第傪章 忙しない日々の始まり 3P
「そうなんです。実は……エグリースさんの件で今日は、お伺いしました」
手で顎を撫でながらブランは真剣な表情になり、ランディへ話を促す。ランディが重い口を開き、エグリースの名前を出すと何かを察したのかブランが直ぐに反応した。
「察するに司教様の訪問も関係して来る事かな? もっと言えば、エグリースさん自身の人事異動とか……実を言えば前々からそんな話が持ち上がっていたんだよねー」
「端的に申し上げるならそんな感じです」
「いよいよ、話が現実になってしまったか。理由はあれかい? 献金とか、教会の建物の件とか、上げればキリがないけど……君はその話を聞いて居ても立っても居られず、彼に力を貸そうと考えて態々、僕の所まで頼って来てくれた―― と言う所だろうか?」
「正解です。先程、ブランさんが争点を挙げられておりましたが、主に礼拝の参加率、教会の修繕、献金の三つが今回、槍玉にあがっているそうです。現状、礼拝の参加呼び掛けは、人伝いに集まって貰うようお願いする予定、修繕については、俺自身が表立って頑張ろうと考えております。今、困っているのは修繕に掛かる費用と献金についてです。お金が動く話は、手も足も出ないのでブランさんにお力添えして頂けないか問い合わせに来ました」
あっさりとランディの用件を言い当てたブランは、ランディへ話を促す。ランディは、真剣な表情で計画を打ち明ける。ブランは、手を止めて書類から視線を上げてランディをじっと見つめた。ランディは、固唾を呑んでブランの返答を待つ。
「なるほど。つまり、ランディが出向いてくれたのは、資金源に心当たりがないか……と言う話だったのか。金銭面の話は、君からしてみれば、ちっと荷が重すぎるね」
「行動力はある方だと自負しているのですが……如何せん、お金が絡む事柄はからっきしで。御知恵を貸して頂ければと。どんな事でも一縷の望みがあれば」
「まあ、君がそこまで真剣に思い悩む事じゃないよ。そもそも修繕費は、用意してあるんだ」
「えっ! どう言う事ですか?」
ブランの発言で肩透かしを食らうランディ。開いた口が塞がらず、茶色の大きな瞳は、更に開き、真ん丸になった。その様を見てブランは、笑いながら話を続ける。
「ランディ。僕たち、町民があんなみすぼらしい教会を許すとでも思っていたのかい? 町の沽券に関わる事だよ? どの町もそうだけど、聖堂って町の威信に近いのは、君も御存じだろう。教会を大切にしていない町は、お里が知れる。信仰に無頓着って事は、道徳心も欠けて品の無い町で治安が宜しくないか、衰退して他の町に尻拭いして貰わないといけない位、栄えていないって思われても仕方がないんだ。だからせめて、修繕費だけでも町から出すって前々からエグリースさんには、提案していたんだけど……中々、首を縦に振ってくれなくてね。エグリースさんなりの方針があってそれが崩れなかったから」
「ではっ!」
「うん、君主導でやってくれると言うのなら寧ろ、役場の立場として答えさせて貰うなら僕の承認だけでも喜んで手伝う確約が出来る」
「有難うございますっ!」
想定したよりもとんとん拍子に話が進み、肩の荷がおりたランディ。満面の笑みで感謝の言葉ランディが述べると、ブランは大きく頷いた。
「君の事だからエグリースさんには、啖呵を切って此処に来たんだろう? なら、僕たちも一枚噛ませて貰おうじゃないか。君の好きな様にやると良い」
「エグリースさんからは、手出し無用とお伝えしてあるので大丈夫だと思います」
「なら、問題ないね。以前の調査で屋根以外は、目立って修繕するべき個所は、無かった筈だから主に清掃だけだね。それは、君にお任せする。屋根の修理は、僕から手配するよ」
