第伍章 誰が為の闘争 6P
不意なランディの登場で調子を崩されるも煽られて直ぐに喧嘩腰になる三人組。元より、ランディも交渉の席に等、用意していない。向こうから来て貰えるならば、好都合であった。
一頻り、品定めをするランディ。この場なら二人を相手にすれば、十分だ。ラパンに残りの一人を任せても差し支えないだろう。ランディは、そう考えた。
「さて、左右の二人は、俺が相手をしようか……」
そう言うと、ランディは目にも留まらぬ速さで三人へ肉迫し、後ろへ回ると左右二人の襟首を掴んで小屋の壁際まで引っ張って行く。あっと言う間の出来事で誰も動けず。
「なっ……何が……」
「くそっ! はっ、離せ!」
「やめ―― やめろ!」
連れ去られなかった残りの一人は、茫然として思わず言葉を失う。ランディに連れ去られた二人は、暴れるも成すすべなく、地面に勢い良く転がされた。衝撃で動けない二人を見下ろすランディ。明らかな実力差が目に見えて分かる。
「君たちは、俺が相手だ。さあ、楽しもうじゃないか」
「おいっ! そいつらを離せ!」
「よそ見しても良いのかい? 君の相手は、彼だよ? 勿論、彼に勝てたら今度は、俺が相手をしてあげるさ」
仲間の身を案じてランディに食って掛かるも相手にされない。そして何よりもランディから静かで不気味な恐怖が漂い、この場をゆっくりと支配しようとしていた。
「好きな様に向かって来るが良いさ」
「何なんだよ! お前――」
「ちょっと、早く動けるからって調子に乗るんじゃあねえ!」
「折角、離して上げたのに。もう、及び腰じゃないか? もっと、骨のある子たちかと思ったらそうでもなかった様だ。期待してたのに残念だよ。ほら、どっからでも掛かっておいで」
肩や首を回して既に準備は、整っているランディは、余裕綽々で二人を挑発する。対して相手は、立ち上がるも既に腰が引けて戦意を大きくそがれていた。
「遅い、遅い……腕の振り方も大振りだし……馬鹿の一つ覚えみたいに同じ」
それでも意地がある二人は、果敢にランディへ襲い掛かって来た。一人が正面から右手で殴り掛るもランディは、簡単にいなし、横からもう一人が蹴りを繰り出すもしっかりと受け止める。あまり慣れていない連携を取りながら交互にランディへ向かって来る。そんな二人にランディは、確実に受け止めながら忠告する。
「打撃後の隙が大きい。ちゃんと、相手を目で追っているかい?」
「全然、あたらねぇ――」
一つ、一つ丁寧に捌き、顔色一つ変えないランディ。一向に責め崩せない二人は、額に汗を浮かばせながら苦悶の表情を浮かべる。二人からしてみれば、体力の消耗も見られず、恐らく反撃の隙を見つけても手を出してこないランディが恐ろしかった。
「慣れてない体の動かし方をしてる所為でぎこちないよ。それじゃあ、直ぐにバテちゃう」
次第に言葉数も少なくなり、息が乱れる二人。ランディは、さもがっかりした様子で肩を落とす。髪を掻き上げ、ゆっくりと構えるランディ。
「ほら。蹴撃は、ちゃんと重心を保たないと。俺が少し押しただけで倒れちゃう」
一通り、相手の出方を見て飽きて来たランディは、隙をついて体勢の崩れた一人の背中を軽く押して転ばせ、殴り掛って来たもう一人には、身を引いて足で引っ掛けてつまずかせる。ほぼ、何もすることなく制圧したランディ。二人は、最後の悪足掻きで掴み掛かるも。すっかり萎えたランディは、簡単に振り払い、二人の襟首を掴んで顔を近付けるとすごむ。
「捕まえてタコ殴りにしようってんなら、甘いよ。ラパンの愛飲する蜂蜜たっぷりの紅茶より甘い……行き当たりばったりで動いたら折角、頭数の利を生かせないじゃないか」
