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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅲ巻 第貳章 仕事の合間に
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第貳章 仕事の合間に 1P


               *


 ランディが特別講師を引き受けた日の翌日。いつも通り、店番と配達の業務に励むランディ。移住したての時よりも業務に慣れて来て居た。配達では、町の地図も頭に入り、道に迷う事もなく、商品も覚え始め、掃除や開店作業、会計や商品の荷受け等、日々の業務にも効率化を進めて立ち回りも改善されて少しは様になり、レザンも安心して任せている。


最近は、経理の業務を教えられて収益の計算も齧ったりしていた。当然の事ながらランディも要領が良かった事は無く、小さな失敗から大きな失敗まで積み重ねた結果だ。


時に叱られ、感謝され、迷い戸惑い、立ち止まって考え、様々な人や物に心動かされる経験を含めて全て楽しむ事こそが長く続く秘訣と言う事は、以前から経験則で知っていた。


使命感を原動力に活動する事も悪くないが、心の余裕がなくなる。己が課した信条に追われて周りも見なくなる。見えない気高い理想を持つ自分と際限ない戦いが始まってしまう。


その結果、重圧に押し潰されて壊れる者も少なからず存在している。


何よりも自分を追い詰める健全性を欠いた状態では、次第に心が摩耗して慈愛の精神が失われ、人を思いやれない人形になってしまうのだ。それは、組織のシステムならば正しいが人としては間違っている。今のランディには、その様な姿勢で挑まねばならない大層な使命はない。寧ろ、自由意志で思うが儘、失敗や成功を積み重ねる事を要求されていた。


「さてと―― 今日も頑張りますかっ!」


 ほんのりと朝の陽ざしが差す店の前でランディは、シャツに黒のタイトなパンツ姿で大きな伸びをする。土や草花の香りを深く胸に吸い込み、じっとランディは陽を眺めた。朝も肌寒さを感じなくなり、シャツ一枚で過ごせる日も増えて来ている。未だに日課は変わらず。日が昇る頃に訓練を行い、今日は洗濯を済ませて店の前の掃除を終えた所だった。後は、身嗜みを整えて朝食の準備が待っている。


「そろそろ、髪を切ろうかな……段々、温かくなってきたら鬱陶しい。短い方が好きだし」


目元に掛かりそうな前髪の毛先を右手で摘まみ乍らランディは、ぼんやりと独り言を呟く。町に来てから全く髪を気にしていなかったが、前髪は、言わずもがな。襟足も首筋が隠れる程、側頭部の嵩も気になる。そろそろ切り時だろう。当初の長さならば、朝に髪を水で直せば、大人しかった。今は、髪に癖が残り、朝に直しきれない。全体的に伸びて重い。その内、暑くなれば蒸れるだろう。出来るだけ早い対処が必要であるとランディは、思った。


「一先ず、散髪は置いといて―― 準備に戻らないと」


今、悩んでも仕方がないのでいつも通り、外の井戸にまで出向き、井戸水を小さな樽で汲む。樽の底が見える程、澄んだ冷たい水で顔を洗い、歯を磨き、手鏡を見乍ら髭剃り、簡単に髪を整えた。これで今日も一日、頑張れる。


身支度を終えて自宅に戻り、炊事場へ向かうランディ。今日の献立は。


「パンに……卵、ベーコンを焼いて。珈琲で良いかな?」


 朝は、ランディもあまり手の込んだ料理はしない。質よりも量で勝負だ。


 ランディは勿論、レザンも年の割には、かなりの大食漢だった。ライ麦のパンだけでも一斤を二人で半分にして平らげてしまう。付け合わせの卵を三つとベーコンを山盛り焼いて後は、ジャムさえあれば、レザンも喜ぶ。一度、肉料理を出して見たが、量が足りず、あっと言う間になくなってしまったので非効率だったのだ。


「よっと!」


 早速、薪を持って来ると紙で種火を作り、竈に薪をくべる。ゆっくりと種火に鞴で風を送り、火の勢いを強める。ある程度強くなったら湯を沸かし始めたお湯が沸くまでに手を洗い、大きなライ麦のパンを均等に八等分で切る。そして焙煎済の珈琲豆と年季の入ったミル、カップ二つと、使い古しのフランネル生地で出来たドリッパーを用意して居間へ持って行く。


