第傪章 忙しない日々の始まり 7P
「って言ってもルジュは、いっつもねてるか。早く来たおとこのこたちと遊んでるだけじゃない。勉強をしなさい、べ、ん、き、ょ、う!」
話の合間にルージュの茶々が入り、ヴェールはじろりと睨みつける。
「じゅぎょう中にきちんと勉強はしてるから良いーの。それよりもランディさんは、何していたの? はいたつのお仕事? それとも別のおつかい?」
「ちょっと用事が二、三あってね。仕事を抜けさせて貰って出て来ているんだ」
「わたしたちが聞いても大丈夫な話ですか?」
「うん、差支えないよ。その内の一つはね、この子の里親を探しているんだ」
満を持しての登場とばかりにランディは、鞄からマルを抱き上げて二人の前に差し出した。慣れた様子で仔犬は、目を細めながらされるがまま、欠伸を一つ。ルージュは興味半分、されどそこまで惹かれる事もないのか素っ気ない様子。ヴェールは、目を輝かせて仔犬を食い入るように見つめた。
「こいぬ……? かわいいじゃん」
「かわいい! ちょっと、頭を撫でても良いですか?」
「でしょう、でしょう。良いよ。さっき、シトロンに相手をして貰ったんだけど、まだまだ元気だから。自由に歩かせてもやれないのもあって発散させてやりたいもんでね」
ランディは、そっとヴェールに仔犬を渡しながらまるで我が子の様にランディは、胸を張ってマルを自慢する。ヴェールは、恐る恐る割れ物でも扱うかのように仔犬を受け取るとじっと仔犬の澄んだ小さな瞳を覗きこみ、にこりと笑う。ルージュは隣で少し覗き込んだ後、興味が薄れたのか、ランディに向き直ると、質問を一つした。
「ランディさん、この子はどこで拾ったの?」
「昨日の仕事中に偶然、出会ったんだ。事情があってこの子は、天涯孤独。つまりは、もう誰も家族が居ない。新しい親切な家族を見つけたくて色んな人に相談して回っているんだ」
「そう……なんですか。わたしの家……は無理かな?」
あまり人見知りをしない仔犬なので直ぐにヴェールとも打ち解けたマル。顔を近付けたヴェールの鼻を一舐めし、愛想を振りまく。その姿に心を射止められたヴェールは、頬ずりをして撫でまわす。収拾がつかない位に盛りを見せるヴェールは、ルージュに問うた。
「ベルは今、兎の世話でいっぱい、いっぱいでしょ? わたしも動物の世話はあんまり好きじゃないし。父さんは、ろんがい。セリユーさんもお仕事が沢山あるから難しいよ」
ヴェールの気持ちを重々承知の上でルージュは、適切な助言をする。頭ごなしに駄目と言う程の事ではないし、ヴェールも自分の状況を理解した上でルージュへ真っ当な意見を求めた。単純な互いに結果が分かっているが故の答えわせだ。ランディも二人に意思決定権はなく、最終的にはブランの所へ伺いを立てる必要があるから無理な押し売りをして双子へ無責任な期待を傾ける気も毛頭なかった。
「だね……せめても何かお手伝いが出来れば―― わたしたちもその新しいお家さがしのお手伝いなら出来るかもですね! ランディさんもさがす人が多い方が良いですよね」
少し沈黙が続いた後、じっと真剣に見つめていたヴェールは一計を案じ、弾けんばかりの笑顔を浮かべながら里親探しの手伝いを申し出て来た。勿論、その答えを待って居たとばかりにランディは、笑顔で食いつく。
「恥ずかしい話なんだけど……君たちの事も頼りたかったんだ。俺よりも顔が広い君たちなら見つかるんじゃないかって期待があったから。もし良ければ、頼めるかい?」
ルージュも満更でもない様子。頭の後ろで手を組みながら頷いた。
「まあ、それくらいならわたしにも出来るから……やってあげても良いよーと言うか、すでにベルがやるって言ったから話は決まってるんだけどね」
