第貳章 仕事の合間に 6P
「えっ……馬?」
苦労を鼻で笑われ、ランディは困惑する。そう言えば、道幅も広く作られていたから馬の一頭、いやぴったりと並べば、二頭でも通れる道であった事を思い出すランディ。
「そう。昔の獣道に毛が生えた位の時なら歩いて行ったけど。今はある程度、舗装されているから馬で行けるの。道に蹄鉄の後はなかった?」
「確かに……あった気がする」
更にランディへ畳み掛けるフルール。最早、ランディからはぐうの音も出ない。
「桟橋も人が通るには、やけにしっかりしてたでしょ?」
「そう言えば、レザンさんから馬はどうするって聞かれた気がしないでもないでもない」
「どうせ、ランディの事だからあんまり話を聞かずに歩いて行きますなんて言っちゃったんじゃない? 往々にしてありそうだし」
「参ったな。君の言う通りかもしれない……情けない話だ」
「まあ、良いじゃない? 貴方も初めてだったし。自分の足で確かめられたから。馬の上からだと只の景色にしかならないから道を覚えられないし。これで歩きでも感覚が掴めたのだから徒労じゃないわ。道なりを頭に叩き込んだのだから怖いものはないでしょ?」
「フルールの言う通り、確かに慣れたから次に向かう事があっても大丈夫。それに思わぬ拾いものがあったし。成果は、形に残っているよ」
散々、弄って満足したのか、ランディにフォローを入れるフルール。ランディも気を取り直したのか、意気揚々と語り始める。
「拾いものって何よ?」
「これさ」
ランディは、自慢げに鞄から顔を出す仔犬を見せた。フルールは、細い眉をへの字に曲げて怪訝な顔をして仔犬を見つめた後、ランディに問い掛ける。
「仔犬? 随分とまあ……」
「小汚い?」
「言い方は悪いけど、そう」
お世辞でも可愛いと言った言葉を期待していたが、フルールには難しかったようだ。
勿論、マルがきちんと身支度を整えて次に会った時には、見物だと思いたい。
「仕方がない。今日、家に連れて行ってからある程度、綺麗にするつもりだけど」
「なんでその子を拾ったの?」
毎度の如く、まるで子供が母親に事情を説明するかのようにフルールへ事の顛末を話すランディ。恒例の様に面倒事が舞い込んで来たのを知り、フルールは呆れた。
「なるほど、不幸のどん底だったその子を連れて行くしかなかったと。でも拾うのは、良いけど。貴方、世話はどうするの? それにユリイカだって来るでしょ?」
フルールからの追及にランディは、口ごもる。都合が悪いのは、自分でも重々承知しているので居心地が悪い。明後日の方向を向いて鼻を掻く。同時に仔犬が目を覚ましたようで鞄の中でもぞもぞと蠢く感触がランディに伝わる。
「そこが問題なんだよ。レザンさんには、迷惑が掛かるし。そもそも俺自身、世話が難しい」
「里親のあては?」
「ない」
「何よ、八方塞がりじゃない」
「おっしゃる通り、レザンさんに頼み込んで里親が見つかるまで置いて貰って短い間なら世話も頑張れるけど、長期となるとお手上げなんだ……」
包み隠さず、ランディは内情を吐露する。此処で虚勢を張っても仕方がないからだ。
フルールは、歩みを止めてランディの胸に指差す。
「全く……お人好しにも程があるわ。どうせ、貴方の事だから向こう見ずなのを知ってて尚、見捨てられなかったんでしょ? いつもみたいに」
「ぐうの音も出ないよ。途方に暮れていた所さ」
「全然、困っている風には見えないから手助けは要らないみたいね」
「実の所、今も虚勢を張っているだけで滅茶苦茶、困っている。助けて」
あっさりと肩を竦め、ランディは溜息を一つ。此処まで清々しく開き直られると、逆に無責任さを怒る気にもならない。逆説的に責任を感じて縮こまるだけ。結局、人に甘える他力本願の方が役に立たないのだからまだ良い方だろう。
