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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅲ巻 第傪章 忙しない日々の始まり
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第傪章 忙しない日々の始まり 4P

鈍色のジャケットとスラックスで腕を組みながら入室し、静かに怒りの炎を燃やすオウルは建前で穏やかにブランへ話し掛ける。眉間に深い皺を寄せ、蒼い瞳は、鋭さを増しており、その怒りは尋常ではない。一方、ブランは何処吹く風で相も変わらず、椅子に座りながらも笑みを浮かべたまま途轍もない剣幕のオウルを相手にしない。


「そもそも、彼は関わる必要がなかった。我々で対処する予定の案件だっただろう。それを何故……どう言う了見で彼を巻き込んだのだ?」


「だって、ランディは僕が知らぬ間に深い所まではまり込んでいたから仕方ない」


「それなら全て上手く行く様に取り成すから安心しなさいとランディくんを説き伏せ、帰らせてやれば良かったんだ。それを何だ、あの寝耳に水の振りをした白々しい態度は? それに加えてそもそも聖堂用の修繕費や献金は、受け取らないエグリースの代わりに役場がきちんと帳簿を付けて積み立てしていただろう。今更、何を言う? お前の軽率な発言の所為で……これでは我々、役場の職員が恩着せがましい厄介者だ」


「大事じゃないでしょ? 役人が悪役の演目は幾らでもある。寧ろ、正義の味方って方が少ない位だ。今更、ちょっとした汚名で傷つくタマじゃないでしょ?」


「ふざけるな! 要らぬ汚名を着せられて黙っている奴が何処にいる?」


 なりふり構わず、口調を荒げてブランに食い下がるオウル。


「僕は、ランディに協力をしているんだ。彼の課題が上手く行くようにと。これが成功すれば、彼は階段をまた一つ登る。課程は、問題じゃない。彼がやり遂げようと思ったから黒子を演じる事にしたんだ。ランディは、主人公を演じ続けねばならない。そして、町の人も含めて良い思い出を作る事が重要なんだ。その為なら僕は、なんだってする。例え、それが卑怯者であっても……皆の為にそれが僕にしてあげられる事なら」


「なんだってお前は……そこまで考えて彼に肩入れをする? 何の変哲もない若者の一人じゃないか? それこそ、お前のお節介で彼が居づらくなったらどうする?」


 ブランの常軌を逸した発言に思わず困惑するオウル。


少し狼狽えた声でランディに並々ならぬ、情熱を注ぐのか問うた。


「その理由を知ったら少なくともオウルさんだって他人事では、居られなくなるよ。知らぬが仏ってよく言うけど……オウルさんも十中八九、ちょっとも彼から目を離せなくなる」


 ブランは、含みのある物言いで理由を仄めかす。オウルは、その物言いが気に食わない。


 だが次の瞬間、ブランの一言でオウルは驚いてしまう。


「楽しいんだ。僕は今、凄く生き生きしているんじゃないかな? 止まった時が動き出した様な気がするんだ。勿論、娘たちとの生活や町長の役名が退屈だったって事じゃない。まるで台風の様に突然、現れて彼は穏やかで幸せな毎日に刺激的な驚きをくれたんだ」


「それはどう言う……」


「おっと、時間だ。僕は、ちょっと外出しますね。ランディの約束を守らないといけないからクルーさんの所に話をしに行かねば。オウルさん、後は宜しく」


「まて! 話はまだ終わってない!」


 ブランは話を切り上げて外出の準備を始める。狼狽えるオウルは、ブランを引き留めて説明させようとするも制止をものともしない。外出用の薄い春仕様の外套を羽織り、山高帽を被ると一緒に杖も手にした。去り際に杖で帽子のつばを押し上げて不敵に笑う。


「僕は、もう済んだよ。何時になるかは、分からないけど、オウルさんは絶対に気付いてしまうさ。分かったらもう一度、お話しよう。その時には包み隠さず、全てを教えます。でも暫くの間、オウルさんにとっては、今のままが良いと思う。と言うか、僕は正直に言ってオウルさんが羨ましい位だ。それこそ、お金を払ってでも代わって貰いたい位に」


