第傪章 忙しない日々の始まり 8P
「それが良いとおもいます。ランディさんは、たのんだ人から話を聞いてまとめた方が早いかと。わたしたちみたいに一人が二人に。二人が四人に……って数が自然とふえて行くのでランディさんが歩き回らなくても皆、二、三日後にはひろまっているでしょう」
「皆、おしゃべりだからね。あっというまだよ、あっというま」
「それじゃあ、後はユンヌちゃんとノアさんに頼んで終わりにしようかな……」
「あんまりあるき回ると、逆にランディさんを見つけるのが大変だからね。ユンヌねえとノアさんにたのんだらいっしゅうかんくらいはしごと中、お店でじっとしてた方が良いと思う。そしたらけっかも直ぐに伝えられるから」
双子の助言にランディは、素直に応じる。時間の節約が出来るのならば、歓迎だ。少々、人任せとなっている所があるのも否めないが、ブランからも言われたように時には、腰を据えて待ち、取り纏める役割を担う事も大切だ。何時までも若さと自身の行動力を頼りに物事を成し遂げる道理は通用しない。年を取り、後続の若手に役割を引き継ぐ指導者としての立場になる日が待って居る。ならば、先に勉強をしておくのもやぶさかでない。
「ついでにランディさんが良ければ、おみせへあそびに行っても良い? しってのとおりベル、どうぶつ好きだからマルに会いたがるとおもうんだ」
「勿論さ。俺一人だと仕事中は相手してあげられないから寧ろ、助かる」
「まっ、まいにちでも良いですか!」
「随分と食いつくね。ヴェールちゃんの好きな時に来てくれて構わないよ」
「やったあ!」
「よかったね、ベル……流石に毎日、行くって言い出す所まではかんがえてなかったけど」
マルに配慮して小さく飛び跳ねて喜びをあらわすヴェール。逆にルージュは、想定から狂いが生じ、目に見えてげんなりとしていた。ランディには、ポニーテールの髪がいつもより、下がって見える。良かれと思った事が裏目に出たと言う所だろう。
「それじゃあ、宜しくね。学校に向かう君たちを何時までもこんな場所で引き止めるのは、流石に気が引けるから俺はユンヌちゃんの所に行こうかな――」
「とうこうのじかんまではまだあります! いっしょに行っても良いですか?」
「大丈夫かい? 折角、早くから学校で勉強をするつもりだったのだろう?」
「ダイジョーブです!」
ヴェールは、眩しい程に茶色の瞳をキラキラと輝かせて熱い視線をランディに向ける。これには、ランディも困り果ててルージュへ助けを求めるのだが。ルージュは目を瞑り、無言で首を横に振るだけ。どうやら助け舟は、ランディの知らぬ間に沈んでいた。それ以前に最初から存在しなかったと言った方が正しいのかもしれない。
「でも……」
「言いだしたらきかないからそのまま、ランディさんがせきにんもってつれて行って……」
ルージュがヴェールに気付かれないほど小さな声でそっと、ランディに耳打ちを一つ。
ランディは、諦めて静かに頷く。
「それなら一緒に行こうか」
「はいっ!」
「たのしい話をじゃましてわるいけど……ともだちとやくそくがあるからわたし、先に学校へ行ってるよ。ヴェールを宜しくね、ランディさん!」
「ルジュもいこうよー」
「ダメダメ、じゅぎょうがはじまるまでたまけりのやくそくしてるから。それにどっちか一人は、がっこうでマルの話をしたほうが良いよ。ベルは、マルとあそんであげて」
「むっ―― わかった。わるいけど、よろしくね」
「きにしない、きにしない」
そう言うと手を振ってルージュは、教会へ向かう道へ歩き始める。その背中を人混みの中に掻き消えるまで見送った後、ランディとヴェールは『Figue』へ向かった。
「まさか、お供が出来るとは思わなかったよ。ヴェールちゃん、重くないかい? 元々、鞄の中がその子の定位置だったから戻って貰うよ」
