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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅲ巻 第傪章 忙しない日々の始まり
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第傪章 忙しない日々の始まり 5P

華奢なユンヌやすらりとした均整のとれたフルールに対して主張の激しい体型。服は、胸元が大きく開け、膝下から絞った形の珍しい濃紺のドレス。腰当をしているのか、腰から下の線に沿った形状が嫌でも視線を釘付けになってしまう。


 髪は、茶髪で緩くカールした髪を肩まで伸ばしている。肌は、色白。丸い灰色の瞳とほお紅をさしている所為か、大人びた印象を醸し出しつつ、あどけない雰囲気も残していた。


「そう言えば、今日の夜はどう? サービスするよ! 忙しくなきゃ、お酌もしちゃう」


「それは、唐突で絶大に魅力的なお誘いだね。どうしようか……夜は用事があるからそれが終わってからルーと一緒にお邪魔しようかな?」


話をしている間も笑顔の絶えないシトロンに少し鼻の下を伸ばすランディ。すっかりシトロンの思う壺。これでは最早。


「鴨がネギを背負って来てるね! 絵に描いた様に見事なてんけいれい!」


茶目っ気たっぷりのシトロンは、調子に乗せるだけでなく、弄ぶかのようにランディをからかう。ランディは、大きく肩を落として笑う。確かにこれでは飛んで火にいる夏の虫。


他人から見れば、さぞ間抜けな顔をしていただろう。


「その発言は、集客としては失敗の様な……これでも俺、お客だよ?」


「心置きなく楽しんで貰える様に裏表なしで気をつかってるんだよ。……すっからかんにしたかったらもっと強かに出るからね。それともランディくんは、危うい私の方が良い? そしたらお姉さん、頑張っちゃうよー」


 怪しく灰色の瞳を輝かせ、ぐっと顔を近付けながらランディを誘うシトロン。大きな瞳がと明るい赤の口紅がランディの視界を奪う。正常な判断機能を奪われたランディはと言うと数秒の間、開いた口が塞がらなかった。凋落の甘い誘惑と理性の狭間で少し揺れた後、寸での所でシトロンの誘惑から逃れる。


「……いや、骨までしゃぶられるのもそれはそれでそそられるけど。また、今度にしておくよ。君がとても魅力的である事は充分、承知しているので勘弁して下さい」


「何だ、残念。ランディくんになら……って思ったよ?」


「君は、フルール以上に怖いなあ……あざとい」


「一応、褒め言葉として受け取っておくね」


 目まぐるしく雰囲気を変えるシトロンにすっかり翻弄されてしまったランディは、両手を上げて降参する。逆立ちしても今のランディには敵わない。相手は、酔っ払いを簡単にあしらい、町の男たちの財布事情を知りつつ、上手い具合に売上を作る知略に長けている。自分の魅力も最大限に生かす業も心得ているから男を揺さぶり、手玉に取る等、朝飯前だ。


「それにしてもランディくん、いっつも真面目に働いてたら身体、持たないよ? 偶には、息抜きしなくっちゃ!」


「と言いつつ、お店にはかなりの頻度で厄介になってるかな」


「そう言えば確かに……ルーと一緒に来てくれるもんね。上客だ、お得意様だ」


 人差し指を口元に当てて恍けるシトロン。思わず、ランディも苦笑い。


「君のおしゃべり、天然なのか、ちゃっかりしているのか分からないから凄い。本当に」


「それが売りなんだもの。わたし、これでも売れっ子の看板娘だからね」


「確かに。君に掛かれば、老いも若いも関係なく骨抜きだ」


「褒めてもこれ以上、何も出ないよーだ」


 シトロンは悪戯っぽく笑っていたが、急に真面目な表情になる。


「まあ、お誘いのお話は少し置いといて。ランディくん、あんまり頑張り過ぎちゃダメよ?」


「いきなりどうしたんだい?」


「フルールとユンヌから聞いたよ。また、大変な事に巻き込まれてるって。正しい行いって誰でも出来る事じゃないからね。押し潰されちゃうから」


「正しい事かは分からないけど何とか、ギリギリの所で踏ん張っているから大丈夫」


「誰でも出来る事じゃないって意味は、そう言う事じゃないの。本当なら人に羽が生えてお空を飛べるのと同じくらい、難しい事って言いたかったの。だってその先には必ず、自分の想い以上の大きな壁が待ってるから。そんな凄い事をこの町に来てからランディくん、何とか越えて来たけど、このままだと絶対に心が折れちゃう。これは、助言じゃなくて忠告」


