて決断して貰いたい」


「まあ、こんだけ町の皆を巻き込んでれば、振り上げた拳を下ろす方が難しいだろ」


「誰もが思った事、全てを成し遂げられる訳がない。今回は、手を貸してくれた皆が過程を考慮してくれる。君の思った様にやりなさい。この先に待つのは、既に救いが失われ、登るのにも躊躇する険峻な山容だ」


 全てを背負う必要はない。司教も過度な期待をランディに負わせる心算はなかった。今、なら引き返す事も可能だと示唆する。ヌアールの余計なひと言に耳を貸さず、ランディは己の心へ問い掛ける。進むべき道は何処かと。されど、この町においてまだ、必要とされている人が居るのならば、取り組むべき。その答えしか出て来なかった。


「一先ず、エグリースさんとお話をしてみます。このまま、終わるのは本心ではありません。何よりも俺の希望に答えて下さった司教様や憲兵殿の御気持ちを無駄にしたくありません」


「ありがとう」


 恥も外聞もなく、深々と頭を下げる司教に対してランディは見つめるしか出来なかった。まるで、我が子の心配をする父の様に慈愛に満ちたその姿に心打たれるものがあったからだ。此処までされては、ランディにも逃げ場はない。大きく肩を落としてランディは、考えを巡らせる。今の自分にしか出来ない事とは何かと。


               *


「さてと……今日も頑張るか」


 一日、日を跨いで休日の朝。日が昇り、扉から陽光が差し込む薄暗い裏口の玄関先でランディは、服の埃を軽く払い、今まさに出かける所であった。今日もここ数日の日課であるラパンと朝の掃除に向かう予定だ。悩み事で鬱屈としたランディにとっては、何も考えずにただ、体を動かしたかったので丁度良い。一昨日に司教からの依頼を受けてランディは、飯も碌に喉に通らず、上の空気味で仕事に従事しながら昨日は、過ごしていたのだから。


「ランディ、もう行くのか? 偶には、休みを入れても罰は当たるまい。ラパンに言って今日くらい、ゆっくりしても良いだろう。根を詰めてどうにかなると言う訳でもない」


「おはようございます、レザンさん。お早いですね」


 ランディが扉の把手へ手をかけた所で後ろからレザンが声をかけて来たのだ。まだ、寝床にいると思っていたランディは、挨拶を返せたが、少しの間、固まって思考が停止した。

 まだ、ランディも頭の半分くらいは、眠っている。気の利いた返しをするには、頭の回転率がいまいち足りていなかった。時間が勿体ないのでランディは、大きく首を傾げながら苦し紛れに頭に浮かんだ言葉をつらつらと並べることにする。


「諺にもありますよ。永遠の都も一日にしてならずって。かの有名な永遠の都も苦難の歴史と数多の人民によって積み上げられたものです。日々の積み重ねが大事なんです」


「最早、何も言うまい。飯は食ったのか?」


 馬鹿丸出しのランディを見てレザンは、額に右手を当てながら朝食の心配をする。この所、まともに朝食を取っていない事は、既にばれていた。


「パンと卵で簡単なサンドイッチを作って食べました。後は、淹れたての熱い珈琲も。レザンさん、ご飯はどうしましょう? 帰ってからレザンさんが起きる頃に作ろうと考えていたのですが……まだ、時間に余裕があるので用意が出来ますよ」


「今日は、休みだ。私の朝飯は、気にしなくて良い。今日は、特に用事もないから自分で用意は、間に合う。序だ。半日は、家へ帰らず、外で羽を伸ばして気分転換でもして来い」


 急な話にランディは、着いて行けず、混迷を極める。聖堂の掃除が終わってから家に帰り、食事の用意や掃除、洗濯を済ませる予定が狂ったからだ。元より、外で過ごすつもりがなかったので尚更だ。レザンの意図も分からなくはないが、流石に困ってしまう。


「と言っても買い物の予定は……」


 髭を剃ったばかりの顎を撫でながらランディは、考えあぐねる。


「用事は、後で考えれば良い。凝り固まった思考を解しなさい。昨日は、飯の時も仕事の間もずっと上の空だったろう。楽しめと言った手前、助言だけに止めておくが……一辺倒になっていると、積み重ねた労力を惜しんで否応なしに失敗に気を取られて怖気づく。折角の好機も逃す。抜け目なく、動くには英気を養うのも大切だ」


「はい――」


「言っている事は、分かるな? 全てにおいて、計画を立てて難しく考える必要はない。偶には思うがまま、感性に身を任せてやってみなさい」


 順序だててレザンは、ランディに説明する。今の危うい状態で事態は、好転しない。

 功を焦るあまり、自身の足元も覚束無くなっている。これでは、他人の面倒を見ている場合ではない。ランディには一度、自分の立場を顧みる必要があった。


「そうですね。重く捉え過ぎてもどうにかなる訳でもないですし。ご指摘通り、行き詰まって一度、まっさらにして考え方を変える必要も出て来ました」


「聞き分けがないなら正面から怒鳴ってみるんだ。相手の事情なんぞ、お構いなしに。お前の思いの丈をぶつけて。お前の言い分が気に入らなければ、勝手に暴発する。本当に相手を知りたいのならば、言の刃で斬り合え。年齢の差なんぞ、関係ない。誰の為に立ち上がったのか、分からせてやれ。本当の理由も知らず、雰囲気に飲まれて同情の余地があると思っているならそれは、単純に甘やかしているだけでお前の思い上がりだ」


「っ!」


「決して、責めているのではない。そうなる様に状況が作られていると自覚を持たせる為に指摘した。お前は、相手が仕組んだ術中のただ中にいる。そして相手の作った仕組みに則り、攻略を考えているみたいだが、それは見当違いだ。そもそも付き合ってやる必要がない」


 レザンは、ランディを責めているのではなく、最良の選択をする手助けで厳しく言っている。倍も生きている相手に遠慮は要らないと。時には、本気の喧嘩になったとしてもぶつかり合う必要があると教えたいのだ。ランディは、知らぬ間に自分が抱えていた驕りを恥じた。


 レザンを視線から外し、じっと己の両手を見つめる。


「自身が有利になるような仕組みがある盤上遊戯がご所望と言うなら勝手にやらせておけば良い。お前は、その盤をひっくり返して腕相撲でも何でも得意な勝負に持ち込め」


「最早、無法状態じゃないですか……」

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