「おかまいなく、おとなしくしてくれているので」
「まあ、揺れも酷くて狭い鞄の中よりもヴェールちゃんに抱えて貰った方が居心地は、何倍も良いだろう。でも無理は良くないから疲れたら何時でも行ってね」
「はいっ!」
鼻歌交じりで満足気に仔犬を抱きかかえるヴェールに隣だって歩くランディ。気をつかったつもりだったが、この三、四つほど月が経った中で見た事のない最高記録を更新と言い切れる位、零れんばかりの笑みを見れば、ランディの配慮は、杞憂だった。
「そう言えば、ランディさん……」
「何か、相談事かい?」
「いえ……気になることがあって」
「どうしたの?」
「わたしの名前なんですけど、呼びにくくないですか?」
「いや、全然。寧ろ、馴染んでしまっているよ」
「それなら良いですけど……もしよろしければ――」
唐突に立ち止まってランディを見上げるヴェールは何処か不満気な表情。いや、もっと言えば、何かに焦がれ、それが原因で心情の揺れ動く様が手に取るように分かる。 恐らく、その形がない朧月の様な願望は、ヴェールにとって言い難いのだが、ランディから提案すれば、トントン拍子で済む簡単な話。普段は、察しの悪いランディでも直ぐに分かった。
「提案を察すると……勿論、君が良いと言うなら皆と同じ様にベルって呼んでも良いかな? 逆に最近、君に対して他人行儀過ぎるかなって思っていたんだ」
「はい! わたしもそうおもってましたっ!」
「結構、お世話になっているのに何時までも本当に偶にしか会わない遠縁の子みたいな感じだったから。君にとっては感じが悪かったよね、ごめん」
「いえっ! そう言うことじゃないんです! 皆からベルって呼ばれるのがふつうだったので……ランディさんにもそうなってもらえたらうれしいなって」
マルを抱えつつ、器用に髪の毛先を少し気にしながら恥じらうヴェール。ランディにとっては、何と言う事もない。これ位ならお安い御用だ。
「ありがとう、ベル。俺もそう言って貰えると嬉しいよ」
「あのう……どうしてですか?」
「少しずつ、町の住人として定着。つまりは落ち着いて来たのかなって自分の中の感覚では思っていたんだけど……他の人から認められているかな? って疑問に思ってたんだ。こう言うのって目に見える結果何て無くて。気付いたらもう在ったとか、全く無かったとか難しい話だから……自分だけが思い上がっているんじゃないかって不意に頭を過ぎるんだ。ベルの気づかいのお蔭で確実に一歩ずつ進んでいると実感出来たよ。本当にありがとう」
「おれいなんてっ! わたしは!」
「いいや、その優しさのお蔭で俺は、どれだけ救われているか」
「……っ! もうっ、このおはなしはおしまいが良いです!」
「そうだね、終わりにしよう。また、ルージュちゃんからどやされる」
「かっ、からかわないで下さい!」
ヴェールの提案は、ランディにとっても喜ばしい。これまでの積み重ねが花開いたのだからこれ以上に嬉しい事は無い。そして話をしている間に『Figue』が見えて来た。
「さてと。話をしながらもあっという間に着いてしまった。まあ、君たちと出会ったのが近かったから当たり前と言えば、当たり前だけど」
「そうですね」
「立ち寄るだけじゃあ、ユンヌちゃんに悪いから何か飲み物を頼もうと考えているのだけど……ベルも紅茶は如何かな? まだ時間は大丈夫であればだけど」
「時間は大丈夫ですけど、良いんですか?」
「構わないよ。依頼の前払いの一つとでも思って貰えれば」
「はい、それならよろこんでごいっしょします!」
店に入る前にランディは、ベルから仔犬を受け取ると鞄の中へと誘った。少し鼻を鳴らしてベルの所に戻ろうとぐずったが、直ぐに大人しくなる。