 既にランディの事情も耳に入れており、店に誘ったのも無理をしない様にとシトロンなりの気づかいだったのだろう。寧ろ、日中は仕事で忙しいランディが夜も時間を割いて尽力する事を察しての引き止めだったのかもしれない。


「君の言う通りなら確かに俺は、雑貨屋の店員から天使さまに転職しなきゃダメだね。でも俺がやっている事は、自己満足の為以外の何物でもない。だから前にあるのは壁ではないよ」


「君は、良い事として捉えているけど。何時か、それが全て重荷になってランディくんがランディくんでなくなちゃうかも。これ以上は、言わないけど」


「シトロンの言葉、在り難く受け取っておくよ。勿論、俺だって自分に限界がある事は弁えている。もしかすると、何時か、大きな怪我をして立ち上がれなくなるかもしれない」


「そうだね……それが心配」


 弱音を吐くランディにシトロンの表情は曇る。誰しも人が悲観に暮れる様を見て良い気持ちはしない。ましてや、遠くない未来に起こるかの可能性が高ければ、同情を禁じ得ない。


但し、ランディはその立場には甘んじない。


「その時が万が一にでも来たら―― 羽を生やして君の所へ飛んで行って胸の中で優しく慰めて貰うのもありかもしれない」


「それは止めた方が良い。お値段、滅茶苦茶高いから。諦めてフルールになさい」


「恐らくフルールからも法外な金額の請求が来ると思う」


「それはどうかな? 案外、フルールはちょろいよ」


「その発言、友達としてどうなの?」


「それはそれ、これはこれ。あくまでも事実を述べたまで」


「左様ですか……」


 この場において彼女を感傷的な気持ちにさせるのは、ランディの本望ではない。ましてや、自身の境遇を憂いてそれを他人にも押し付ける等、もっての外。そもそも、己をランディは悲劇の主人公と思っていない。悲劇か、喜劇かは自分で決める事であり、そう思ってしまったら本当になってしまう。己を取り囲む世界は、心の持ちようで如何様にも変わるのだから。


「それにしても悔しい……雰囲気で押しきればイケると思ったんだけど」


「実に浅はかなり。男に都合の良い女にはなるなって母さんの格言」


「なるほどね……それは寧ろ、名言だ」


 上手い具合に話を逸らして愉快な雰囲気を取り戻すランディ。


「でしょ? これ、鉄則。仕事中にそんな女の人、何人も見ているから嫌でも気を付ける様になった。勿論、ランディくんが本気で私の事を好きになって猛烈な売り込みを掛けて来てくれたなら考えない事も……ない。ほんの少しならお膝、貸して上げる検討はするかも」


「よーし。お兄さん、頑張っちゃおうかな」


「今の発言はない。在り得ないね! かなり引いた」


「慣れない事は、言うもんじゃないなあ……」


 後頭部の髪を撫で付けつつ、ランディはおどけた。


「まあ、それだけ減らず口がたたけるなら大丈夫そうだ。安心、安心」


「ご配慮、痛み入ります」


「それじゃあ、そろそろお暇しようかなあ……流石に眠くなって来た。何か手伝える事があったら気軽に言ってね。私に出来る事なら手伝うから」


 小さな欠伸を一つ吐き、主張の激しい胸を逸らしながら大きな伸びをした後、シトロンは小さな白い手でランディの両手を掴み、振り回す。本人は、握手の心算らしい。


「有難う……折角だからいきなりで申し訳ないのだけど、一つ良いかな?」


「仕方がない、聞くだけ聞こう」


「今、子犬の里親を探しているんだ。昨日、山へ向かう林道で拾ったんだけど、俺には飼えないから面倒を見てくれる新しい家族を見つけてあげたい」


「それ位ならお安い御用。お客さんとか、知り合いをあたってみるね」

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