第傪章 忙しない日々の始まり 2P
「君の言動を聞いて僕は、にっこりと笑って喜ぶべきか……それとも恐怖に顔を歪ませて震えるべきか……大いに迷うね」
ランディの妄言にルーは、肩を竦める。心なしか、ルーの金髪もしんなりと萎えていた。方やランディは、にこりと笑って煙草をふかす。その様を見てルーは、紺色の襟締を緩めながら空を仰ぎ見る。己と同族の常識が通用しない相手なので分が悪いルー。
最早、長い物には巻かれる運命だと悟ったのだ。
「まあ、変人なのはお互いさまって事で終わりにしよう。話が一向に進まない」
「ふふっ、分かったよ。それでは仕切り直して―― ごほん! さて、お困りの町民に手を差し伸べるのが、僕の仕事。御用向きは何だい? その鞄の中でもぞもぞと動いている可愛い子ちゃんも纏めて手を貸そうじゃないか」
「毎度、毎度ですまない。ユンヌちゃんから聞いただろうけど……この子の話もあるから改めて俺から話をさせて貰うよ。話の始めは―― 俺が配達で山まで行った所からだね」
本腰が入ったルーにランディは、改めて事の始まりを説明した。
「なるほど……それで君は、仕事の片手間に仔犬の世話に里親探し。エグリースさんの為に教会の修繕と礼拝の人集めを。それにあわよくば献金集めも同時進行で完遂するつもりでいると……正気の沙汰じゃないよ、マトモな人間の考える事じゃない」
乾いた笑いを漏らしながらルーは、ランディの話を聞いて呆れる。あまりにも荒唐無稽な話を聞かされたからだ。とても一人で熟せる仕事量ではない。
「簡単に纏めれば、そうなるね。俺は、至ってマトモさ」
「君は寝る時間以外、全ての時間を割くつもりか? マトモにご飯食べられなくて十中八九、過労がたたって倒れるよ。考え直した方が良い。とてもじゃないが、非現実的だ」
「無理をしない程度には、頑張るつもりさ。元々、現実からかけ離れた話を無理やりあてはめた結果だから仕方ないんだよ。相手方は、既に決定事項として動いているから覆すには、多少の無理はしないと。同じ土俵にはとてもじゃないが立てない」
今回は、そもそも長年の積み重ねで生じた結果だ。昨日、今日で内情を知り、覆そうと発起したランディには、厳しい状況だ。教会側の優位性は計り知れない。無理は承知の上で事を進めなければ、かすりもしない。
「それにしたって君の努力だけでは、取り賄うのにも限界があるだろう? 百歩譲って仔犬の条件は、既に網羅しているとして……人集めも色んな人に伝播すれば、手が届くかもしれない。しかし、修繕の費用も面倒を見乍ら自分で直すのと献金は、無理がある。とっても現実的だと思えないよ。むりむり」
「それでもやらないと……君には、礼拝の人集めと仔犬の里親の件を広めて貰いたい。君なら色んな伝手があるから話が広まりやすいだろう?」
「それは、既に揺るがないのかい?」
「絶対に。もう決めた事だから」
「どんなに言っても頑固な君は聞かないと思った……仕方がないから修繕も予定を空けて手伝うよ。君に倒れられると後味が悪いからね。予定は、君に合わせて考える」
「良いのかい? 本当に助かる。一応、毎夜時間を空けて取り組むつもりだから都合の良い時に来てくれるとありがたい」
ルーが幾ら懐柔しようともランディは頑なに受け入れようとしない。ランディにとっては、既に決定事項である。肩を落とすルーは、大きく溜息を一つ吐くと、首を縦に振った。
「僕としてはあんまり、賛成したくないけど……時間も残されていないだろうから仕方がないね。司教様は、何時頃まで滞在の予定なんだい?」
「詳しくは、聞いていないけど。多く見積もっても一週間から二週間が限度だと思う」
「場合によっては、もっと少ないかもしれないね。他に手伝える人がいるかあたってみるよ。所で何処から手を付けるつもりだい?」
