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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅲ巻 第貳章 仕事の合間に
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第貳章 仕事の合間に 5P

只、寝ているだけならばそのままそっとして置いた方が良いからだ。されど、ランディが傍観している間に状況は、動く。


その横たわる野犬の傍らで何やら毛玉が動いたからだ。身構えるランディ。


しかしランディの警戒は、不要で正体は、野犬の傍らに伏せていた仔犬であった。


子犬は、悲しげな小さく低い声で泣きながら大きい野犬を鼻で小突く。


何やら様子が可笑しい事に気付いたランディは、そっと野犬のもとまで近づくと理由が分かった。野犬が横たわる地面は湿っており、蠅が集っていた。近付いて気付いたが、鼻を突く腐敗臭と体中の裂傷と言う状況証拠で既に野犬が事切れているのを物語っている。


ランディが野犬の様子を見ている間、仔犬は少し離れた所に逃げる。ゆっくりと、覗きこむと窶れた顔の野犬が目を瞑り、覚める事のない眠りについていた。


如何やら親子とみて間違いない。仔犬と共に連れだって生活していたのだが、食に困り、彷徨って歩いた末に何者からかの襲撃を受けて防ぎ切り、此処で事切れたのであろう。先程、確認した裂傷、その他に元の毛色も分からない程に泥汚れと血痕で毛並みも荒れている点やあばら骨も浮いている事からランディにも容易に想像が出来る。仔犬は、目が開いて間もない様で大きさは、ランディの顔半分程。


地面にちょこんと座っている仔犬も赤茶色と白の毛色なのだが、土汚れが酷く目ヤニも少し着いていた。幸い、ダニ、ノミには酷くやられていない様子。ただ、親から離れる事は無く、ずっと寄り添って時折、鼻を高く突き上げて高い鳴き声を小さく上げる。その呼び声に誰も返事する事は無い。人でさえ、簡単に行き倒れるこのご時世、犬も動物も例外ではない。ランディは、どうしたものかと考えあぐねる。


このまま、自然の摂理に任せて仔犬の命運を此処に預けるか。それとも手を差し伸べるべきか。勿論、その場しのぎで助けるだけならば簡単な話だがこれから彼ないしは、彼女の将来まで世話が出来る訳でもない。里親を探そうにも伝がないので上手く行くかも分からない。ランディの手に余る。この場において独善的な考えで手を差し伸べて只の延命になるだけならば。


言い方は悪いが、偽善者として仔犬の為と此処で見捨ててしまった方が苦しまないで済むかもしれない。理想と現実が交差する中、一度犬から離れたランディは、佇んでしまう。その間に仔犬は、親の元へと帰って来た。そして親の横で寝そべる。


「ふむ……どうしたものか」


 仔犬の境遇には、ランディも心から同情する。唯一の肉親を失い、自分の命の灯も短い一生と共に消えようとしている。恐らく、親の犬は最後まで身を挺して甲斐甲斐しく仔犬の世話をし、守り抜いた結果だ。それら一連の流れを鑑みると心を打たれてしまい、ランディにはその繋がれた命を見捨てる事が出来なかった。


「仕方がない……当たって砕けろ―― だね。うちには、黒猫のユリイカが偶に寄るし、俺も世話が出来ないけど、暫くの間なら何とかなるから……」


ランディは、鼻をくんくんと鳴らす仔犬を誘おうと、手を差し伸べる。されど、仔犬は親の骸の後ろに隠れてしまう。このままでは埒が明かないので方法を変える事にした。一先ず、荷物を木陰に戻して鞄の中から手拭いを取り出す。そしてビスケットと水筒を持って茂みへと戻った。


ランディは、ビスケット紙袋の中で砕いて水筒の水に浸す。紙袋から水が滴り落ちるが、それは無視してそのまま暫く待つ。その様子を不安がりながら仔犬は、ランディを見つめ続ける。十分にビスケットが水でふやけたのを確認してから紙袋の中から掬う。これなら仔犬も食べやすくなっている筈だ。


