第壹章 学び舎のひと時 4P
「わーい」
「じっけんたのしみ」
「ふるーるねえ、がんばって!」
「ランディくん。呼ばれてるみたいだよ?」
「本当だ。なんだろう?」
手招きでフルールに呼ばれるランディ。事前に何の打ち合わせもなかったので困惑するばかりだ。仕方がなく、ランディは、又もや壇上に足を踏み入れる。
「ランディ。舞台袖の大きな麻袋を持って来て頂戴」
「分かったけど……あんなに大きいの何に使うのさ?」
「直ぐに分かるわ」
「嫌な予感しかしない……」
「つべこべ言わずにさっさと持って来る!」
「はい……」
此処でランディも雲行きが怪しい事に気付いた。踵を返して舞台袖まで向かうと、両腕に抱えなければならない程に大きな麻袋が目に入る。それを言われた通りに抱えてフルールの下へ戻った。
「持って来たよ。中身は……小麦粉かい?」
「良く分かったわね? そう、正解」
時折、鼻を擽る真っ白な粉塵でランディは、当てずっぽうにフルールへ問うた。そうすると、フルールは素直に首肯する。されど、小麦粉だけで何を仕出かすのか、今の段階では、ランディにも見当がつかなかった。パンを作るとも思えない。何故ならば、材料が足らないからだ。ましてや、この場では、道具もない。恐らく、単体で何かを仕出かすのだろう。
ランディは、少し身構えて固唾を呑んでフルールを見守る。
「今日は、皆さんに爆発の実験を披露しようと思います」
「ばくは……つ?」
「なにー」
「なんか、すごそう……」
「ばくはつだー!」
警戒するランディを尻目にフルールは、臆せずに計画を子供たちへ説明した。
勿論、隣で聞いていたランディも舞台袖で待機しているユンヌもたまげてしまう。
薄々、フルールの考えが見えて来た二人は、確保の準備を開始する。
「予め、言っておきますが皆さんは、決して真似しない様に。危険だから」
「危険?」
「今回は、エグリースさんの執務室を使います。挑戦するのは、粉じん爆発と言う――」
「フルール! それは、駄目だって!」
「ランディ、止めないで。今日こそは、とっちめてやんないと」
「ユッ、ユンヌちゃん、助けて!」
「わっ、分かった!」
「邪魔立て無用!」
途中で血相を変えたランディが説明を遮り、フルールと小麦粉の取り合いを始めた。ユンヌも慌て乍ら直ぐに加勢してフルールの細い腰へ抱き付いて協力して小麦粉から引き離そうと尽力する。子供たちがやんや、やんやと歓声を飛ばし、盛り上がっている中で壮絶な争奪戦の火蓋が切って落とされた。
「ランディくん! フルールは、何をするつもり?」
「フッ、フルールは、この小麦粉をエグリースさんの部屋に散布して燃焼実験をするつもりなんだ!」
「なんですって!」
「わあー!」
「みてみたい!」
「たのしそう!」
やっと、合点の行く答えが見つかり、ランディは奪い合いをしながらフルールの腹案をユンヌへ説明した。同時にランディは、心の内で首を傾げた。誰がフルールにこんな悪知恵を仕込んだのだろうか。工場など、大きな機械を保有する所に携わっていれば、知りえるかもしれない。
恐らくフルールには、縁遠い知識に違いない。勿論、彼女の稼業ならば、小麦粉は、可燃物であり、火の近くで取り扱うのは危険と言う知識はあっても可笑しくない。精々、注意事項として心得ているのは、窯の傍で可燃物を取り扱わない等だろう。だが、発火の仕組みや事象の名称までフルールが知りえるには、あまりにも不自然過ぎる。
「全く―― どこからそんな情報を―― 仕入れて来たんだい?」
「ルーから!」
「一度、交友関係を見直さないといけないのかな……余計な入れ知恵をっ!」
問い質してみると案の定、犯人は分かった。これが故意でなく、注意としての助言であれば目を瞑ったが、大方、お怒りのフルールへ面白半分で教えたに違いない。
