第伍章 誰が為の闘争 5P
「違う! あたしが足を引っ張らなければ……もっとやりようが……あったかもしれない。こんな結果を―― 防げてかもしれない。だから甘い自分が許せない。貴方には、あたしへ恨み言を言う権利がある。そうじゃないと、あたしの気が収まらない」
今にも泣き出しそうな顔で素直に心の内を曝け出すフルール。恐らく、理性とは程遠い、感情の鬩ぎ合いが、フルールにそうさせるのだ。合理性の前に放った言葉の尻拭いをしなければ、自分がランディに対して頼めないと思っているからこその吐露である。
「そうか……君の気が済まないのか――」
「貴方に全部、責任を押し付けて御免なさい……無責任だったのは、あたし」
「……」
深々と頭を下げるフルールにランディは、少し考えた後に右手を伸ばしてフルールの頭をやんわりと撫でた。手入れの行き届いた髪の毛は、撫で心地が良かった。
「確かに、現状を鑑みるに答えは、俺の方が遠からず、近からず……だったかもしれない。考え様によっては、君の言う通り、何かやりようがあったのかも。だけどね、事を急ぎ過ぎていたからこそ、君に伝わらなかった。それは、俺の方に原因がある。ましてや、大義の前の小さな犠牲扱い何て、本来あっちゃいけない。君の言い分は、間違っていなかったよ」
フルールが顔を上げて唇を噛み締めながら静かにランディの言葉へ耳を傾けた。ランディは、撫でる手を止めてフルールの手を取ると、晴れ晴れと笑う。
「一度、こんな事を俺は、ある人に言われた事がある。お互いに等しく正しくて……だけど、答えには見当違いな方向を向いていたって。残念ながら俺は、その人と一生、歩み寄りが出来なくなってしまった。だけど今、俺はその人の言葉に感謝している。こうして君と分かり合える事が出来たのだから。だから気にしないで。互いに許し合えば、良い話だったんだ。随分と遠回りしてそれを今、やっているだけ」
「……」
「任せて、何とかなるよ」
ランディは、力強く頷く。
*
待ち合わせ当日の夕刻、ラパンは逃げずに町外れの指定された小屋の付近まで逃げずに向かっていた。間もなく、日が暮れる。春先で漸く、夕暮れも明るくなって来たのでランタンを持たずとも歩けた。少し冷たい風に髪を撫で付けられながらラパンは、足早に進んで行く。
恐怖は、既に通り過ぎた町の門に置いて来たと言いたい所だったが、正直に言えばまだ、怖い。けれども、もう逃げるのにも飽きが来た。何よりも自分の後ろには、守るべき人が居て後退りは、出来ない。ランディに相談する事もなく、独りで戦地へ赴く。
周りの人達は、自分の為に手を尽くしてくれた。後は、自分が動くだけだと、ずっと前から自覚している。漸く、その時が来たのだ。
「……」
瞳に怒りの炎を写し、勇気を奮い立たせる。
小道を辿り、小高い丘を越えると待ち合わせ場所まで近づいて来た。前方の小屋には、人影が三人見える。既に相手は、今か今かとチャットを待ち構えていた。ラパンの計画は、少なくともチャットが来る前には、相手を制圧し、金をとり返すつもりだ。
何やら雑談をしている様子の三人組を真っすぐ見据えて小屋へ辿り着いたラパン。
辿り着いたラパンに気付き、三人組が身構える。そして口を開いた。
「どうもなんだな……一昨日は、僕の幼馴染がお世話になったん。礼参りに伺ったんだな」
「こっちに大きな人影が近づいて来たからまさかと思ったけど。お前が来たのか。そりゃあ、彼女のピンチだもんなあ。でも今のお前は、飛んで火にいる夏の虫って奴だ」
「いや、春のブタだろ」
「それ、笑えるわ! 流石じゃん、一本取られたわ」
手を叩き、燥ぐ三人を目の前にラパンは、見下した冷たい視線を投げ抱えつつ、要求する。
