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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅲ巻 第肆章 あからさまなパンくず
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第肆章 あからさまなパンくず 7P

グランが去った後の店内は静けさで満たされる。ランディは、失敗から得られるものがないか考えを巡らせる。椅子に座って蝋燭を眺め、ぼんやりと考え事に耽るランディ。手が勝手に今日、四杯目の珈琲へと伸びる。無意識のうちに机の引き出しからお気に入りの紙巻煙草を取り出して目の前の蝋燭から火を頂戴し、一服。


「さて……どうしたものか。この調子で理由があれこれつくと里親が見つからないかも。なにせ、此方にも相手方に都合があるから出たとこ勝負だ。商売をするのと訳が違う」


 本調子に戻っていない体には、紫煙が強く沁みる。珈琲と眠気も相まって自然と頭がぼやけて体が弛緩した。椅子の背に力なく凭れ、肩の力が抜け切ってしまう。されどほんの短い休憩も直ぐに過ぎ去ってしまった。奥の廊下から足音が聞えて来る。ゆっくりと煙草の火を揉み消し、珈琲を飲み切るランディ。顔を手で軽く叩き、気合いを入れる。


「ランディ、どうした? 先程、グランが来ていたみたいだが」


「マルの件でいらっしゃって頂きました」


「落ち込みようから察するに……断られただろう?」


 雰囲気から漏れていたのか、結果をレザンから直ぐに見破られてしまう。あからさまな態度を取った心算はなかった。寧ろ、その強がりが見え隠れしていたかもしれない。


「良く分かりましたね。もしかしてまた、心の中を覗かれちゃいました?」


「いや、顔に出ている」


 壁に凭れ掛かり、天井を見上げたレザンは、更に話を続ける。


「そもそも、マルには合わない。と言うより、犬の世話までクランの手が回らないだろう。あそこには、年子の幼児が三人も居るからな」


「その情報は、初耳です」


「色々と理由を付けて断られたのか。でも本心はそれだ。私にはそれしか思いつかん」


 未だ、町の情報に疎いランディにとって後から聞かされて驚く事が多い。しかし、今回は話が違った。



煙草と珈琲の所為で思考が回らず、ぼんやりとした形のない違和感だけがランディの頭を過ぎる。現状、細かな説明は出来ないが、話に明確な食い違いが生じているのだ。


「折角のシトロンの紹介が無駄になりました……あれ? でも可笑しいですね」


「お前の言わんとする事は、分かる。そもそも飼う気がないのに何故、来たのか?」


「その通りです」


 何とか言葉にしようとするランディを見て察したレザンは話を引き継ぐ。


 短い髪へ手を伸ばし、呆れ果てるレザン。ただ、その落胆はランディに向けられているものではなく、別の何かとだけは分かる。只管、首を傾げるランディ。


「此処だけの話に出来るか?」


「はい」


 普段のレザンなら人の悪口を言う。けれども貶めるまでの醜聞をランディに聞かせる事は無かった。此度は、どうやら避けて通る訳には行かない深い事情があるらしい。


「嘆かわしい事に―― あのじゃじゃ馬娘が何人か、町民を手玉に取っている。グランもその内の一人に過ぎん。グランは暫くの間、子供が小さいから酒場に向かうのを控える様、妻に言われていたな。大方、見つかった時にシトロンから助け船を出して貰ったのだろう。恐らく、その借りを使ってこの機会を作ったに違いない」


 聞けば、何処の町にでも有り触れた仕様もない話である。ランディは、一つ溜息を吐いた後、苦笑い。一方、疲れた顔のレザンは珍しく、引き出しからランディの煙草を取り出して火を付ける。釣られてランディも一服。天井へ二本の紫煙が立ち上る。


「ふっ―― 全容が理解出来ました。それならば、仕方がないですね」


「偶には怒っても良い―― と言いたい所だが、少なくともシトロンに悪気はなかった。グランに関しては……私に免じて目を瞑ってくれ。あやつもきちんと嫁を説得すれば良かったのだ。器量も良く、理解がある娘だった筈。酒場は、楽しむだけではない。情報収集の場でもあると―― な。そうすれば、時間の浪費にはならなかった」


