第傪章 忙しない日々の始まり 12P
確証のない中で啖呵を切り、無理をしてでも相手を舞台へと引っ張り出すランディ。
しかしながらこれまでとは違い、ランディには引っ掛かる事があり、それを確かめねば恐らく、根本的な解決にならないと直感が働いていたのだ。まだ、知らねばならない事があり、それがなければ、状況は一向に良くならない。
「―― ならば、結果の話は一先ず、横に置いて君の提案通りに話をするべきだろうか。何も我々だけの話ではない。町の住人にも密接に関わって来るからこそ、理解を得る事も大切だ。ただ、この件は様々な面で際どい話でもある。おいそれと君に話すのも難しい。参考意見として忌憚のない意見を准尉に聞きたいのだが……君はどう思うかね?」
「私の具申で宜しいのですか?」
司教は、思案顔で振り向く事なく、憲兵へ問う。今まで静観していた憲兵は、表情を変えず、あくまでも冷静に問い返す。この判断に対して発言をするのは、職務の域を脱している。
「単純に君ならこう言った悩ましい決断をするにあたってどう言う知恵を絞るか聞きたいだけなのだ。君に責任を負わせるつもりはないから悪しからず」
司教は、振り向くと笑顔で憲兵に言った。憲兵は、微笑みながら答える。
「かしこまりました。つまりは、信用に足る人物か推し量りたいと。私から申し上げられる事があるとすれば一つ……力を示せと」
「恐らくそれが一番、単純明快なのだろうな」
ランディの思惑通り、司教は話に乗って来た。されど、ランディが欲する答えに至るにはまた新たな障害が増える事に。それは、ランディもある程度、覚悟していた。交渉の立場は、対等でも劣勢の立場にあるのは変わらないのだから。
「我々の世界ではそれが全てです。単純な武力、権謀術数に限らず、何かしらの素質や取り柄が必要とされます。志も重要でありますが、それだけでは何事も成しえないので。また、全力を尽くすその時に人となりも垣間見る事が出来るでしょう」
「ランディくん、私からの課題に挑戦する気はあるかね?」
「課題にもよりますが……尽力、致します」
「本来であれば、私自らが相手をすべきだろう。禅問答か、盤上遊戯はどうかね?」
「正直に申し上げますが、あまり馴染がないですね」
「それでは、公平と言い難い。逆にランディくんが得意な事は何かね?」
恐らく、この二人の年長者に勝算がある可能性が高い特技は一つしかない。
司教の問いにランディは少し考えた後、答える。
「……剣術を少々、嗜んでおります」
「それならば、私が彼と手合わせを致しましょう」
「君の手を煩わせてしまうが、良いのかね?」
「任務の延長線に過ぎません。この町にお供させて頂きましたがとても穏やかでしたので寧ろ、多少の緊張感が欲しい所でした。承りましょう」
憲兵は、頷いて了承する。
「では、期日はどうしたものか。明日は確か、予定が空いていたな」
「はい、特に視察など予定は御座いません」
「ランディくんも異存はないかな?」
「明日で結構です」
「あくまでもこれは、私闘に過ぎない。あまり目立たない町外れの……町門付近で待ち合わせるとしよう。時間は陽が沈む頃が良いだろう。待って居るよ、ランディ」
そう言うと司教はまた、骨ばった手を差し出して来た。ランディは、その手を力強く握る。我ながら馬鹿な事をしたと、ランディは自覚しつつも久々に胸をときめかせていた。
*
「さてと、これが終わったら君が何と言おうと飲みに行くよ?」
「ルー、本当に申し訳ないね。今日は、俺の奢りだ」
「よし、言質は取れたわ。ユンヌ、今日は沢山、食べられるね」
「フルール。私、小食だから……あんまり食べれないよ」
その日の夜。ランディ、ルー、フルール、ユンヌはランタンを片手に聖堂の前に居た。
それぞれ、掃除用具を持ち寄り、約束通りに集まったのだ。初日から手伝って貰う想定をしていなかったランディは、あまりの申し訳なさから三人に飯を御馳走する約束をしてしまった。独りで作業するよりも何百倍もマシな上に安い出費だ。
周辺の民家は、明かりを消して寝静まり、遠くの方に夜の店の明かりがポツポツと見える。ランタンに照らされて雑草や苔の生えた花壇や石壁。扉の階段も埃や枯れ葉、土汚れが目立つ。聖堂ももの静かで独特な雰囲気が漂い、少し気味が悪かった。四人で雑談をしているからそうでもないが、独りなら尻尾を巻いて逃げ出したくなるくらいだ。
「こんな機会、殆どないわ。お腹が破裂する位食べないと大きくなれないよ?」
気の早いルーとフルールは既に終わった後の褒美に目が眩んで意気揚々と予定を立てていた。ユンヌは、呆れ果てて額に手を当てており、ランディは既にこれから起こるだろう災難で頭が痛い。災難とは財布の大打撃ではなく、二人が潰れた後始末だ。
「成長期は、もう終わったの。フルール、余計なお世話」
「まあ、ユンヌちゃんは少し食べた方が良い。たまに心配されない? 主に体調面で」
「そうかな? あんまり言われないけど」
「か弱い子に見られがちって損じゃないわ。あたし、そうみられるのって羨ましいけど」
「憧れる気持ちは、分かるけどフルールには似合わないよっ!」
「やかましい……」
突拍子もないフルールの発言を聞いたルーが高らかに笑う。フルールは、珍しく顔を赤らめて目を逸らしながら恥じらう。ランディは、その珍しい姿に目を丸くした。
フルールは、話の流れを変えようと必死になる。
「ごほんっ! シトロンに言って何時もなら高くて手が出せなかったウヰスキーをボトルでいれようかしら? 誰か、飲み比べに付き合わない?」
「喜んでお供するよ、フルール。そろそろ、雌雄を決したいと思っていたんだ」
「構わないけど、俺とユンヌちゃんは後始末しないよ。二人して潰れても店においてくから」
「望む所よ。シトロンの部屋を借りるもの。ルーは、店の床でも大丈夫でしょ?」
「寧ろ、店の床だなんて贅沢だね。外の石畳でも良い位だ」
ランディの警告も何処吹く風の二人の前では、呆気なく水泡に帰す。最早、避けられぬ運命と知り、本格的にランディは諦めた。そんなランディにユンヌは、慰めの言葉を掛ける。
「ランディくん……大丈夫。いざとなったら私、怒るから」
「君だけだよ、俺の味方は……」
「まあ、ふざけるのはこれくらいにしておいて……さっさと始めよう」
好い加減、取り止めもない話をしていても進まない。ルーは手を叩き、刷子と水の入った木桶を手に取り、扉付近へ向かう。そのまま、もくもくと磨き始めた。ランディやフルール、ユンヌも各々、雑巾や箒を持って始める。当然の事ながら人手が多いので当初の目標もさして時間を掛ける事無く達成できた。
そしてその後、地獄の窯の蓋が開けられたのは言うまでもない。