「はああ―― そんな事だろうと思ったわ。仕方がないからあたしも手伝ってあげる」
「君の優しさには、いつも頭が上がらない。ありがとうね」
「これでも貴方から色んな恩恵を受けているから少なくともその分は、返させて貰うわ」
ランディ個人の失敗に対して尻拭いさせられる話でなく、本人も奉仕活動として偽善だと分かっていても意思を貫く姿勢は、立派な心掛けだ。
「そんな大それたもんじゃないけどね。これでこの子の将来も少し明るくなった」
「子供のいる家も多いし。番犬が欲しいって所もあるから直ぐに見つかると思うわ」
「段々、顔と名前は一致するようになって来たけど。未だに各家庭の家族構成や事情は、分からないからね。手当たり次第、聞いて回るか、絵心ない俺が見るに堪えない似顔絵を描いて町中に貼り紙をするしか手がなかったから事情通が助っ人に居るととても心強い」
「そんな事だろうと思ってた。幸運を祈ってるわ。それでその子名前はあるの?」
「丁度、さっき通称を名付けた所さ。俺の次にこの町に訪れたからマルディ。俺と同じで昔の言葉の七曜から取ったのさ。でも呼ぶには長いからマル。ころころでまるまるだから」
「まあ、貴方にしては良いんじゃない? じゃあ、マルの事は了解したわ」
「宜しく頼むよ」
珍しく無邪気な笑顔でランディを浮かべた後、深々と頭を下げた。鞄の仔犬マルは、小さく高い声で鼻を鳴らす。腹が減ったのか、それとも用を足したいのか、甘えたいのか分からないがそろそろ、寝るのにも飽きたのだろう。フルールは、鞄の仔犬を見て微笑む。
「それで貴方は、マルと一緒に何処へ向かう心算? まだ、仕事の途中でしょ」
「俺は、最後の配達先に向かう所。教会近くのお家なんだ」
「そう、あたしも教会に用事があるから一緒に行く?」
「喜んで付き添いを務めさせて頂こう」
「はいはい」
ランディは、恭しくフルールに傅き、左腕で輪を作り、フルールに差し出す。
ランディなりに最上級の敬意を表したつもりだが、軽くそっぽを向いて先に歩き出す。
「それにしても貴方は、何かにつけて面倒事を拾って来るのね。才能あるんじゃない?」
「才能って言葉だけで片付けるのは難しいと思う。言うなれば、宿命を持って生まれたと表現した方が正しい。そういう星の下に生まれ、俺は運命付けられているんだよ。うん……その表現の方が浪漫に満ち溢れている」
「無駄に格好つけても仕方がないでしょ。馬鹿じゃないの?」
「こうでもしないと、今にも心が折れそうだから肯定的に捉えているんだ。本当は、呪いか……前世の業とかの類だと思ってる。寧ろ、惨めさを嘲笑ってくれて構わないよ……」
「笑い事に出来ないから余計に厄介じゃない。勝手に転がり込んで来るのは別だけど、人として対応は、間違っちゃいないからあんまり気に病まないでよ」
「途方もない不安と、見逃せない義務感に挟まれてみなよ? 嫌でもそうなるから」
会話の間、徐々に深淵の闇に飲み込まれて行くランディ。力なく項垂れるランディにフルールは、引き気味に少し距離をおく。座り込むだけで己の境遇を嘆く者ほど、面倒臭いのだ。
鬱陶しいとばかりにフルールは、嫌そうに手でランディから漂う負の空気を追い払う。
「止めて、こっちまで気分が暗くなるじゃない。冴えないのは、顔だけにして頂戴」
「その返しの方がよっぽど、酷いけどね」
猫背気味のランディは、恨めしそうに負け惜しみをのたまう。一方、フルールは、何か悪戯事を思いついたようでほくそ笑む。
「良いわ―― そこまで言うなら貴方を甘やかしても。可愛がってあげようじゃない? 幾らでも甘やかしてあげまちゅよー。ほれほれ!」