第壹章 学び舎のひと時 3P
「受けを狙うとかそう言う話じゃないから……」
「あたしの沽券が掛かっているのよ。これで結果が大した事なかったりでもしてみなさい。今日、一日ずっと鼻高々なランディの姿を見せられて興ざめよ」
「ランディくんは、そんな人に自慢するような人じゃないでしょ」
「あたしの気が収まらないから関係ない」
最終的には、訳の分からない意地の張り合いに発展してしまった。ユンヌは、これなら二人を別日に分けておけば良かったと後悔する。そして二人の会話の間もランディは、着実に講義を進め、土地柄ごとの特殊な職種、職務を説明も佳境に差し掛かっていた。
主に今回は、製造業に焦点をあてて製塩や造船、鍛冶、その他にも少し特殊で子供達が興味を持ちそうな内容を語ると、時間もそろそろ無くなって来た。農業について話題が上がったので子供達との会話を取りながら終わりに差し掛かる。
「―― このように畑一つとっても地域によって違う作物を育てているんだ。因みに皆のお家で冬場は、ジャガイモが沢山あるかい?」
「あるー」
「あんまり、すきじゃない」
「いっしゅうかん、じゃがいものおりょうりのひがある」
「ぱんがあるからあんまり、やっかいにならず」
「それには、理由があるんだ。元々、一昔前は、春も夏も秋も冬も関係なく、冷えている時代があった。その所為で野菜や小麦が出来にくくてね。ジャガイモの貯蓄は、その名残さ。保存もしやすいし、育てやすいって事もあって重宝されていたんだ。だからあんまり好きじゃなくてもたべるんだぞー」
銘々、様々な返答が帰って来る中、ランディは、ジャガイモの有用性について説明した。勿論、好き嫌いせずに食べる様にと付け加える。
「はーい」
「くちのなか、ぱさぱさになるけどね」
「ゆでたのばっかりだからあきる」
「おおきくてたべづらい」
「生の人参齧るよりは、マシだろう?」
「にんじんは、だめ。とてもマズい」
「つちくさい」
「ゆでてもおいしくない」
「かたすぎる」
「だろう? 美味しく食べられる物に感謝しないとね。そう言えば、食べ物繋がりで話を続けるけど、皆さんが食べるのは、ライ麦パンか、黒パンのどちらかですね」
「すーぷにひたしてたべる」
「かたいからかむのがたいへん。でも、じゃむがあるといくらでもたべられる」
「さんどいっち!」
「はい。では、真っ白いパンがあるのは、御存じかな?」
本来ならば、此処で終わらせるつもりだったが、話題が再燃したので少し補足としてパンや小麦粉の事について触れる。
「ときどき、ろーぶさんがくれるやつね!」
「めったにたべられない」
「やわらかくてばたーのにおいがとってもよいの」
「そう、王都でも偶の贅沢で食べるパンだけど。皆は、何故か知っているかい?」
「わりにあわないってさー」
「つくれるりょうがすくないのは、しってる」
「ふうしゃー」
「くしゃみでるよね、あそこにいくと」
相も変わらず、点でバラバラな答えが子供たちから出て来るのだけれども今度は、正鵠を射る答えも聞こえて来た。ある程度は、子供達も事情を理解しているらしい。ならば、説明は、あまり必要ないとランディは、考えた。
「何となく理由をご存じみたいで凄いよ。パンを作るには、麦を粉にする必要がある。町にある風車が回転する力を利用して石臼で引くんだ。石臼で挽いても粉になった麦全部を集めるのは、難しい。その上、パンを作るには、更に水と塩が必要で時間も掛かるし、焼いたりと手間が掛かるから昔、パンは、貴重な食べ物だったんだ。その上、白いパンを作るには、挽く前に麦の中身だけに選別する必要がある。そうなると、元の麦よりも少なくなってしまうんだ。当然、作れる量も少ないからいつも食べるのには向かない。だから作りにくいのさ」
「しらんかったー」
「ぼくは、らいむぎのぱんがすきだけどね」
「くろぱんは、むぎのあじがするの」
