第壹章 学び舎のひと時 1P
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「さて! 今日は、月に一回の日。特別な先生がいらっしゃっていますよ! いつも私の話ばかりだと、飽きちゃうから偶には、本のお勉強だけでなくてそれぞれお話をして貰います」
「はーい」
「きょうは、だーれ?」
「だれでもいっしょ。だけど、えぐりーすさんは、いや」
「どうかん」
「ぜったい、おひるねのじかんになるよ」
「ぼくは、るーがいい! おはなし、おもしろいから」
「でも、ぜんぜん! やくにたたない」
「おかあさんにどこでおぼえてきたのっておこられる」
賑やかな教会の日曜学校。今回は、此処から話は、始まる。教壇に立つユンヌと落ち着かないながらも席に座る子供達。窓辺から覗く太陽光。四の月の中旬にもなると、外はもう春の陽気の真っ盛り。
しかしながら教会は、相も変わらず肌寒い。建物の大きさもそうだが、窓が極端に少ない事で陽光を取り込めないからだ。石造りの所為もあってひんやりとしている。申し訳程度に暖炉もあるが、建物全体を暖めるには、心もとない。埃っぽい室内で春に似合わない厚手の格好で皆、肩を寄せ合い、蝋燭の明かりを頼りに学んでいるのだ。
勿論、この町はまだ恵まれている方で青空の下で学ぶ子供も少なくない。この状況下においてならば、外に椅子を持ち出した方が得策かもしれないが。そんな教室で本日は、特別講師を招いて座学を開催する予定であった。二月か三月に一回、子供たちの見聞を広げる為に町の大人を招いて行っている。
意外にも子供達には、好評で大人たちからも迷惑がられる事もない。昨年より、ユンヌ主導で企画されている。
「ほらほら、あんまりにも聞き訳がないと先生に帰って貰っちゃいますよ?」
「それは、こまる。あしたのてすとがきょうになるから」
「べんきょーしてない!」
「かえっちゃーいやー!」
「はいはい……皆さんの熱意は、とっても伝わりました。明日は、容赦しません」
「いやー」
「やめてー」
「とうさんにおこられる」
簡素な灰色のドレスに紺色の肩掛けを纏ったユンヌは、革靴をこつこつと音たてながら教壇付近を歩き回りながら話をしている。穏やかな笑みを浮かべながら子供たちの声に耳を傾け、答えている。
椅子から腰を少し浮かせて覚えたての言葉を使いたがり、引っ切り無しに喋る子供たちの声は、雛の様に忙しない。ただ、それは陰鬱な教会内を明るくしてくれる。日々、良くも悪くも成長し続ける彼らに手を焼きつつもユンヌは、楽しかった。毎日が驚きの連続で机に向かって只、書き物をするよりも退屈する事がない。ユンヌは、教職と言う道は、己の天職であると納得していたのだが。
流石に今日は、いつもより手を焼いて困っている。子供達を宥めるも何時まで経っても場の収拾がつかない状況下、特別に呼ばれた講師たちが半分、業を煮やして舞台袖より、姿を現した。
「どうも。皆さん、こんにちは! 御呼ばれされたよー」
「はい。おしゃべりは、そこまで! 折角、来たのにあたし達の時間がなくなるでしょ?」
「ふるーるねえ!」
「らんでぃさん、いらっしゃい!」
「やったー!」
ランディとフルールの登場で騒がしさに磨きが掛かる子供達。子供達の有り余る体力に圧倒されつつも二人は、笑顔を絶やさない。てんてこ舞いだったユンヌは、額の汗を拭う様な仕草をした後に二人の紹介をし始める。
「今日は、二人に来て貰ったの。とてもためになるお話をしてくれるって。ランディ先生は、王国を色々と回った事があるから色んな町や大きな都のお話を。フルール先生は、小麦粉を使った理科の実験だったっけ?」
「その通り」
「あたしも問題ないわ」
「と言う事で。それぞれ、皆さんに教えて下さるそうです」
