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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅲ巻 第傪章 忙しない日々の始まり
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第傪章 忙しない日々の始まり 9P

そして準備が整い、ランディを先頭に『Figue』へ入店すると、思った通り店内には、簡素な灰色のドレスを纏い、前掛けをしたユンヌが店内で待って居た。


「いらっしゃいませーって……ランディくん、おはよう。朝から珍しいね、仕事は?」


「おはよう、ユンヌちゃん。仕事の前に君の淹れてくれた特製の珈琲が恋しくて仕方なくて足が勝手に……後は、折り入って御願い事があって来たんだ」


 店内に漂う香しい珈琲の香りと喫茶店特有のゆったりとした雰囲気を楽しみながらランディは、冗談をのたまう。ユンヌは、呆れ顔で溜息を一つ。


「はいはい。珈琲は、二の次で御願い事が本題ね……」


「ごめん、気恥ずかしいから言わなかっただけで俺の一番の目当ては、君の可憐な笑顔を見かったからなんだよ。きちんと伝えるべきだった、済まない」


「ランディくん、からかわないで頂戴」


「本気で言ってるのに……」


「私もランディくんのやり口には慣れて来た。もう、やられっぱなしじゃないよ。そのうち、反撃の狼煙を上げるので覚悟して頂戴」


「ははっ、それはそれで楽しみだ」


 ユンヌの反応を楽しみたいが為に毎度、ちょっかいを掛けるランディ。悪気のないあまのじゃくなスキンシップである事も分かって居るのでこなれたユンヌは、柳に風と受け流す。


「笑って誤魔化さない。それで御願い事の内容にもよるけど……取り敢えず、席に案内しようか? いつも通り、カウンターが良いよね?」


「いや、今日は一人じゃないからテーブル席を」


「一人じゃないって……ああ、ベル! 気付かなくてごめんね。いらっしゃい」


「ユンヌねえ、おはようございます。いえ、わたしがランディさんの後ろにいたのでしかたがないです。おじゃましにきました!」


 ランディは、後ろに振り向いて自身の背に隠れていたヴェールを指し示す。


 ヴェールに気が付いたユンヌは、抱き締めて頭を撫でる。はにかむユンヌは、先程のマルと同じ様にされるがまま。満足したユンヌは、二人を店内の入り口付近の席へと案内した。


「碌なお持て成し、出来なくてごめんね。それにしてもこんな時間に。今日は、本当に可笑しな日。今日は、フルールのパンが空から降って来ても可笑しくないかな?」


「その例えは、適切ではないよ。配達中のフルールが焦って転んでパンが宙を飛んでいる所、見た事があるからその天気は、あまり珍しくないと思う」


「確かに。私も小さな頃から何度も見た光景だから珍しくないかも……でも、それ以外の上手い例えが私には思いつかないよ」


「ルーが突然、覚醒して良心の呵責に苛まれて慈善活動に勤しむ位の衝撃が欲しいよね」


「難しいなあ……次までに考えておくね。それじゃあ……お客様、注文をお伺いします。さっき聞いたのは珈琲だったけど、ランディくんは、いつも通り?」


「お店、特製を熱いので宜しく頼むよ。ベルには紅茶を」


「特製って言っても母さんが気に入ってる業者さんからずっと買ってるだけだからこの店では何もしてないけどね。そう言って貰えるなら嬉しいよ……それでベルは、紅茶どうしようか? 今日はどっちにする? シトラス系の茶葉と普通があるけど」


「きょうは……シトラス系が良いです!」


「良いね。香りがすっきりしているから目も覚めるよ。勉強の前には持って来いだと思う。二人とも、お茶菓子はどうする?」


 小さな口を窄め、元の筆記具とメモ帳に視線を向けつつ、下らない四方山話に花を咲かせながらてきぱきと注文を取るユンヌ。ついでに売り込みも忘れない。ただ、ユンヌの厚意に甘えるには、時間が些か足りないので断る選択肢しか、ランディは選べなかった。


