第陸章 『restaurant』の騎士 2P
「それの答えは、簡単だ。君には、潜在的に能力が高かったんだ」
「能力?」
「ラパンに何か特別な力があったとは、思えない……です」
「いや、あるんだって」
二人して仲好く、不思議そうに首を傾げる一方、ランディは笑う。どうやら、この二人もフルールと同じ事を考えている様でランディは、可笑しかったのだ。
ランディは、意地悪をせずにきちんと答える。
「以前にもラパンへ直接、言った事があっただろう? 君は、力持ちだって。その体格と筋力に関しては、申し分なかったと思う。後は、ちょっと持久力と慣れが必要だったから調節しただけ。君が察している通り、何ら特別な訓練はしていない」
「えっ……本当なんだも?」
何てことない説明に驚くラパンとチャット。決してランディもからかいで言っている訳でないと知っていても半信半疑になるのは、当然。ドレスの肩口がずれるチャットと持っていた焼き菓子を落とすラパン。口を開けて茫然とする二人を尻目にランディは、更に説明を続ける。
「嘘は、吐かない。君が後、一から二年前位から本格的に誰かへ師事していれば、従軍しても将来有望だったと思うよ。今からだと、少し大変かもしれないなー」
「僕は……王国軍へ憧れは、ないんだけれども……でも、そう言って貰えると、嬉しいんだな。そうか―― 僕も頑張れば……」
「本気で従軍を考えているなら今からでも教えようか? ただ、これまで以上に厳しくなって血反吐、吐く思いを何度か、経験して貰うかな?」
「けっ! 結構なんだも! 僕は、今の生活が一番好きなんだな!」
「そうかい、そうかい」
「ふふっ」
いち早く、姿勢を正したラパンが思わぬ褒め言葉に舞い上がり掛けた所でランディは、また現実に叩き戻す。一連の流れにチャットは、微笑を浮かべる。
「話は、元に戻すけど。要は、武力を持って相対する心構えと、直ぐにへこたれない持久力、後は、力に溺れない意思が必要だった。それを一つ、一つ教えていたんだよ。勿論、力に溺れない意思って言うのは、ぶっつけ本番だったけど……ね」
「納得したんだも……ランディさんは、僕の根っこからきちんと、判断してくれていたんだな。とても在り難かったんだも」
「普段から自分の体の可動域や限界。その他、変化をきちんと把握していると思っている人が多いんだけど……効率化を進めたり、鍛錬を積んで更に一歩進んでみるのは、一人で難しい所がある。何故かと言えば、自分の母数把握に甘い所があるからね。結論は、心算に過ぎない。それでは、自分を知っているとは言えない」
静かに聞き入る二人へランディは、話の結論を述べる。
「だから人の振りを真似して指標を目に見える様にして初めて自分がどこら辺に居て、次に何処を目指せば良いか、分かる。この循環を続けて行く事が重要だ」
「此処まで考えて貰ってたならラパンは、ランディさんに頭が上がらない」
「全くもってそうなんだな。思った以上に自分の考えが甘かったんだな」
「そこまで畏まって言われる程の事ではないけどね。ただ、中途半端な事をして結果に結びつかなかったら君に申し訳なからね。出来るだけは、やってたよ」
「改めて……此度は、本当に有難うございました。こんな僕に助力してくれて。最後まで見捨てずに導いて貰ったお蔭です」
「礼には、及ばないよ。本当に成功して良かった」
ランディは、話に一区切りがついたのでカップを傾けてのどを潤した。そして穏やかな沈黙が流れる。説明の責任を果たし、思いの丈を語り尽したランディ。話下手なランディが出来る最良の締め括りと言えよう。
「ランディさん、一つ御願い事があるんだな」
「どうしたの? 急に畏まって」
「僕、今回の事で分かった事も多かったけど、更に分からない事が増えたんだな。でも一人じゃ、どうすれば良いか分からないだも。多分、このままだとまた、分からないままでも良い人に戻るんだ。僕は、それが嫌なんだな。忘却の彼方にこの心動かされた出来事を置いて来てしまうのは。だから、厚かましいお願いで申し訳ないのだけど……失礼を承知でランディさんにもう一度、教えを乞いたいと」
長い沈黙の中で話を切り出したラパン。今度は、ラパンからもう一度、師事を仰ぎたいと願い出る。己の強さを理解した上で更に己の弱みも露見した。ランディの思い描いたスタート地点へやっと至った所で見出した答え。新しい道を切り開く為には、必要不可欠と己の感覚が叫んでいるのだ。
一度、逃げ出してしまった手前、申し訳ないと思いつつも師の思いに報いるならば、こうした方が良いと考えて恥も外聞も捨てた。
「その姿勢、とても素晴らしいけど……俺にも教えられる限界がある。その域まで来てしまったら君は、一人で道を歩む事になるだろう。それでも良いかい?」
「どんなに頑張ったってランディさんを越えられる事は無いんだも」
「勿論、そう言う意味も含めてだけど、自分の中で消化出来ずに昇華しきれない事って往々にしてあるんだ。時には、的外れな話になってしまうかもしれない。その未熟さも含めて理解があるのならば、喜んでと」
語気を強めてランディは、手を組みながら覚悟を問う。
「覚悟は……ある。僕は、もう好機に迷わない。迷いは、勝手に向こうからやってくるから。僕は、自分から迷う事をしない」
「……あい、分かった」
「良かったね、ラパン!」
「うん!」
ラパンは、瞳に強い光を宿しながら答えた。そこまで意志が固いのならば、ランディも首肯するしかない。手を叩き合い、歓喜する二人を前にしてランディは、不意にある事を思いつく。それは。
「序でに……それなら君にも参加して貰おうかな?」
「何に参加なんだも?」
「自警団の団員に。多分、君にとって良い刺激になると思う。見聞だって広がるだろう。何せ、自由気儘にやってるから色んな出来事に触れる。今回だってそうだ。見回りしてなかったら君ともこんな関わりを持てなかっただろう」
嫌とは、言わせないとランディは、笑いながら圧力を掛ける。一瞬、固まるラパン。けれども、一歩も引く事は無い。寧ろ、興味を持ってこの誘いは、受けねばならない。ラパンは早速、ランディに試されていた。
「次は、君が俺たちと一緒にやってみないか? どうせ、成り手が居ないから人手は足りてない。君の言う、好機じゃないかな? これは」
「是非……是非に。僕を入れて欲しいんだも!」
「では、これからも宜しく。ラパン」
「はい、宜しくなんだな!」
お互いに言わずとも手を出し合い、固い握手を交わす二人。
こうして、『Chanter』自警団に心強い新たな人員が加わったのだった。