「確か、小麦粉だけ置いてあるなら……火はつかないけど。フルール、大人しくして! 空気中にある程度……可燃性のある粉塵。今の場合、小麦粉だけど―― それが浮遊していると……起こるんだったけ? 危ないってば!」
「そう! 多分、執務室の高い所からばら撒いて扇で下からも煽げば、小規模だけど延焼する可能性が高い。好い加減、離してフルール! この目は……本気でやるつもりだ。大方、エグリースさんから何か癪に障る事を言われたに違いないっ!」
必死でしがみ付くユンヌと、麻袋を掴むランディは、このままでは、埒が明かないので何があろうとも計画を強行しようとするフルールの説得を試みる事に。今のフルールへ言葉が届く可能性は、圧倒的に低いが何が何でも阻止しなければならない。
「フルール、落ち着いて! エグリースさんに悪気はないの。偶に傍から見て私も思う所はあるけど……大目に見てあげないと!」
「人様を呼び止め、捕まえて何を言いだすかと思ったら……詰まんない話の揚句、ガサツだの格好もきちんとだの……縁談の紹介をしましょうか? だの。大きなお世話だっての!」
「私も同じ事、言われれるから! フルールだけじゃないよ……結構、繊細さに欠ける発言は、日常茶飯事だから相手にしたらダメよ」
「俺もからも見ても君は、笑顔が素敵で奥ゆかしくて器量も良い魅力的な女性だ! 君が町を歩けば、道行く男性なら骨抜き―― 誰もが振り向くさ。大丈夫、エグリースさんは、君が心配だから言っているだけだよ!」
ユンヌは、努めて笑顔を浮かべながら共感し、宥める。ランディも珍しくフルールの大きな茶色の瞳をじっと見つめ、普段ならば絶対に言わないであろうおべっかてんこ盛りの不自然な口説き文句を囁く。詰めが甘いのは、見え透いた言葉の羅列だけでなく、後一手が足りない所だろう。
「世辞は、結構! 一度、痛い目合わせないと分からないんだから! 止めないで」
「そもそも、事件扱いだからダメだって! 君が放火魔として捕まっちゃうよ!」
「一矢報いられるなら本望よ。刺し違えてでもやり遂げる意味があるわ」
必死の攻防を繰り広げた末、ランディはフルールから小麦粉の麻袋を奪取。ユンヌに渡してそのまま、代わってフルールを抱き留める。辛くも計画を未然に防いだ形となった。
「一先ず……ユンヌちゃんは、小麦粉を何処かに隠してくれないか?」
「分かったよ! 皆は、ちょっとの間、座って良い子にしてて頂戴」
「はーい!」
「たいへんねー」
「きもちは、とてもわかる」
「ふるーるねえ、きょうはあきらめる」
子供達に諭されながら少しずつ大人しくなるフルール。但し、油断を許せば、足元を掬われ兼ねないので小麦粉を隠して戻って来たユンヌ。そして取り押さえたランディは、フルールへ椅子を宛がい、ユンヌは、後ろから肩に手を回して軽く拘束した。これで一安心とランディは、ほっと胸を撫で下ろす。
「こほんっ! さてと……フルールの授業がなくなったので引き続き、俺からお話させて貰うとしよう……フルールもそこで大人しく聞いてくれるかい?」
「ふんっ!」
「私からもエグリースさんには、注意しておくわ……今日は、お願いだから鉾を収めて頂戴」
「言って聞くタマだと思う?」
「……思わないけど。少なくとも何もしないよりかは、マシ」
そっぽを向くフルールにランディは、苦笑いを浮かべた。ユンヌの援護も虚しく、フルールの機嫌は、戻らない。されど、今日はそもそも子供達との時間が優先されて然るべきだ。
一先ず、フルールの事は、忘れて目の前の役名に徹しなければ。
「仕切り直しだね……もう、話のネタを考えていなかったからどうしよう。折角だから皆から知りたい事を募集してみても良いかな? 話が出来る話題を選ばせて貰うけどね」