打突や蹴撃を繰り出すも全く当たらない。
「そろそろ、手は、出し尽したかな?」
「あっ……当たらな―― い」
「はあっ―― はあっ――」
最早、手も足も出ない二人は、されるがまま。恐怖と極度の疲労で今にも泣き出しそうになる程、追い詰められて居た。
「言った通り、もうバテてる。普段から基礎のトレーニングをしてないからそうなるんだ。どうせ、自分よりも弱い者や小さな者へ当り散らして威張っていただけでしょ? 相手を選んでやってるからこう言ういざとなったらまるで駄目なんだよ」
「なっ、何者だよ……あんた!」
「手も足も出ない何て……」
「だからさっきから言っているでしょ? 只の雑貨屋の店員だって」
「何処の世界に……二人相手でも……よゆーな一般人がいんだよ!」
「別にそれは、今の君たちに関係ないでしょ?」
二人のどうでも良い問いを諌めつつ、話を続けるランディ。
「今日は、とっても良い勉強になんたんじゃないか? 生半可に暴力や暴言で解決し続けると、最後はどう言う目に合うかって教訓」
勿論、ランディも何も制裁なく、許すつもりはさらさらない。
「さて、あまり弱い者虐めをしたくないんだけど。俺もやられっぱなしは、性に合わないから……少し、付き合って貰おうか! 一応、手加減はするよ」
「あがっっっっっっ!」
「うぐっ!」
「ほら、さっきの威勢は、どうしたんだい?」
ランディは、二人の襟首から手を離すと、それぞれの頬に一発ずつ張り手をお見舞いした。間髪入れずにしゃがみ込んだ所へ頭に拳骨の追撃。怯んだ所へ更に何発か、おまけを。
「くそ! 何なんだよ、あれ……」
ランディが暴れる様を離れて見ていた最後の一人が思わず呟いた。
「僕の師匠は、とんでもなく強いんだな。それこそ、君たちが纏めて三人で掛かって来ても簡単にあしらえるんだも」
「それは、お前に関係ないだろ! とっととお前を片付けてアイツ、何とかしてやるよ……」
ラパンの言葉に噛みつく不良。最早、ランディの印象が圧倒的で余裕の無さが透けて見えていた。そして宣言通りにラパンへ向かって来る。ラパンは、身構えた。
「何だ? 威勢が良くてもやっぱり、震えてんじゃねーか」
「違う……」
「何が違うんだよ? やっぱり前と変わんねえじゃん! まあ、今回は、隠れる背中が少し強いって事くらいか?」
容赦なく、打突と蹴撃が連続してラパンを襲う。ラパンは、体勢を崩すことなく、頭部と腹部を腕で庇い、只管防戦一方のまま。何時もならば、そのままやりたい放題なのだが、今日は、違う。ラパンの視線は鋭く、機会を窺っていた。そして。
「まだまだ、こんなもんじゃねぇ――」
「煩い……黙れ……」
一瞬だけ攻撃の手を緩めた不良の首元にラパンの左手が伸びる。そのまま、掴むと軽々と持ち上げてしまう。首を絞められた不良の声が途絶える。持ち上げる手に掴み掛かり、振り解こうとするも意味がない。幾らもがいても解放さることなく、大人しくなる不良。
「僕の怒りを見せてやる。君たちは、僕が嫌いな事を三つもやった。一つは、暴力、二つ目は、暴言。でもこれだけだったら僕も笑って許せたかもしれない。だけど、最後の一つ、チャットに手を出した事だけは、見逃せない」
そう言うと、ラパンは、もう左手の拳を握り、鈍い音と共に腹へ一撃。不良の顔が苦痛で歪むも声に出せず、息を吐き出すので精一杯。そのまま、頬に打突を一つ入れてラパンは、解放してやる。余程、痛かったのだろう。地べたで声も出さずにもがき苦しむだけの不良。
その様を見て冷たく笑うラパン。
「本当に怒って居るんだな。困らせた事……痛みで思い知らせてやる」
「んぐっ! がっ!」