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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅲ巻 第伍章 固執の頂に待つは、痼疾
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第伍章 固執の頂に待つは、痼疾 2P

狡猾さを主眼に相手の予測を許さず、細かく手数で押し、防御を突き崩して食らいつくつもりだ。対して憲兵は、盾を使い、じっくりと腰を据えて攻撃を防ぎ、自身の体力を温存しつつ、ランディの体力消耗を待ち、大きな隙が出来た所で叩く剥戦法であるのは、間違いない。


「何時でも来い」


 ランディの狙いが分かって居るので敢えて憲兵は、余裕をもってランディを誘う。


 その誘いにランディは、乗る事にした。歩幅を一定に小さく保ち、目にも留まらぬ速さで肉迫する。風を切り、間合いに入ると、ランディは盾の範囲外を狙い、左手だけで右斜め上に切り上げる。思わぬ、速さに対応が遅れた憲兵は、すぐさま盾を胸元に引き寄せてランディの剣をいなし、左の半曲刀で迎え撃とうとしたのだが、ランディの攻勢は止まらない。


剣は、空を切ったが左足に踏ん張りを効かせて深く前に一歩を踏み出し、防御が崩れた憲兵に右肩から体当たりを繰り出したのだ。ランディも剣をいなされたのならば、距離を取りたくない。何故なら既にランディは、相手の間合いにいる。その間合いから後ろへ逃げれば、追撃が迫って来るだろう。


 ならば、剣も振れぬ距離へ踏み込み、相手の懐を狙う方が容易い。剣が間に合わぬと悟った憲兵は、一歩後ろへ下がり、盾を構え直し、ランディを待ち受ける。


「ぐっ!」


ランディの体当たりを片手でもろに受けた憲兵は少しよろめいた。


 その隙をランディは逃さない。身体を踏み止まらせて後退り、憲兵から少し距離を取ると剣を体へ引き戻し、両手で突きの構えを作り、次は右足で地面を踏みしめて攻め込む。真っすぐ伸びて迫って来る突きに憲兵は焦りつつも体を右に傾けて避け切る。


 ランディの進撃は、止まらない。避けた憲兵へ剣の連撃を繰り出す。弧を描く剣の軌道。最小限の稼働範囲に留めて手数と速さのみで圧倒して行く。体勢が整わない憲兵に攻勢へ出る隙は無い。離れて状況を見守るヌアールと司教。ヌアールは、肩を落として落胆し、司教は、興味深そうに笑みを湛える。


「ほう……」


「こりゃあ。また、アイツが図に乗るなあ――」


「ヌアール医師、彼の実力を知って居るのかね?」


「呼びにくいので宜しければ、ノアと。大凡の実力は知っております。ただ、憲兵殿相手に優勢で立ち回れるとまでは……」


穏やかな会話を交わすヌアールと司教の横で熾烈な戦闘は、続く。ランディの剣舞へ憲兵の堅固な防御と回避の合間に応じ技を交えて対抗している。速さを武器にするランディは、呼吸に乱れもなく、空白の期間を感じさせる事がない。応じ技にも時に剣でいなし、体捌きで難なく、機械的に処理をして行く。


顔には、余裕さえ垣間見える。既に演習とは呼べない規模にまで戦闘として発展している。命の取り合いに燃えているのか。瞳は瞳孔が開き、口元には笑みが広がって居る。戦闘技術のみに思考を特化し、徹底して相手の思考を読み、時には経験則の成せる反射を交え、まるで早指しの盤上遊戯の様に時に殴打や蹴撃を混ぜ合わせつつ、最良の手を叩き込む。


「思っていなかったかな?」


「お灸をすえて貰い、鼻っ柱を折って貰えればと。希望的な観測を持っておりました」


「はははっ! 何と、何と。一杯喰わされたのは私たちの方であったか」


「ひとっことも喋らないから早めに決着を付ける心算でしょう」


 司教の問いに戦況を見据えて淡々と勝敗にノアは、言及する。ヌアールも子供ではない。憲兵の実力を見定めていないながらも盗賊の惨状を目にしたからこそ、予想は出来た。別の理の中で生きるランディに適う者は、そういないと勝手に決め込んでいたのだ。少なくともノアには憲兵と出会った時点でランディと同じ匂いが感じられなかった。