「先ずは、周りの雑草を抜いたり、外壁の手が届く所から清掃をするつもりだよ。高所の作業は、危険だから最後の方にと考えていたけど……」
ランディは受付の台に寄り掛かると、やる事を指で数えながら上げて行く。先に自分一人でも出来る事から始めるつもりで段取りは決めていた。
「そうだね、最初は、君の言う通り清掃から始めた方が良いと思う。中は、礼拝の時に来た人たちに手伝って貰えば良いし。僕が把握している修繕が必要な個所は……屋根の苔取りと屋根の雨漏り修繕、建物自体の耐久は、石造りだから申し分ないって町大工の棟梁、クルーさんも前に言ってたから大掛かりな作業は無いと考えて大丈夫。細かな点を挙げると、扉の建てつけが少し悪いとかだけだから後回しにしても問題ないよ。只、心配なのが屋根だ。瓦が割れている可能性もあるからそれは、業者に依頼しないと無理だね。兎にも角にも道具と頭数が揃えば、素人の君でも十分に対応出来るんじゃないかな」
「君に聞いて良かった。それだけの情報があると助かる」
「一年前か、二年前位に教会の老朽具合を調査していたんだ。生憎、僕は、携わっていなかったけど、その調査結果は、役場に書面で残っていたから今日の朝に目を通してた」
「何から何までありがとう……」
ルーは、事前に知って居たのである程度、ランディの為に下調べをしていた。ランディでは、知りえない情報は沢山あり、少しでも助力出来る様にとルーなりの気配りで。
勿論、その目論見は正解でランディにとって耳寄りな情報であった。
「お礼は、達成して結果を見せてくれてからだよ。僕ももう暫くは、エグリースさんに居て貰った方が都合も良い。さあ、僕が此処まで御膳立てしたんだ。胸を張って頑張っておいで」
「その含みのある言い方は、引っかかるけど……素直に厚意として受け取っておくよ」
「この時間、ブランさんは執務室で作業中。今日は、来客の予定もないから今からお邪魔しても大丈夫だと思う。父も終日、席を外しているから余計な茶々は、入らない」
「ありがとう、頑張って来るよ」
「応援してるよ」
予め、ブランの予定も把握して事が上手く運びやすい様に助言も忘れない。
ランディは、役場の階段を上がり、二階へ向かう。ブランの執務室は二階に上がって廊下の突当りだ。幾つか、部屋の扉を通り過ぎ、大きな扉の前まで進んだ。
「さてと……」
大きく深呼吸をして逸る心臓を落ち着かせつつ、扉をノックするランディ。
「どうぞー」
「失礼します」
中から返事が聞えてランディは、ゆっくりと扉を開けて室内に入る。
「ランディ! お疲れ様、随分とご無沙汰だったね。この前の投獄事件以来じゃないか?」
「そうですね。あの時もあまり時間がなかったのでゆっくりとお話が出来ませんでした。お忙しいところ、すみません。少々、お時間宜しいですか?」
室内には、ルーの言った通り、光沢のある上品な茶色のベストと真っ白のシャツを纏い、赤い襟締をしたブランが一人だけ。ランディは、執務室の机の前まで行くと椅子に座りながら書類に目を通していたブランが少し視線を上げて迎える。ランディは、突然の訪問を詫びつつ、自分と話の出来る空き時間があるかを問う。
「失礼な話で申し訳ないのだけど、仕事がたんまりとあってね。作業しながらでも良ければ」
「いえ、突然の訪問だったので寧ろ、此方こそ礼節を欠いて申し訳ないです」
ブランは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながら謝ると、ランディは首を横に大きく振りながら恐縮してしまう。
「君なら事前に面会の約束するだろうから……君にとっても突発的で急を要する事情でもあるのかい? 僕の事は良いから。さあさあ、話してご覧」




