第伍章 誰が為の闘争 7P
ゆっくりと、話し掛けながら更に背中へ右足で蹴りを一つ。最早、痛みと苦しみで芋虫の様に転げ回るしか出来ない最後の一人。これならば、ランディの方が幾分かましであったかもしれない。そう思わせる程にラパンは、非情であった。
「誰が強いって? ほら、言ってみろよ。喋れるもんならね!」
段々と声を荒げて怒りの気炎を上げるラパン。眉間に皺を寄せてただ只管、蹴り続ける。
「あははは! 良い気味なんだな。今までやられた分も倍に返してやるんだも」
「やっ……やめてくれ……」
やっとの事で降参の意思表示をする不良。されど、ラパンは、止まる事を知らない。
「僕がそう言った時に君は、やめてくれたかな? 胸に手を当てて考えるんだも。人を傷つけるとどういう結末になるか、今日、身に染みて分からせてやるん。もう、二度とそんな気を起させないように……」
「ラパン君……」
今度は、馬乗りになって殴り始めたラパンを見てランディは、近寄って声を掛ける。
それでも止まらない。
「ご、ごめんな……うぐっ!」
「全然、聞えないんだな! もっとはっきり喋るんだも」
「ラパン君」
必死に顔を腕で守り、嗚咽を漏らしながら許しを請う不良をラパンは、更に追い詰めて行く。そんなラパンを見て苦悶の表情を浮かべながらランディはもう一度、呼び掛ける。
「このっ! このっ! このっ!」
「ラパン!」
「ランディさん、止めないで! 僕は今、凄く気分が高揚しているんだも。そして今まで自分が虐げて来た人たちの痛みを分からせている最中なんだな」
止めを刺す勢いで殴り続けるラパンにランディは、遂に叫んで止めに入った。
そのお蔭で漸く、ラパンが手を止める。ラパンは、下を向いたまま。ランディへ振り向こうともしない。そんなラパンにランディは、そっと肩に手を乗せて穏やかに語り始める。
「これ以上やると、本当に大怪我をさせてしまう。相手の戦意は、もうないんだ」
「関係ないんだも……彼らは元々、戦意のない人たちを傷つけて来たんだな……これ位でも生温い! もっと、惨めな目に合わせないと。気が済まないんだも!」
「はっきり言うよ……何よりも君が泣いているから止めているんだ」
「僕が……? あれ、どうして?」
弱々しく笑うランディの言葉で自分が泣いている事に気付いたラパン。目から知らない内に雫が地面や不良の服にポタポタと垂れている。ラパンは、必死に零れる雫を手で拭う。
「……こんな復讐が君の求めている答えではないと物語っているよ。そもそも過去の出来事は、取り戻せないんだ。このまま、続けていたら君まで同じような人種になってしまう。感情で全てを決定し、どんな非情な事でも段々と麻痺して出来る様になってしまう。心が欠けてしまうんだ。そうなったらおしまいだ」
始めに道がある事を教えたのならば、道に迷った弟子に道標として導となるのも師の仕事。大切な事を見失い掛けた時こそ、一番言葉が届く者として教え直さねばならない。
「君の心の中に残る人の部分が叫んでいる。本来の君は、一番大切な事が分かっている筈だ。一時の憎しみに飲み込まれるな! 本当に大切なモノを見失っちゃいけない」
「……僕は、正しい事をしていると……思うんだな。でも……何でか、悲しいんだも。ランディさんの言う通り、僕が―― 欲しいものじゃないん。とっても空虚……手が痛いだけ」
落ち着きを取り戻したラパンは、己の丸々とした両手を見つめる。殴り続けて真っ赤になった手の甲。傷付けて来た相手に報復しても心の傷は、癒えない。勿論、身近な人の命を奪う取り返しのつかない事をされたら別だ。一生、癒えぬ傷で心をうしなったのならば、救う事は、誰にも出来ないだろう。でもラパンは、違う。まだ、手を差し伸べれば、届くのだ。
「ランディさん。僕はまた、道を見失ってしまったんだな。どうして良いか分からない」
「本来ならフルールが言った以上に俺は、君が武力を得る事へ抵抗を覚えていたんだ。何故ならこうなる事が目に見えていたから。でもあのままでも前へ進めないから俺は、苦肉の策で君に教えた。その点に関しては、この場で謝りたい。本当に申し訳ない事をした」
深く頭を下げるランディ。ラパンは、黙ったままだ。
「だけど―― それは生きている証でもある。生きていて正しい事何て両の手で数える位しかない。個人の正義は……何かしらが反面に影響し、誰かを苦しめている事が多い。でも君は、生きている限り、その葛藤と戦い続けなければならない。勿論、俺も同じさ……俺たちヒトって存在の宿命だ。そして戦いの中で矜持を見つけて行くんだ。心に刻んでくれ。誰が為の闘争か? と言う疑問を。この言葉がいつもあれば、己を見失っても我に帰るよ」
「ランディさんも……?」
戸惑いながらも目元が赤く腫れた顔を上げてランディに問い掛けるラパン。
「俺だって大いに迷うし、過ちを犯して後悔している最中だ。君に胸を張って自慢出来るものは、ないよ。でも、もしかすると君よりも一歩先に矜持とは何か、誰が為の闘争と言う言葉を理解しているかもしれない。だから自分なりに輝く何かを探す旅路の途中さ」
「旅……ランディさんは、その何かを探す為に此処へ来たの?」
「いいや、別に本当の旅をしなくたって自分の中で探求出来るから関係ないよ」
眉尻を下げてランディは、何故か寂しそうに笑った。
「僕にも出来るんだも?」
「ああ、出来るさ。秘訣を教えよう。秘訣は、日常において紋切り型の生活に飲み込まれない事。日々、新しい事を見つけて価値観を更新して行けば、辿り着ける。少なくとも俺は、そう信じて実践しているよ。まあ、君には簡単だと思う。この前、教えたら実践出来てたし」
「ありがとう……ランディさん。今の僕には、この虚しい問題が解けそうにない。けど……何時か解けるって分かったから救われたんだと思う」
心穏やかに笑うラパンを見て一安心のランディ。これでラパンが道を間違う事は、二度とないとランディは、確信した。そこに居るのは、只の太っちょな青年だからだ。
「さて、日も暮れたし。彼らを一度、町に運ぼう。手当をして地元の町へ向かう馬車に乗せないと。まだ間に合う筈だ。さっさと、退散して貰った方が良い」
「はい! なんだも」
自分で肩を叩き、疲れた様子を見せるランディ。無理もない。此処二、三日の間、気を張り詰めていたのだから。同じくラパンも大きく伸びをして欠伸を一つ。終わってみれば、何て事のない出来事だ。案ずるより産むが易しとは、この事だろう。
「それに君は……取り返した物を返しに行かないとね」
「……はい」
「胸を張って良い。今日の君は、とっても頼もしいよ」
「はいっ!」
そして二人は、三人組に肩を貸して帰路に着くのであった。