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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅱ巻 第陸章 『restaurant』の騎士
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第陸章 『restaurant』の騎士 3P


                *


「着々と熟していますね、彼」


「お前の想像以上に早い……いや、成し遂げられないであろうと、踏んでいたのだからお前の驚きは、理解しているつもりだ」


「そう、からかわないで。僕とて、期待してなかった訳じゃない。只、もし出来なかったとしても受け入れるつもりで居ただけですよ」


「何にせよ、町に溶け込みやすい様に提案をしてくれたお蔭であの子の存在は、既に違和感を覚えないものとなりつつある。ありがとう」


「僕は、何していませんよ。彼の意欲が結果に繋がっているのだから」


 所変わってとある部屋の一室にて。室内のカーテンは、閉め切られて部屋の四つ角に置かれたランタンの薄暗い明かりだけなので内装は、見えづらい。辛うじて本棚が幾つか、そして机と椅子、来客用の長椅子が把握出来た。そんな古本の臭いと、埃っぽさに包まれながら二人の人物が会話を繰り広げている。片方は、椅子に座り、もう片方は、ランタンの横で立っている。話の内容は、ランディの件。


「徐々に話が広まってますけど、温厚で大人しいラパンが不良を追っ払った何て……皆、驚いてます。僕だってランディ君から最初に聞いた時は、半信半疑でした」


「私は、事情を知っていたから特別、驚く事はなかった」


「そりゃあ、そうでしょう。寧ろ、一報を入れても罰は、当たらない位なのに。断片的な話を聞かされて最後にもう、終わったと言われるこの身に。このひと月の間、熱い青春が繰り広げられていたと知っていれば……面白くない」


「お前は、要らぬ茶々を入れるからダメだ。あの場に相応しくない」


「随分と酷い言い草だ」


 今回の件を面白おかしく語る二人。事の次第を隅々まで知っているようだった。


「そう言えば、今回の件。後処理はどうした? 当然の事ながら苦情が来ただろう」


「南東の村。百姓の出だったみたいで。彼らの親御さんから直ぐにお手紙が。私とオウルさんが赴き、懇切丁寧にご説明した上で内々に処理しました。大層、御立腹でしたが、話の分かる御仁でした。此方の事情を説明すると、直ぐにお子さんへ問い質し、事実が判明したら逆に謝罪の言葉を頂きました。おまけに手打ちと言う事で今年の冬季用に買付する薪の金額を値引きして貰えましたから」


「お前も抜け目ないな……」


「態々、赴いたのですからこれ位はして貰わないと割に合わない」


 椅子に座っている男は、後始末とそのおまけに町に有利な条件を引き出せた事を楽しげに話す。呆れた様子のもう一人は、投げ槍に相槌を打った。


「因みに今回の件、彼に非はありません。事情を説明してくれましたし。僕から注意は、ありません。出来れば、事を荒げないで下さい。流石に可哀想だ」


「無論、そのつもりだ。この件は、私も焚き付けてしまった。それにどの手を取ったとしても話は、大きくなっていただろう」


「その言葉を聞いて安心です」


 どちらも話が分かる人物だった様で直接、制裁を下すつもりはなかった。勿論、この件に関しては、ランディに非は、なかったのだから当然の措置と言えよう。そして会話の内容からして二人共にランディに近しい人物だと分かる。


「さて……今回は、どう言うお題目を付けようかな……『restaurant』の騎士がぴったりだろうなー。貴方は、どう思います?」


「お前のそれは、本当に悪趣味だな」


「そんな言い方は、ないでしょ? どれもこれも名前を聞いただけでも興味を引くものばかり。まるで寓話みたいで素敵でしょう?」


「あの子は、お前の道化ではない。努々、忘れるなよ?」


「それならば、貴方がきちんとこの町での配役を教えてあげるべきだ。本来なら彼は、僕の道化でも雑貨屋の店員でも自警団員でも騎士でも教官でも王都から来た若者でもない……言葉が過ぎました。以前もお伝えしましたが、貴方が与えられる配役は、何事にも代え難い素敵なものです。なるべく早くに――」