「因みに此処よりも大きな町には、製粉機と言う物が出回り始めています。手で回して小麦粉を作る機械だね。ただ、今の段階ならば、石臼で挽いた方が効率的なのであまり使われていません。俺が聞いた限りだと、もっと遠くの国では、列車の動力を使って人の手を使わず勝手に挽く機械が出来たって話を聞いているね」
「へえー」
「じょうききかん? ってとうさんいってた」
「じゃあ、しろいパンもいっぱい?」
「中身も自動に分けてくれるって事だから白いパンもいっぱい出来るらしい。王国も昔よりも麦を育てるのに適した環境と大きな土地が整っている所もあるから難しくないよ。その内、俺たちも文明の利器って奴に肖りたいね」
ランディは、進歩する機械産業の素晴らしさに触れて時代の転換期、真っただ中におり、今を生きる自分達は、凄い場面に立ち会っている事をそれとなく子供達に伝えた。今は、分からずともいつか、理解して貰える事を信じて。教育とは、そう言うものだ。目の前に転がる全ての事象に意味があると、植え付けて探求心や好奇心を煽る。それが定義として成立せず、未解決の問題であろうとも取り組む姿勢が大事だ。何世代に渡ろうとも弛まぬ努力を注げば、答えは出て来る。
ヒトとして何かしらの爪跡を。礎としての意識を持ちえてこそ、生きる意味と成りえよう。勿論、これは一つの解答であって人の数程の価値観があり、決して正しい物ではない。彼らなりの正解に辿り着く事をランディは、祈るばかりだった。
「では、以上で俺からの授業は、終わりにしようかと。皆さん、少しでも楽しんで頂けたかな? 皆さんの今後に役立てたなら幸いだ。また、機会があれば、もっと他の事もお話しに来たいと考えているので宜しくね」
「たのしかった!」
「ありがとう、らんでぃさん」
「るーくんのはなしよりもためになったとおもう」
「ちょっと、かしこくなった!」
嬉しい感想を投げ掛けられ、感動を覚えつつもランディは、フルールと交代する事に。笑顔で舞台袖まで向かい、唇をきゅっと結んだフルールとすれ違う。意外にも緊張している様子だったのでランディは、軽くすれ違いざまに声を掛ける。
「頑張って」
「言われなくとも」
ぶっきら棒に返答してフルールは、教壇の前まで歩いて行く。その姿をランディは、ユンヌの隣でじっと見守っていた。
「フルールは、何を教えるつもりか聞いているかい?」
「聞いてみたけど、やってみてのお楽しみしか言わなかったから……とっても不安なんだけどね。もし、フルールが暴走したら止めて貰っても良いかな?」
「恐らく―― そんな大それた事は、しないと思うけど。ちょっと怖いね」
「フルールの事は、暫く静観するとして。ランディくん、今のとっても良かったよ。子供達にとって有意義な時間だったわ。準備してくれて本当にありがとう」
「これ位、お安い御用さ。数学や、科学、哲学の分野には疎いけど、地理ついて教えたり、文化の知識は、頭に入っているから触りだけなら問題ない」
「今度からその方面は、ランディくんに教えて貰おうかなって思ったぐらいだよ」
「いや、流石にそれは……」
「うそ、うそ。でもあの子たちがあんなに興味を持つ事何て早々ないから時々、お招きしたいと思ってたり。ランディくんが良ければだけどね」
「時々なら大丈夫。只、提供出来る事は、限られているから長続きは、しないかな」
「それでも良いの。楽しんで貰う事も必要だから」
談笑する二人の傍らでフルールは、髪を一纏めに結びながら張り切っていた。しかしながら瞳は、怪しくギラついており、強い怨念の様な負の情緒を感じさせている。先程からユンヌは、良からぬ雰囲気を感じ取っていたが、壇上に立つまでフルールが明かさなかったので見守るしかなかった。これでフルールの思惑が分かるのだが。
「さて。今度は、あたしの番ね! 今回は、取って置きの授業よ。今日は、実験をしたいと思います。では早速、助手に実験材料を用意して貰いましょう」