「重要な所ばかり、お世話になってすみません。それにしても此処までお世話になってしまい、申し訳ないです。思いの外、とんとん拍子で進み、びっくりです」
「偶には、君も勝率の高い勝ち馬に乗っても良い筈だ。毎度、分の悪い賭けに乗っていつも身を挺して頑張る必要はない。それにこれは、本来なら僕たちがやりたかった事だ。寧ろ、君がきっかけを作ってくれたから在り難い。エグリースさんには、僕もお世話になってるから何とかしないと」
ブランは、立ち上がってランディの隣まで来ると肩を揉んだ。されるがまま、腑に落ちないランディは、ぼんやりと考えを巡らせる。
「そう言うものですか……」
「そう言うものだよ。君の頑張りは、皆が知っている。ただ、それは見ていて気持ちの良いものじゃない。だって、君だけが苦痛に喘いでいる姿を目の前にして誰が喜ぶだろうか? 一緒に背負いたいと皆が思っているよ。だから時にはじっくり腰を据えて見ていなさい」
「分かりました。お言葉に甘えて……ご支援感謝です」
少々の不自然さはあったが、自身の意向が全て通ったのだからこれ以上、何も言う事は無い。胸に残る小さな蟠りを飲み込んでランディは、納得する。
「後は……献金、寄付の話だけど。これは、動く額が大きいから修繕と人集めが完了してからだね。アテはあるんだけど、動かすには目に見える結果が欲しいんだ。確実に修繕費が正しく使われていると証明出来れば、必ず承認されると思う」
「期待に沿う結果を必ず」
「さてさて、善は急げ。折角、僕との会話もすんなりと事が運んだのならかなり時間の節約が出来ただろう? その鞄の中に居る新しい入植者へ町案内をしてあげるべきじゃないかな? その暴れようから少し外の空気を吸わせてやった方が良い」
「そうですね……至れり尽くせり有難うございます! では、これにて失礼足します」
ブランに背中をやんわりと押され、ランディはゆっくりと出口へと歩き出す。ランディを見送る為にブランも一緒に向かった。鞄の中の相棒は、眠りから目覚めたのか、もぞもぞと動き出す。ブランの指摘通り、そろそろ外の空気を吸わせてやらねば。
「近々、時間を作るからゆっくり、ご飯でも食べながら二人で話をしよう。これまで君がどんな事をして来たか、これからどうするのかとか、ランディ、君の事をもっと知りたいんだ」
「是非ともお願いします。俺もブランさんともっとお話がしたいです」
「宜しく頼むよ」
出口の前で向き直ったランディにブランは、両肩に手を乗せると会食の約束を取り付ける。ランディは喜んで首を縦に振る。意気揚々と去るランディを見届けたブランは、やんわりと扉を閉めて業務に戻ろうとしたのだが、想定にない来客がもう一人待って居た。
ノックもなく、閉じた扉が勝手に開いて廊下からオウルが現れたのだ。
「何とも健気な話だ……お前が関わって居なければ、感動が溢れるとても良い話だった」
「ノックもなく入って来るとは随分と礼節を欠いているのではないですか? それに加えて聞き耳とは……尚の事、人が悪い。何時からオウルさんはそんな人に……」
「いや、此処に戻る用事が出来て執務室を通りかかったら扉が少し開いており、勝手に聞こえたんだ。決して私は、聞き耳を立てた訳ではない。それよりもブラン、お前はランディに対して肝心な事を語らず、くだんの件にお前の都合で巻き込んだ。私はその事を大変、遺憾に思い、怒りも覚えている。そんなお前に礼を尽くす必要はないと考え、乗り込んで問い質しに来たのだが……何か、釈明はあるか?」
「釈明? 僕は悪い事をした覚えはないよ」
鈍色のジャケットとスラックスで腕を組みながら入室し、静かに怒りの炎を燃やすオウルは建前で穏やかにブランへ話し掛ける。