くすんだ紺色のブルゾンに真っ白なシャツでタイトなパンツのランディと何故か、今日は、乗馬をするようなシャツにベスト、黒いキュロット姿のフルール。恐らく、実験が関係しているのだろうが、ユンヌも少し、フルールの格好に首を傾げる。
「では、俺から始めようか。改めて……皆さん、こんにちは!」
腕まくりをしながらユンヌの隣まで行き、教壇へ立つと大きな声でランディが挨拶をした。それに子供達は、負けない大声で答える。
「よし、皆さんの元気な返事が聞けて嬉しいです。今日、お話しするのは地理と言う、土地によって違う所です。皆さんは、遠くに行くと言っても隣町とか、近くの村が多いと思います。近場だったらそんなに変わらないけど、北方、東方、南方、西方とそれぞれ、文化や習慣が違いますし、天気や生物、海や山、川など、土地によってびっくりするほど。これからもしかしたらこの町を出てお仕事をするかもしれません。その時、役に立てば良いかなと」
今日は、ランディも特別に教材を用意している訳でなく、本当に話をするだけの心算であった。あくまでも此処は、初等教育の場であって高等な学びを提供する必要はないと事前にユンヌから聞いていたからだ。あまり難しい話をしても子供たちが着いて行けないので簡素化した授業をユンヌから依頼を受けていた。だから今回は、子供達の好奇心を刺激するような話をするつもりなのだ。
しかし、話術だけで人の更に言えば、子供に興味を持たせるのは、至難の業である。意味の分かる言葉を使う事は、当然の事ながらまだ、知識も経験も浅い彼らの想像力が及ぶ様な内容を考えなければならない。
「先ずは、この町について……触れておこうか。『Chanter』は、王都に近いと言う事もあって田舎の町よりも発展しているね。つまりは、便利って事だ。後は、最近の出来事で例に挙げるならば、王国において、此処は寒い地方……と言ってもかなりの場所が当て嵌まるけど。寒いと言っても王都なんかは、あんまり雪が積もらなかったりするからね。近くても全然、違う。詳しくは、俺も分からないけど、山々に囲まれている事と、湿った空気が流れて来ているからだね。雨もきちんと降るからそのお蔭で地下水は、豊富で川も流れているから水不足に悩まされない」
ランディは、子供達一人一人の顔をゆっくりと見渡しながら先ずは、この町の事を話し始めた。この講義において話の比較対象としては、丁度良い。子供達にこの地の事を念頭に置いて貰った方が一番分かり易いからだ。
「らんでぃさん。なんでやまがあると、ゆきがふりやすいの?」
ランディにとってこう言った質問も大歓迎であった。興味は、興味を呼ぶ。好奇心は、感染する。仕組みは、簡単だ。一人が何か一つにでも興味を持てば、話が広がり、その話の中でまた、誰かが興味を持つ。その連鎖が広義の流れを作るのだ。折角、御呼ばれされたのであれば、自分自身も子供達にも有意義な時間を過ごすべきだ。自由意志で来たのならば、最良の結果を導き出す事が自分にとっても面白い。
「雪は、水から出来ているのは、皆も知って居るよね? なら話は、早い。目に見えない水の粒を含んだ空気と雲が山々に邪魔されて此処を通り抜ける間に冷えちゃうんだ。それが雪になる。勿論、外の温度が重要だけど、冷たい空気は、下に行きやすい。部屋でも天井の近くからが暖かくて床の方が冷たいのは、分かるかな。仕組みは、同じで此処も冷たい空気の吹き溜まりになって留まっているからだね。だから降った分だけ積もるから雪が多い。王都は、開けた場所にあるからね。降っても冷たい空気がかき乱されたり、人の往来やら住んでいる人が多くて全体が温かいから積もりにくい。後は、除雪もされているからだね」
「わかったー。あんがとございます」