「誘惑に抗って今日は、遠慮しとく。俺も仕事があるし。ベルも学校があるから折角のお菓子を味わう時間がないから今度、長居が出来る時にお願いするね」


「次はとびっきりのお菓子、用意しておくね。では、かしこまりです。それにしても話は変わるけど……ランディくんは、何時からベルって呼ぶようになったの? びっくりした」


「さっきから」


「どう言った風の吹き回し?」


「ベルからのお許しが出たんだ。寧ろ、今まで他人行儀が過ぎたからね」


「そうね。言われてみれば、親戚のオジサンみたいな感じだった」


「せめて親戚のお兄さんって言ってよ。まだ、そんな年じゃないから」


 肩を落とすランディとそれを見て派手に笑うユンヌとヴェール。


「さて、折角の珈琲や紅茶が来る前に話を終わらせてしまおうか」


「そう言えば、御願い事だったよね。どんな御用かな?」


 ランディが背筋を伸ばして神妙な面持ちで本題を切り出すと、ユンヌは、メモ帳と筆記具を胸元に抱えながら細い首を傾げてきょとんとした表情を浮かべる。


「昨日、言ってなかったんだけど……仕事中に仔犬を拾ってね。拾ったのは良いのだけど、俺は飼いきれないから里親を探しているんだ。それでユンヌちゃんにもお店に来るお客にこの話を広めて欲しくて……お伺いしたんだけど」


「それ位ならお安い御用。でも……ランディくん、大丈夫?」


「大丈夫って何が?」


「実を言えば、昨日のエグリースさんとランディくんが揉めていたのを私とフルール、少し聞いていたんだ。折角、気をつかってくれたのにごめんね」


 まさか、昨日の話を其処まで聞かれていると思っていなかったランディは、右手の親指と人差し指で目頭を押さえる。醜態を晒した訳はないが、穴があったら入りたい程。柄にもなく、熱くなったのを見られたので背中がむず痒くなった。


「あれを聞かれたのは……正直に言って恥ずかしいな。つい、俺も熱くなって売り言葉に買い言葉となってしまったから情けない話だ。大丈夫、大丈夫。ユンヌちゃんから心配は嬉しいけど、思った以上に話が上手く行ってるから問題ないよ」


「そう言っても教会の件は、ランディくん一人が抱えるには重過ぎる」


「まあ、仔犬の件と一緒で人に頼り切りになってるから俺の出番はそんなにないんだ」


「じゃあ、修繕の件とか、寄附金の具体的な話としては、どうなってるの?」


「話が逸れているからあまりこの場で話すのも違うと思うんだけど……と言ってもユンヌちゃんが納得しないだろうからきちんとお話するよ。修繕と寄附の件は、ブランさんにお願いしてる。俺が今の所、取り組まないといけないのが礼拝堂の掃除と礼拝の人集めくらい。まあ、掃除は仕事が終わった夜と休みに。配達の合間と店番とかで礼拝の人集めをお願いする算段だよ。人集めは、ルーにもお願いしてるけどね」


「ほら、やっぱり……寝る時間しかないでしょ」


 呆れ果てたユンヌは、大きく溜息を一つ。自ずから進んで火の粉を被り、あまつさえ内輪で煽ぎ、火を大きくしているのだから世話ない。しかもそれを楽しんでいるのだから。


「朝は、比較的に自由な時間が多い」


胸を張ってランディは、言い訳を述べるもユンヌは、知って居た。


「あれからずっと、ラパンくんと朝の訓練も続けてるから時間ないでしょ」


「流石、ユンヌちゃん。俺の予定をそこまで把握しているとは……尊敬の念を込めてランディ愛好家の称号を授与したいね。如何だろうか?」


「ふざけないっ! 本気で心配しているのに……」


 まさか、己の事情を其処まで把握されていると思っていなかったランディは笑うしかない。そう、ランディは未だ尚、馬鹿正直に朝からラパンを連れ立って走り込みや武術の稽古を欠かさない。しかも重ねて行く毎にラパンの顔付きが精悍になりつつある位には手を抜いていない。その予定を鑑みれば、このまま行くとランディは本当に寝る時間しか、自由な時間がない。その懸念をユンヌは、指摘しているのだ。

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