「言い辛い事も在ります。奥方の言い分は正しいのですから。尻に敷かれていた方が何かと都合の良い時もあるでしょう。只、妥協点を見出す必要はあるかもしれませんが」


「古い考え方かもしれんが……いざと言う時には背中を預け、男として立てて貰う場面もあるだろう。ならば、日頃から真摯に受け止めねばならぬ」


 グランの境遇を考えるのであれば、ランディも責める気にはなれない。事情は把握出来たので後は、シトロンへの事後報告をグランの印象が悪くならない様に配慮して上手く取り成すだけ。元より、望み薄な出発点より始まったから期待をさせて貰っただけでも在り難い。


「何にせよ、もう既に事後の話だ。今、此処で議論を重ねても意味がない」


「そうですね。それでレザンさん、御用は何でしょうか?」


「いや、これと言っては無い……今日の業務に滞りはないか?」


「帳簿もつけ終わってます。来客も程々ですね。グランさんも来たついでに買って行ってくれましたし。それに今日はこの後、上客がいらっしゃるかと」


 机の上に置いてある帳簿を手で指示し、売り上げの報告も忘れない。


 忘れずにレザンの心象が良くなる為、先んじて報告も。


「何だ? 上客と言うのは」


「ローブ夫人がいらっしゃって下さるそうです」


「珍しいな、いつもは侍女しか寄越さない。さては……仔犬の話だな?」


 首を傾げたレザンは、直ぐに勘付いてランディに問い質す。


「お買い物がてらです。あくまでも片手間でお話を聞いて下さるそうです!」


「そう言う事にしておく。折角、鴨がネギを背負って来たんだ。儲けさせて貰え」


「はいっ!」


 当人が居ないからと、自由気儘に会話を楽しむ二人。されど、話に熱中し過ぎたあまり、既に客が気付いていなかった。店の入り口から物音が聞こえ、驚いたランディとレザンは振り向くと其処には、話題に上がっていたローブと侍女のセリュールの姿が。今日のローブは、いつも通り、銀髪をシニョンに纏め、ゆったりとした深緑色を基調とした上品な生地のドレス姿。セリュールは、皺ひとつない黒い制服といった出で立ちだった。この前の夜更けとは違い、外套のフードを被っておらず、素顔が見えた。銀髪で程よくウェーブのかかったハーフアップの髪型。細い切れ長の碧い瞳が印象的だ。普段、陽にあたる事が少ないのか、肌は病的なまでに白い。スレンダーな体格も相まって儚げな雰囲気を漂わせていた。


「さてさて……話に熱中するのも良いのだけれど? 客を放って置くのは頂けないわ」


「いらっしゃいませ、夫人。セリュールさん、ようこそ。御出迎えも碌にせず、すみません」


「ランディちゃん、御機嫌よう」


「はあ―― 来ているなら来てると言ってくれ」


 悪戯な微笑みを浮かべるローブにレザンは居心地が悪そうに咳払いを一つ。


 恐らく、かなり始めの方から話を聞かれていたに違いない。ランディは、冷汗を浮かべながら考えを巡らせる。場合に寄っては、折角の話がなかった事になるかもしれないからだ。


「薄暗い店内、商人二人が怪しげに語り合う様をみてどう話し掛けろとおっしゃるの?」


「済まなかった。新人を育成するのがあまりにも楽しくてな」


 素直に頭を下げるレザン。慌ててランディも頭を下げる。


「いえ、鴨がネギを背負って参りましたわ。今から恐ろしくて仕方がありません。どれだけ沢山、ものを売りつけられるのでしょう。ねえ? セリュ」


「お戯れを……奥様」ローブは、隣のセリュールに話を振り、からかう。


「あくまでも冗談だ。そんな心算ではない。茶を用意しよう。ランディは、マルを」


「そうそう、今日は仔犬ちゃんの里親探しをしていると聞いたのだけど」


「ええ。連れて来ますので少々、お待ちを」



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