「そう言って貰えると非常に助かるよ! 人が多ければ、多いほど早く見つかると思うんだ。既にフルール、レザンさん、ルーにシトロンにはお願いしてあるんだけど、君たちにも手伝って貰えたら百人力だ」
「お力になれればうれしいです! ねっ? ルージュ」
「ランディさんにそこまで言われたらしかたないよね」
双子は、互いに頷き合って快くランディの依頼を快諾してくれた。
「人を怖がるようすもないし。可愛いから直ぐにもらってくれる人、見つかりそうだけどね」
「選択肢は、多くても損が無いからね。これでも最初は、泥だらけだし。臭いも凄かったんだ。昨日、きちんとお風呂に入れてあげたらすっかり綺麗になったけど。その代わりに暖炉の前で乾かしたから少し燻された匂いになってるかも」
「ほんとだ、ちょっと焦げ臭い……かも。やめて、やめて! わたしにかわいいしぐさしてもおかしは、出てこないぞ?」
ルージュがヴェールの腕の中へ覗きこむと茶目っ気たっぷりにマルがその鼻の頭を舐める。擽ったそうな笑顔を覗かせるルージュは、マルの頭を撫で回す。
「おなまえはもう決まっているんですか?」
「仮の名前で俺は、マルって呼んでるよ」
「ランディさんと……ゆらいは一緒ですか?」
「ベル、どう言うこと?」
ヴェールの推測に小首を傾げたルージュは、茶色の瞳に戸惑いの色を見せながら問う。
余程、自信があるのか頬を緩ませつつ、鼻高々にルージュへとヴェールは、説明をし始める。
「ルジュもこのまえのじゅぎょうを受けてたでしょ? ランディさんの名前、むかしのことばでこよみのいみがあるんだよ。たぶん、ランディさんの次に来た子だからマルディ。長いからマルにちぢめたとわたしは考えたのですが……せいかいですか?」
ヴェールは、ランディへ推論の正誤を問うた。
「よく分かったね。正解だよ」
「へぇー、ぜんぜん分かんなかった!」
「きちんとユンヌねえのお話、きいてないから……胸を張って言わないでよ、はずかしい」
「そう言えば、そんな気がする。はいはい、ヴェールちゃんはえらい、えらい」
「ふんっ!」
「もしかしてほかにりゆうがあってベルがトクベツにおぼえていたのかは聞かないでおく」
「っ!」
一纏めにした髪を手で払いながらにやりと笑うルージュの耳打ちにヴェールは、背筋を伸ばして緊張し、頬を紅潮させる。不自然な双子に何が何やら分からないランディは首を傾げ、一方、ヴェールは硬直を慌てて解き、笑顔を取り繕いながらマルへと話し掛ける。
「よっ、良い名前がもらえてうれしいね―― 早くおうちが見つかるようにわたしもがんばるよ」
「わあん!」
「まあ、わたしもおぼえやすいなまえだから良いと思う」
この短期間の間に随分と親睦を深めた双子と仔犬の姿にランディは、満足気の様子。
その上で補足としてランディは、双子へ里親の条件を提示する。幼い二人には、範囲を狭めておかないと、酷であると考えたからだ。後になってこうして欲しいと言うよりも適当である。また、双子が広めるだろう対象も同年代が多い事を想定出来るからこそ、意欲的に名乗り出来て来て貰った結果、仔犬の特性を知って断念せざるおえない場合。気の毒な思いをさせたくなかった。誰もが喜ばしい結果となる為、最低限の配慮である。
「そんな訳だから頼んだよ。恐らく、この子はかなり体が大きくなるからきちんと育てれば、番犬でも牧羊犬にもなれると俺は思う。ただ、愛玩動物として飼うには、体力を持て余してしまうから勝手に広い場所で走り回っても怒られない仕事を任された方が幸せかも」
「それなら……おやしきが広いのにあまり人が住んでない夫人の所がぴったりかも。後は、のう家さんの所にもあたってみようか。羊とか、動物をかってるんだけど、オオカミとか、野犬に困ってるって言ってたからていあんしてみるね。農園に住んでるともだち、居るし」
「俺は、マルの世話もあるから他に何人か、顔の広い知人へあたってみるよ」