「……何処までお前は俺をっ!」


「この当てつけは……只の嫉妬ですよ」


「っ!」


「それに今回は、ランディだけじゃなくもう一人にとって何かきっかけになれば……ってね。恐らく、この問題は切迫した状況そのものを無視しても構わない気がする。それよりもその人の考え方が変わらないと打開出来ないと僕は考えているんだけど……それじゃあ、後はお任せしました。念の為、オウルさんには献金の確認をお願いします」


 一人残されたオウルは、今までブランが座っていた肘掛け椅子に座ると机に肘を付いて溜息を一つ。オウルにも今まで理解に苦しむブランの行動を何度も見て来たが、きちんと説明をされれば理由があり、合理的な判断であると納得が出来た。しかし今のブランは、オウルにとってあまりにも異質過ぎて理解の範囲を大幅に超えている。何よりも決して明かそうとしない秘密そのものが鍵であるとブランは明言していたが、その鍵がどの扉に繋がって居るかも分からないので手の出しようがない。そこに理論はなく、解き方の分からない方程式がとぐろを巻いている。本当に形のない感性が支配する世界と言えば良いだろうか。


「下らぬ……戯言を。お前の事情など知った事か」


 静かな執務室で独り、オウルは呟く。されど、ブランの言葉に影響され、とうの昔に心の奥底へ仕舞い込んだ何かが騒めき出し、オウルを困惑させるのであった。


                *


 役場を後にしたランディは、そのまま予定通り、少し遠回りをして帰る事にした。


「どうしたものか……君の場合、食べ歩きも見物だって向かないからなあ。本当に散歩で町を歩くだけになっちゃう。申し訳ないね。それに本当なら自分で歩かせてあげたかったけど、まだ足元も覚束ないから今度の機会だ」


「ふんっ!」


 長い間、鞄の中に押し込められていた仔犬は、大きく鼻を鳴らすと外の空気を胸いっぱいに吸い込む。そして頻りに首をあちらこちらに振って周りを見渡す仔犬の小さな瞳は、ランディにとっては既にありふれた町の景色を物珍しげに映す。そんな仔犬の頭をランディは、優しく撫でると仔犬の興味はランディの手に全て向かい、一生懸命にじゃれ付く。まだ、歯が生えたばかりでむず痒いのだろう。


「一先ず、顔馴染の所へ挨拶に行こう。君の友達が増えるよ」


「わあん!」


「良い返事だ。それじゃあ、行こうか。取り敢えず、町の門を目指してみよう」


 何を言われているか分からないが、自分に向けられた声に仔犬は反応しているのだろう。


 有意義な目的地は思いつかず、役場を背に歩き始めたランディは、人通りの疎らな朝の大通りを進んで行く。時折、すれ違う知り合いに挨拶を交わしながら。


「ランディ、おはよう!」


「おはようございます! 今日もお忙しそうですね!」


「ぼちぼちさ」


 すれ違う馬車の上から穀物卸問屋の若い店主から威勢よく声を掛けられ、ランディは手を振りながら挨拶を返す。そのまま、何人かと会釈を交わしつつ、進んで行くと酒屋からランディと年頃が同じくらいの娘が出て来るのを見つけるランディ。同じく相手もランディに目を止めるなり、小走りで近寄って来た。


「ランディくん、おーつかれさま! 朝から見かけるなんて珍しいね」


「おつかれさま、シトロン。俺はいつも通りだから朝に見かける君の方が珍しいんだよ」


「たしかにっ! 普通なら今頃、ベッドの上でぐっすりだ。今日は、お酒の仕入れで特別な日だよ。お父も母さんも厨房の切り盛りで昨日も忙しかったからこれ位は、私がやらないと」


「シトロンは、偉いね。家族思いで」


「これ位は、朝飯前。それに偶には、朝の空気も吸いたいんだー」


 娘は、ランディが懇意にしている酒場の娘で名はシトロン。ルーと連れ立って厄介になっている。背は、フルールと同じくらい。

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