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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅲ巻 第肆章 あからさまなパンくず
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第肆章 あからさまなパンくず 6P

「そうなんだ……ちょっと、げんめつ」


「どうぞ、ごじあい下さいとだけ言っておきます」


「シトロン、これでも売り上げに相当、貢献してるんだけど?」


「それとこれとは別」


 頭痛が酷いのか、右手を額に当てながら眉間に皺を寄せて苦し紛れに言い訳を述べるフルール。シトロンは、腕組みをしながらバッサリと切り捨てる。ランディは、フルールの肩に手を掛けて宥めた。もう、これ位にして事態を収拾せねばならない。


「何だか、色んな意味でお疲れ様だね」


「そうよ―― もう、朝から散々だったわ。父さんにも怒られたし。ご飯はちっとも喉を通らない。気持ち悪くて……起きられなくてベッドとお友達になったのは久しぶりだったわ」


「ルーは、お手洗いと友達になっているそうだよ。午前中に配達へ行ったらオウルさんが言ってた。二人とも親しい友人と友情を再確認出来て何よりだね」


「覚えておきなさい……いつかその詰まんない冗談、倍返しでお見舞いしてあげんだから」


「申し訳ない。少しからかいが過ぎた」


 真面目な顔で姿勢を正し、ランディはフルールへ真摯に謝罪すると用件を問うた。


「それでフルール、そんな体をおしてどんなご用事?」


「里親候補を見つけたから教えに来てあげたの。感謝なさい」 


したり顔のフルールは空元気で胸を張り、答えた。


「フルール、本当にありがとう! 一昨日の話で直ぐに成果が出るなんて」


「まあ、どってことないわ。今日も仕事を休みにして貰ったし。偶々、里親候補が家に来たのよ。その様子だと、シトロン、ベル、ルジュにも頼んで見つけて貰ったみたいね」


「そうなんだ。三人とも面談の予定まで組んでくれたから直ぐに解決しそうだよ。因みにフルールは、誰に声を掛けてくれたの?」


「ノアさん」


「ノアさん?」


 フルールから思わぬ人物の名を聞き、困惑するランディ。動物を飼おうと考えすらもしない面倒事が嫌いな人柄だと思っていた。どう言った風の吹き回しだろうと、ランディが訝しがっている最中、フルールは話を続ける。


「正確には、看護のミロワさんよ。お店に買い物へ来て貰った時……相談されたの。いっつも仕事が終わったら遊び呆けているから何か趣味で気を紛らわせたいんだって。お金も馬鹿にならなくて給料も大部分を注ぎ込んでいるって話だからそれも止めさせたいみたい」


「事情は承知したけど、ノアさんかあ――」


「あたしも少し心配だけど。ノアさん、物ぐさに見えて意外とマメだからきちんと面倒を見てくれるわ。ノアさんがマルを気に入ったらだけど」


 フルールから事情を聞き、説得を受けて場合によってはマルにとっても好条件となるのかもしれないと考え方を変えたランディ。ヌアールは、好い加減な約束をしない。自分で納得しなければ梃子でも動かないのだ。中途半端な同情心や心構えで飼い始めたのは良いが、最後には放置されるよりはマシだ。それらに比べれば、意思がはっきりしているので一度、決心してくれればどちらに転ぼうとも構わない。


「言わんとする事は分かるよ。フルールの言う通りだね。来て貰えるだけでも在り難いんだから。何時頃、来てくれるって? 明日? 明後日?」


「ミロワさんから今日の昼過ぎ問診が終わってからついでにお店へ向かわせるって」


「皆さん、随分と反応が良いね……段取り良くやらないと」


「私から言って日にちをずらして貰おうか。三人も会うのには、仕事にも支障があるんじゃない? レザンさんも良い顔しないと思うよ?」


 雇われの身である以上、仕事が第一だ。流石に仕事を疎かにしたくはない。されど、今日にでも決まるならこれ以上、家を騒がせる事もない。現状、二日経っただけでも夜泣きや粗相など、レザンにも迷惑が掛かっている。