「パンを食卓に持って行って……向こうで豆は挽こうかな」


卵とベーコンは、冷めてしまうと美味しさ半減なので最後に。炊事場の一角にある扉から小さな保冷庫へ入る。壁一面に棚が設置された人一人入る位のひんやりした薄暗い室内に入ると、様々な食材の香りが鼻を擽った。同時にランディの腹も小さくなる。身体が糧食欲している証拠だ。一刻も早く、用意せねばとジャガイモや根菜、酢漬けの野菜が入った瓶が棚に並び、干物の魚が天井からぶら下がる中で卵とベーコンを探し、フライパンと一緒に炊事場へ置く。用意も一段落着いてランディは、居間の椅子に座ると、用意していたミルと珈琲豆を手元に引き寄せる。


「この時間が至高だよね」


ミルの上部に豆を投入し、ゆっくりと挽き始めるランディ。ミルから珈琲独特の香ばしい匂いが。何も考えず、この単純作業へ没頭するのは何故か、心ときめく。時間がある時に纏めて挽けば、この様な手間暇を掛ける必要もない。非効率な仕事であるが、嗜好品とは元来、この無駄な時間を含めて楽しむものだ。拘れば、焙煎前の豆を売っている店で購入し、店で焙煎して貰いたての珈琲を挽いて楽しむのが至高だ。寧ろ、珈琲の性質を考えれば、焙煎済の大豆を大量に挽いて作り置きする方が邪道と言える。ただし、通常の飲料としても重宝されている今、直ぐに飲める方がありがたがられるのかもしれない。


ミルからランディが粉を取り出すと、部屋中に香りが広がる。同時に上から人が降りて来る物音が。恐らく、レザンだろう。ランディは一度、炊事場に戻ると卵とベーコンの準備を始める。丁度、湯も沸いて後は、淹れるだけだ。ポットを竈から離してランディは、卵とベーコンに集中する。


「ランディ、おはよう」


「おはようございます。レザンさん」


 居間の扉が開くと同時にレザンが朝の挨拶を一つ。ランディは、フライパンを片手ににこりと笑って挨拶を返した。温まったフライパンの端で卵を順番に六個割り、投入して行く。


目玉焼きがぐつぐつと音を立てる。透明の白身が白く色が変わり、固まり始めた所で塩と胡椒を振りかけるランディ。


「パンは、既に食卓へ。珈琲は挽いてあるので後は淹れるだけです。卵とベーコンは、直ぐに出来上がるので少々、お待ちを」


「ありがとう、助かる。珈琲は、私が淹れよう。砂糖とミルクは要らないだろう?」


「お願いします……今日もブラックで。お湯は、此方です」


 阿吽の呼吸で準備をする二人。二か月も経てば慣れる。ランディは、先に目玉焼きを皿へ移すとベーコンを。レザンは、ミルに入った粉をドリッパーへ移し替えて珈琲を淹れる。


「分かった。何か変わった事は?」


「新聞が来てないので情勢は、分かりませんが。今日も町は異常なしでしたね」


「そうか―― 今日は、新聞の日か」


「はい、もうそろそろ届く頃だと思うんですけど……と言ってる間に卵とベーコンも」


「承知した。噂をすれば、新聞も来たみたいだな。配膳を頼む」


「はい!」


話を交わす間に新聞も届き、ベーコンも焼けた。ベーコンと目玉焼きを持ってランディは、居間へ。レザンも新聞を読みながら席に着く。何時でも朝食を始められる準備は整った。


「今日も特殊な業務はないな……例年なら商品がこのくらいに届くのだが……時間が掛かっているらしい。変わらず、店番と配達を宜しく頼む」


「かしこまりました! 因みに商品は如何ほど、来るんですか?」


「近隣の町村にも顧客が居るからな……一気に買いの注文が入る。恐らく、例年通りなら幌馬車二から三台は、難くない。冬の間は、商品を入れられなくて棚も空きが目立つ。それも含めると、更に二台ほどだろう。どちらにせよ、来てからの話だが」


「凄いですね!」

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