表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅲ巻 第肆章 あからさまなパンくず
221/501

第肆章 あからさまなパンくず 10P

「いきなりですが、此処で俺から一つお願いがあります」


「却下だ」


「何も聞かずに判断します? お願いの内容」


 わざとらしく、大きな溜息を吐いて肩を落とすランディ。勿論、此処まではランディも想定済み。訳もなく、甘んじてヌアールの暴言に耐えていたのではない。既に言質を取った。


 一度、砥石を机に置き、ランディはヌアールへ向き直る。


「いや、そもそも頼む側であるお前の不遜な態度が気に食わん。元々、お前が大嫌いだし。どうせ、お前の私闘に関わる事だろう。実に下らない」


「なら結構です。ミロワさんへ正直に今日の件をお話しますから。只、言われた通り来ただけ。大人気なく、俺の事を親の仇みたいに罵倒して満足したら帰ったと」


 強硬な姿勢を崩さないヌアールに対して満を持してランディは、打って出る。


 ランディは、臆せずに交渉の材料を提示する。好い加減、馬鹿げた茶番を終わらせたいのだ。時間も差ほど、残っていない。陽が沈み始め、曇模様の空のお蔭で外からの光は窓から殆ど差していない。約束の刻限は迫っている。


「それで大人しくしていたのか……だが、お前の言う事をミロワが信用すると思うのか? 俺の助手として三、四年くらい一緒だったからな」


「残念ながら十中八九、俺でしょう。信頼されているのは、仕事中だけ。原因は、それ以外の私生活の崩壊具合やら聞くに堪えない言動の所為です」


 図星を突かれ、臍を曲げて黙り込んだヌアールへランディは、説明を続ける。


「一先ず、理由を聞いて下さい。恐らく、ご存知かもしれませんが、エグリースさんが町から居なくなってしまうかもしれません。私闘は、エグリースさんの司祭解任について事情をお聞きした事から端を発しています。辻褄が合わない事ばかりで真実が知りたくて……」


「一から全部を話せ……その後に判断してやる」


 ランディは、手を止めていた作業へ没頭しながらヌアールへ一から理由を説明した。


 ヌアールは、懐から紙巻の煙草を取り出すと、ゆっくりと吸い始める。ヌアールが二本目を吸い終った所で説明は一段落着いた。


「よく、司教様を交渉の場に引き出せたな。いや、向こうにも事情があってお前と合致したと言うのが正しいと考えるべきか。その事情を知った所でどうする? 必ずしもお前の求める答えが待って居る訳じゃない」


「それでもきちんと解明しないと。今、やっている事が全て無駄になってしまいます。折角、色々な人が協力してくれているのに。このままでは顔向けが出来ません」


 例え、結果が伴わずともきちんと、己の中で納得しなければならない。やれるべき事をやったと言えなければ。人を先導した責任が取れないからだ。責任とは、信じて力を貸してくれた者達への説明の責任、本領を発揮した上でそれでも手が届かなかったと自身の無力さを恥じて謝罪する責任。そして一縷の望みに縋って己をも先導し、その先導に殉じた自分に対しての責任だ。これらに嘘偽りがあってはならない。


「で、お前はこの件で俺に何を依頼したいんだ?」


「立合人になって貰いたいんです。俺一人では場合によっては丸め込まれてしまうかもしれません。何せ、相手は教会内部で何十年と活躍してきた化物です。舌戦では、分が悪いです。ノアさんなら波風立たせず、助言も貰いながら聞けると思ったので」


「今まで一人で考えて殆ど、一人で行動して責任も負って落とし前をつけるのが、お前の流儀だった筈。前回の件もそうやってフルールの手を振り払ったじゃないか? 今更、人に頼るとはどう言う了見だ? 恥を知らないのか、お前は?」


 痛い図星を突かれてランディは、屈辱感に苛まれて苦虫を噛み潰したような顔をする。


 ヌアールの批難は、御尤もである。今更、虫が良い話と言われても仕方がない。されど、ランディには引き下がれない。そんなランディへヌアールは、更に追い打ちを掛ける。


「本当の事を言えば、お前が仔犬の件やエグリースさんの件にしてもやりたい放題しているのだって虫唾が走るんだ。町の皆も日和見になって簡単に協力する。何て馬鹿げた話だ」


「以前の俺ならば……己の矜持を優先し、周りの人を顧みず、絶対にこの様な事で人に頼るなどはありませんでした。今まで道が一本しかなかったから……迷うに足りるものがありませんでした。いえ、もしかすると迷いから目を背けていただけかも。でも、今の俺は違います。色んな人が惨めな俺を見捨てずに一歩一歩、前へ進むのを見届けてくれたから。皆さんのお蔭で幾つもの選択肢が前に広がりました。迷いながらその中で最高の結果が出る道筋が出来たなら……今の俺には、顧みるものが沢山あるからどんな搦め手でも使います。仲の悪い人とも手を組む算段を立てます。それに……何よりも」


「―― 何よりも何だ?」


「使命感に駆られるのではなく、無理をしないで楽しみなさいと言われました。色んな人に。だから掛けて貰った言葉を踏み躙る事なく、今回の件は終わらせたいのです」


 ランディは、瞳に生者の光を灯して力強くヌアールへ反論した。其処に以前の淀んだ真黒の瞳はない。今はまだ、己の培ってきた矜持の全てを捨てきれずにはいるものの、きちんとヌアールの指摘を一度、飲み込んだ上で相対している。そしてどうしようもない屈辱に対面しなければならないと分かって居てもヌアールを選んだのだ。もっと言えば、言葉だけの謝罪を挟むのではなく行動で示し、変わった自分を見せたい相手だったから。


「今回だけだ。次は、ない。日時と時間は?」


「今日の夕刻。後、少ししたら此処を出ます」


「事前に言えっての! ……まあ、良い。今日は誰とも約束していないからついてってやる」


「有難うございます。ノアさんって意外と優しいんですね。それとももしかして……」


「煩い黙れ。それ以上、言ったらお前の部屋から銃を持って来てその頭、吹き飛ばしてやる」


 ヌアールと軽口を交わしながらランディは、刀身の水分を布で拭って油を塗り、更に羊皮紙で拭うと剣を鞘に仕舞う。準備は整った。後は、頂を目指すのみ。


 固執の先に待つ、痼疾へ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