「ごめんなさい。夫人はお忙しい可能性があるので今日以外はちょっと……」


「何? もしかして他の候補の人も今日なの?」


「いや、都合は付けるよ。顔合わせして少しお話するくらいだから……ただ、来て貰った方から順にやって行くから時間が被ってしまったら待って頂くくらいだ」


 状況を天秤に掛けてランディはこのまま、決行する事を決めた。上手く立ち回りさえすれば、仕事に影響はでない。ましてや、叱られる、叱られないは自身の器量次第。それ位、熟せなければどの問題も穏便には済ませられまい。第一、レザンは言った。楽しめと。面倒事の一つも楽しめないならば、資格はない。おめおめとレザンに泣きつくべきだろう。惨めに挫折したと膝を屈して報告し、仕様もない苦汁を嘗めるべきだ。


「何なら問診が終わればノアさん、暇だし。最後に回して貰っても構わないと思う。ランディもあんまり後回しにしても他の事にしわ寄せが行くから終わらせられれば、楽よね?」


「事情が事情だけに仕方がないね。ランディくん、頑張って」


「おうえんしてますっ!」


「がんばってー」


これ以上の言葉は、必要ない。ランディのただでさえ少ない僅かな器量で恙なく、終わらせねばならない。そして時間が惜しい。飯もまともに取る時間がなくなった。客人をもてなす準備も必要だ。挨拶を早々に済ませてランディは今度こそ、立ち去る。


「それじゃあ、俺は用事があるからこれで御暇するよ。お蔭で良い報告が出来そうだ」


「うん、私たちはもう少し此処でお話してるよ。後は宜しくっ!」


「まあ、期待しないで待ってるわ」


「はいっ! ごぶうんをおいのりしてます」


 手を振る四人に見送られてランディは急ぎ、大通りを引き返すのであった。


               *


「なるほど……長毛の子だったのかー」


「ええ、そうなんです。可愛いでしょ?」


「確かに人懐っこくて可愛らしいのだけどね……私個人としては、短毛の犬種が欲しかったんだ。うちの放牧場になってるが、周りは畑ばっかりで土の所為で直ぐに汚れちまう。短毛なら直ぐに払い落とせるから問題ないけど、これだけ毛が長いとなあ。シトロンから聞いていたのだが、私の想像を越えていた。恐らく、私の所に来てもこの子の為にならん」


 結局の所、手早く食べられる『Figue』のサンドイッチで昼食を済ませたランディは、茶菓子を買って直ぐに『Pissenlit』へ戻った。先ず初めに店に来たのは、麦藁帽、色褪せた青い手製のサロペットに茶色のシャツと言う出で立ち。茶色の髪を短く刈り込み、日に焼けた浅黒い肌の三十代の男。シトロンから紹介を受けた農園のグランだった。


「確かにおっしゃる通り……幾ら広くて走り回れても……ですね」


「そんなにしょっちゅう洗ってやれないんだ。汚れで蚤も酷くなるだろうし。それに農園の道は舗装してないから晴れてる日も風の所為で土煙も頻繁だ。雨の日はぬかるんで足を取られるのもしばしば。場合によっては、野犬や狼、熊とも一戦交える事も在るだろう。長閑だからって言っても不便さを論えば、キリがない。そんなに良いもんじゃないのさ」


 そそくさと茶の用意をし、盆と一緒にマルを小脇に抱えて対面をして貰った。


 折角、足労して貰ったのだが、どうやら相手方が希望していた犬とは違っていたらしい。


 一番、可能性が高いと考えていた候補が破談になり掛けていた。ましてや、相互で旨みがなければ、意味もない。顔には出さないが、意気消沈してしまったランディ。


「ある程度は、想定していたのですが……考えが及ばずでした」


「いや、君の思いやりや考えは間違っていなかった。ただ、そう言う事も在る。今回は申し訳ないのだが見送らせて貰うよ。異存はないかね?」


「ええ、わざわざご足労頂き、有難うございました」


「良い、人と巡り会える事を祈ってるよ」

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