「御託は、良い。さっさと返せ……」
「おう、随分と強気じゃないか。この前は、ビビッて足が震えてたのに。いや、ほんとは怖くて今も足が震えているんだろ?」
「今の内、助けを呼んだ方が良いんじゃないのか? って言っても誰も呼べないんだよな」
「約束と違うから返さない。本人が来たら返してやるよ。それが嫌なら取り返して見ろ。出来れば……な! まあ、弱虫には出来ないだろうけど」
「もう、一度言うんだな。最後の警告なんだも。僕は、本気だ。どんな手を使ってでも取り返すんだな。本当に怒って居るんだも。か弱い女の子に寄って集って男三人で虐めて恥ずかしくないんだな?」
「その女の子に守られてる情けないお前の方が恥ずかしいよ。寝言は、大概にしとけって」
ラパンは、一歩も引くことなく、立ち向かう。真っ白な手の甲に青い血管が浮く程、強く握りしめて静かに怒りの炎を燃やすラパン。そんなラパンを相変わらず、コケにして舐めた態度を取る彼らは、今までとの変化に気付かない。
「確かに……あの時の僕は、本当に恥ずかしい奴だった。自分の問題から逃げてこんな事にあるまで放置して……結果、幼馴染にまで迷惑を掛けてしまったんだも。だからその贖罪をしに来たんだ。僕は、怒っているんだ。どんな手を使ってでも返して貰う」
「おうおう、大層な志は、結構だけど何時までその大口を叩いていられるかな……アイツと同じ様に身の程って奴を思い知らせてやるよ!」
お互いに感情が高ぶり合い、今にも喧嘩の火蓋が切って降ろされそうな険悪な雰囲気が流れる中。この中では、誰も予期してなかった水を差す者が現れた。
「ちょっと、待ったー」
「っ!」
「えっ?」
声高に静止してラパンの後ろから登場したのは、ランディ。不敵な笑みを浮かべて何時ものコートを翻しながらゆっくりと、ラパンに並び立つ。
「ラパン、一人で突っ込むのは危険だよ。事前に行く時は、俺に言いなさい」
「ラッ、ランディさん! 何故……?」
驚くラパンを尻目にランディは、正面を向いたまま、質問に答える。
「大事な弟子の為なら呼ばれてなくても来るさって言いたい所だけど。君が来ないって聞いてたから俺が解決しようと思っていたんだ。でも、君が来ているなら好都合だ」
「僕……ランディさんの期待を……手助けして貰える資格が……」
「俺の期待何てそもそもどうでも良かったんだよ。本分は、君がしたい事を応援する為にやってたんだから。俺がする事は、君が舵を切って進む海へ一緒に向かう船員さ。君が進む方向に進めば、その航路を確保するのが、目的。あまり人の顔色を窺うもんじゃないよ? 君の中の俺の偶像が偉そうに講釈を垂れるならそれは、間違いだ。君の中にいる想像上の俺は、紛い物だよ。目の前の本当に存在している俺だけを信じてくれ」
「……分かったんだも!」
「それに今更、君に何か言われたから帰る何て言われても困るでしょ?」
「確かに――」
在り難い言葉に鼓舞されてラパンの瞳に余裕が戻る。話の間、待ってくれていた三人にランディは、話し掛ける。
「君たち、会話の最後まで黙っていてくれてありがとう。でも、一人相手に三人で喧嘩しようってのかい? それは、多勢に無勢だよ。紳士的じゃない。とっても卑怯なやり方だよ」
「うるせーよ。あんた何者だ?」
「俺? ごめん、自己紹介がまだだった。俺は、町一番の雑貨屋に務める店員だよ。それ以上でもそれ以下でもない。宜しくどうぞ」
「……ふざけんのか?」
「ふざけていない、大真面目だよ。今日は、三人のガキんちょの御守を手伝いに来たんだ」
「―― ぶっ殺す!」
「まあ、落ち着けって。何人来ようが一緒だ」
「一人増えた所で変わらねー! やっちまおうぜ」
「中々、腕に自信はあるみたいだね。久々に楽しめそうだ」