「彼は、私のお気に入りでな。私が腕の立つ憲兵と見込んで護衛を依頼していたのだが……やはり、世界は広い。そして……若さを舐めてかかってはいかんと」


 司教の話が終わった所で丁度、切り結んでいたつばぜり合いを弾き、一度距離を取って呼吸を整える二人。熱中のあまり、呼吸を半分忘れていたのか、少し肩で息をするランディ。 


激しく高鳴る鼓動がより強く生の感覚をランディに呼び覚ます。珍しく、ランディは興奮していた。一方、憲兵は息を切らしており、肩の上下が激しい。どちらも寸での所で避けたり、打撃の応酬もあり、切り傷や痣も目立って来た。されど、切っ先は緩める事無く、相手へ真っすぐ向かい、隙は無い。落ち着きを取り戻したランディが薄ら浮いた額の汗を左手の袖で軽く拭っていると、憲兵は改めて問う。


「問う―― 何処の部隊に所属していた?」


「いえ。俺は、正規の軍へ席をおいてませんよ?」


「ならば、傭兵か?」


「それも違います。あくまでも俺は、この町の雑貨屋で仕事をしている田舎者。それ以上でもそれ以下でもないのですよ。何にせよ、無駄口を叩いている暇があるのは良い事。もう少し、稽古を付けてください。でもこのままだと、先程の発言を撤回して貰う話になりますね」


「ぬかせ……お前に勢い付かせなければ、良いのだ」


「貴方みたいに甘くはないので何時でも掛かってこいなど言いません」


 もう言葉遊びは、飽きたとランディが話を切り上げて再度、突撃を掛ける。技術力も拮抗しており、体力の差を加味して押し切られると憲兵は考えて盾を投げ捨てると、半曲刀を構えて向かって行く。勝つ為なら戦法を状況に合わせて変える姿勢に感銘を受け、ランディは、真正面に小手先の業を使わずに受けて立つ。大きく振り上げて剣を振り下ろすランディ。憲兵も同じく振り下ろす。


剣の腹同士が擦れ、耳障りな金属音を響かせながら鍔の辺りでかち合いになる。鍔迫り合いの中、互いに押し合って悶着状態になった。前のめりになって力に緩急を付けて隙を伺い合う。憲兵が期を見て鍔迫り合いを弾いて半曲刀を目線に真っ直ぐ構えて突きを放つ。冷静にランディは、半曲刀の軌道を剣でずらし、右の拳を握って腹部に打撃を見舞った。突然の衝撃で大きく息を吐き出して思わず、後退って大きく距離を取る憲兵。この一撃を食らった事により、憲兵はあきらかな形勢不利に陥ってしまう。


「これは、ランディくんに軍配が上がったと見れば良いのだろうか?」


「いえ、まだ早いですよ。憲兵殿も善戦しております故。憲兵殿には、是非ともアイツの鼻を明かして貰わないと……これでは私の思惑が水の泡です」


「それは、君の独りよがりだろう。あまり、年長者を困らせないでやってくれ。オルドルくんも良い歳だ。戦時には、召集されて前線に立つ身として自覚し、精進を欠かさない。だが、もうそろそろ、後続の育成する立場になっても可笑しくない」


 戦況を見定める司教へ不真面目なヌアールは、私怨の孕んだ発言を返して窘められる。


必死にランディへ睨みを利かせて見栄を張り、殴打を受けた個所は手でおさえていない。けれども動きが鈍くなり、ヌアールと司教にも分かってしまう位、損傷が来ている憲兵。


「尚更の事、後続育成の一環としてこの場において尽力して貰わねば。何処にでもあのような跳ねっ返りはおります。その性根を叩き直すのも先達の役名でありましょう?」


「彼が何故、君を連れて来たか理由が分かった。如何やら私の逃げ道はない様だ。弁が立つ……いや、重箱の隅を突く事に長けているからだな」


「お褒めに預かり光栄です」


「ランディくんが適材適所を心得ていると言ったのだ。君の野面皮な態度を褒めた訳じゃない。この町には、一癖も二癖もある人物が多いのかね?」

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