恐らく、乳離れも進んでおり、他の食べ物も食べられる位だろう。ランディは、掬ったビスケットをそっと仔犬の近くの草原においた。


匂いに釣られて仔犬は、おずおずと親の下から離れてビスケットへ鼻を近づける。


「よしっつ……」


少しずつ、仔犬はビスケットを食べ始める。お腹がよほど減っていたのか、ビスケットはあっという間になくなってしまう。ランディは、まだ袋の中に残っているビスケットを掬うと手で仔犬に差し出す。仔犬は、怯える様子を見せたが空腹に負けてランディの手の中に顔を埋めてビスケット更に食べる。


ランディは、仔犬の舌の擽ったい感触に悶えつつもじっと食べ終わるのを見守る。食べ終わった仔犬は、口の周りを下で綺麗に舐めまわす。


ランディが居る事にも慣れたのか怯える事はなくなった。手を伸ばし、指先で仔犬の頭に触れるランディ。仔犬は、大人しく撫でられて大きな欠伸を一つ。撫で続けた後、ランディは頃合いを見て手拭いで仔犬を包み込んで捕まえる。仔犬は、手の中で少し暴れる。


ランディは、上手く仔犬をくるみ、顔を出させると鞄に仕舞う。野犬の死骸は、埋めてやりたかったがランディには、この寄り道で余裕がなくなってしまったのでそのままにして。帰りが遅くなっては、危険が伴う。仔犬を抱えての道中なら尚更、注意を払う必要がる。鞄の端から顔を出す仔犬が必死に親犬を呼ぶ。その哀愁漂う様にランディは苦い顔をしつつ、仔犬を連れて行く。雑な今生の別れとなってしまったが、いた仕方がない。


「申し訳ないけど、先を急がせて貰うよ……」


 仔犬の頭を撫でてランディは、森を早足で進む。


「少し匂うね……帰ったら真っ先に君は、お風呂の時間だ」


 仔犬に向けて寂しく微笑むランディは、共に山の麓まで向かうのであった。


                  *


 昼頃に山の麓まで辿り着いたランディは、注文の品を届けてそそくさともと来た道を帰り、夕方前には町へ戻る事が出来た。日が傾き、茜色に染まりつつある太陽を浴びながらランディは、町の小道を歩いていた。届け物は、まだあるからだ。町に戻ってからも早回しで各家庭や店を回り、荷物を届けた。数を熟す内に荷物も減り、足取りも自然と軽くなる。


鞄の中の仔犬は、長距離の移動の疲れと、穏やかに揺れとランディの体温が伝わる事で丁度良い揺りかごとなり、眠り耽っている。


 荷物を取り出す度に起きて貰って居るが、それでも直ぐに眠れる根性は、ランディも見習いたいと思った。残す配達先は、後一つ。教会付近の民家が最後の目指す目的地だ。


「そう言えば、君の名前はどうしようか―― 少なくとも新しい飼い主が見つかるまでの間、通称が必要だね……そうだ、俺の次にこの町へ訪れたからマルディ……長いからマルはどうだい? 丁度、体型も真ん丸だし」


 勿論、我が道を行く仔犬からの返事は、帰って来ない。


そんな取り止めのない時間が流れる茜色に染まりつつある家々と石畳の小道でランディは、前を歩く見覚えのある後ろ姿に目を止める。見慣れた白いシャツと長いスカート姿に茶色の髪で直ぐに誰かランディには、分かった。


「フルール、お疲れ様!」


「びっくりした! ランディ、いきなり声を掛けて来ないでよ」


「ああ、ごめん」


 フルールの華奢な肩をそっと叩いてランディは、呼び止める。フルールは、少し飛び上がった後、くるりと振り向き、ランディを視認してそっと胸を撫で下ろす。


「まあ、良いわ。それにしても今日は、どこに行ってたのよ? 珍しく今日一日、貴方を見なかったわ。どっかでサボってたの?」


「人聞きの悪い……配達で山小屋まで向かったのさ。だから日中は、この町に居なかった」


「あっそ、随分とクソ真面目で詰まらない模範生の回答、ありがとう。迷わなかった?」


「なかなかに酷い言い草だけど……目を瞑るよ。お蔭様でね。レザンさんの助言もあったから順調に帰って来れた。でもしょっちゅう行きたい所ではないね。骨が折れる行脚だったよ」


「貴方にとっては、ちょっとした遠足と同じでどってことないでしょ?」


「概ね、間違いではないけど、やっぱり疲れる」


「普通は、馬を使うわ。馬鹿真面目に歩いて行くのは貴方くらいよ」

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