「……急にどうした? お前が焦る何て。何があった?」


「今日、お話ししようと考えていた案件は、もう一つあります。……これを」


 椅子に座っている男が会話の折に感情をむき出しに。何やら切羽詰った案件がランディを中心に起きている事だけは、分かるのだが。


「……どう言う事だ?」


「一昨日、王都からの伝令です。早馬で来ました。よっぽどの事がないと寄越して来ないから僕もびっくりしましたよ。この前の事件だってのんびり憲兵が二人、派遣されただけですし。『ある人物を捜索中。見つけ次第、丁重に保護を。そして速やかに王国軍までご連絡されたし。名は、ランディ・マタン。男、年は、二十歳。黒髪。細かな特徴は、別紙記載。事由は、国家機密に付き、公表せず。』……僕にも分かりません。許す限り、猶予を作ります。けれども時間はないかもしれない。事によっては、匿うのも難しい状況です」


「この内容の通りならば、罪人として指名手配されている訳ではないな……恐らく、機密事項に関わっていたからそれとも……」


「彼が機密事項として扱われていたかのどちらか。匿ったからと言って意図的でないと主張すれば、罪に問われる事は、無いです。けれども国内総出で血眼になって探しているのであれば、何れは、発覚するでしょう。その際の対応を問われているのですよ。恐らく、僕らに出来る事は、彼が去る後ろ姿を黙って見守ることのみ」


「気を付ける。向こうは、遠くへ逃げ延びていると、勘ぐって近辺には、目が行っていない筈だ。機転が利かせ、国外逃亡を防ぐのも含め、遠方で検問を敷いているに違いない。そのまま、包囲網を敷いてじわじわと縮めて行くだろう。一度、その包囲網を潜り抜けられれば……或いは」


先程までとは違い、声色が険しい二人。これからの事を憂い、手立てが少なく、避けられない未来が思ったよりも早く待って居るからだ。


「その次は、情報公開と懸賞金を掛ける可能性があります。そうなると、止まらない。町の住人が一丸となって秘匿しても部外者から漏れる」


「どちらにせよ。僕も逐次、情報を集めます。だからこの件は、くれぐれも内密に」


「宜しく頼んだ」


「まあ、先の話に悲観しても仕方がない。湿気た話は、これ位にして僕が言いたい事は、今の一瞬を無駄にせず、楽しんで下さい。そして前も言った様に悔いを残さないでと。只、それだけなんです」


「分かっている……」


 誰もが大なり小なり、有終の美を心の帆布に描く。この場においても何気ない日常がずっと続くように二人の男たちは、願っていたのであろう。共に過ごす情景の一つ一つを慈しみ、己の取れる最良の手立ても最後の最後まで講じるつもりだろう。ただ、その願いは、余りにも儚かった。待ち受ける結末に直面し、悲嘆に暮れる彼らを癒せる者がいるだろうか。いや、居ない。


「貴方の血筋は、本当に忙しい方が多い」


「習わしが根強く関わっているからな。あいつの代で取り止めても良いと伝えていたがあいつにも考えがあってやらせたのだろう」


「そのお蔭でこんな機会が得られたのです。感謝するべきなんでしょうね……」


「ああ、その通りだ。だからこそ、あれがくれたこの機会、私は余すことなく、感受するつもりだ。何せ、止まっていた時が動き出したかのように。今、店が忙しないからな。暫くの間、忘れていた。会話があんなに楽しいものだと」


「僕から見ても面白いですよ。怒っても笑っても真面目な顔をしていても楽しそうな貴方を見る日が来るとは、思いませんでした」


「そうか……私もまだ、枯れていないのだな」


「はい」


 されど、留まる事は、許されない。時間は、有限で今も遠慮なく流れ続ける。


 二人の心に響く、儚くも温かな音色。それは、誰が届けているのだろうか。


知っているのは、歌う町のみ。歌う町は、囀る。


早く、早くと。


おわり。

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