第伍章 誰が為の闘争 4P
「僕からの助言は、一度深呼吸をして飲み物でも飲んで落ち着くべきだ。気が立っている今、恐らく建設的な議論は、生まれないだろう。何よりも会話の相手、ランディが可哀想だ。君のご機嫌取りをしながら議事進行何てたいへんだからね」
「喧しい、さっさとどっかに行って……」
「はい、はい」
明らかに焦りの色が見えるフルールへ珍しく真っ当な指摘を入れるも怒気を含んだ静かな声色に圧倒されてそそくさと、退散するルー。残ったのは、二人だけ。ランディは、去り際に何時もひと悶着を居て行く友人に頭を悩ませた。これでは、余計に話がし辛い。一瞬の静けさが、辺りを満たす中、困った様にランディは左手で頭を搔きながら口を開く。
「こんな所で立ち話もあれだから……中に入るかい? 丁度、レザンさんも外出中だから俺以外、誰も居ないんだ」
「……上がらせて貰う」
むくれながらそっぽを向くフルールは、ランディの誘いに一呼吸おいてから答えた。
ランディは、微笑みながら店内に招き入れる。そしてフルールに椅子へ椅子をあてがう。
「一先ず、何か飲み物でも如何かな?」
「紅茶……が欲しいです」
「分かった。ちょっと、待ってて。淹れて来るから」
椅子に座りながらランディの提案に躊躇しながらも紅茶を頼んだフルール。ランディは、頷いた後、裏へ引っ込み、ティーポットとカップを食膳に乗せて運んで来た。少しの間、蒸らしてからカップへ数回に分けて淹れるランディ。最後の一滴まで注ぎ切ると、湯気の立つ紅茶をフルールの前へ。琥珀色の紅茶にフルールの沈んだ顔が写る。湯気と共に紅茶の香しい香りがフルールの鼻を擽った。
「暫く、君が此処に来なくなったからこの風景もまた、珍しく感じる。いつも騒がしいなって思っていたけど。いきなりなくなると、寂しくなった」
「いきなり何よ? おべっかでも使っているつもり?」
「いや、単純にまたこうやって君と向かい合ってお茶が出来るのが嬉しくて言っただけ」
「……っ。それなら良いわ」
ランディは、カウンターの椅子に座ると、大きく伸びをしながら言う。フルールは、少し恥ずかしそうに頬を赤色に染めた。中々、恥ずかしい事をさらりと言ったのだが、ランディは、気付いていない。
勿論、本心をそのまま、率直に述べただけなのだろうが、聞く側からしてみれば、カン違いするかもしれない。ただ、目の前にいるのが、無造作な髪型の粗野な青年であれば、その可能性は、どんな海溝よりも低かった。
「此処の所、天気が芳しくないね。今日もどんよりしてる。洗濯物、早く取り込んでおこうかな。折角、朝早くから洗ったし。結構、乾いていると思うんだ」
「午後から雨よ……お昼前に取り込んで後は、部屋干しで良いと思う」
「助言、ありがとう。直ぐにやっておくよ」
ランディ自身もフルールの案件に中々、触れにくいのか世間話を始める。フルールとの距離感が掴めない事も相まってだろう。単刀直入に聞いてもし、また前回と同じような事が起きたら困るからだ。感情が高ぶっていたのならば、尚更、慎重になるのも頷ける。
「そう言えば、夜ご飯。どうしようかな。露店も野菜が少しずつ増えて来たし、食材も色々と入って来てるね。パン、スープに酢漬けの野菜やら芋ばっかりだから悩んじゃうんだ」
「もう、川魚が取れて売っているだろうから塩焼きが良いと思う。香草は、ちょっと高いから手を出し辛いかも。匂いを誤魔化すならバターでソテーも良いかな?」
「なるほど、この前もラパンの所で注文したけど、美味しかった。参考にさせて貰うよ、ありがとう。付け合わせは、パンかな。後で買いにお伺いするよ」
「ご来店……お待ちしてます」
暫しの間、拙い文通の様に硬さの残る会話が続く。これまでの期間の溝を埋めるかのようにお互いに一歩一歩確かめながら歩み寄って行く二人。しかし、会話をするにもお互いに目を背けたまま。もどかしい時間が過ぎて行く。
「紅茶―― 美味しい。誰に淹れ方教えて貰ったの?」
「王都に居た頃、紅茶に煩い友達が居てね。そいつ、作法を守ってないものは、絶対に飲まないんだ。しかも、自分では絶対に淹れなくて人に頼んで来るからタチが悪い。だから仕様がなく、覚えたんだよ。まあ、今となっては結構、役に立ってるから助かるんだけど。レザンさん宛の来客の際に出すと、喜んで貰えるんだ。結構、評判良いんだよ、これが」
「ふふっ―― そうなんだ。災い転じて福となすって所?」
「当たらずとも遠からずって感じだね。教えて貰いながら豆知識も披露してくれたから楽しかったし。お茶うけ代わりの小話が増えたから濡れ手に粟と言うのが正解かも」
会話の中でやっと、笑ったフルール。ランディは、更に淹れ方の話題を広げる。
「紅茶は、茶葉の分量をきちんと守って熱々のお湯で少し時間をおいて蒸らしてから淹れると良いのは、知ってると思うけど、ティーポットを予め温めていた方が良いんだって。後、最後の一滴、これをゴールデンドロップって言うんだけど、その最後の一滴まで注ぎ切る事が重要らしい。簡単に言えば、俺はこれをまもっているだけ」
「そう……紅茶の作法とか、気にした事なかった。此処まで違うなら実践する価値は、在りそう。今度からやってみる。良い事を聞いたわ。ありがとう」
「どういたしまして」
そしてこの和んだ雰囲気のタイミングをランディは、見逃さない。話の本題を切り出すなら今しかないだろう。唇を湿らせた後、口を開いた。
「さて、前置きはこれ位にいておいて……今日は、どう言った御用向きかな? さっきの緊張した雰囲気だと、どうやらあまり良い話ではなさそうだけど」
「―― 話しても良い? また、面倒事よ?」
寂しそうに笑うフルール。ランディは、神妙な顔をして頷く。
「それでも良い。困っている人が居るなら手を貸さないと」
「分かったわ。チャットが昨日、例の三人組に絡まれてお金を取られたの。返して欲しければ、明日の夕刻、取りに来いって」
「そうか……先手を取られたみたいだね、申し訳ない。ユンヌちゃんから聞いたけど、どうやら彼らは、何か企み事をしていると聞いて警戒していたのだけど」
「あたしも気にしていたけど、此処までやるとは、思わなかったの……表立っては、子供の喧嘩よ……少なくともチャットの親御さんに話をしたら泣き寝入りで何事もなかった事になっちゃう。それは―― 避けたいの。お願い……助けて」
段々とか細くなる声量。悲痛な感情を滲ませてフルールは、嘆願する。もう、頼れる者がランディしかいない事を物語っていた。勿論、ランディの意向は決まっている。
「畏まった。で、場所は?」
二つ返事で取り合うランディ。それでも以前、フルールの調子は、変わらず。
「ランディ……何で何も言わないの? こんな風に都合の良い時だけ、頼って来てるのよ。もっと、言う事があるでしょ? あんな言い合いをした結果、この様だし」
「俺からは、特にないよ。だって、俺も成果がないだから」
「少なくとも貴方は、こう言う事を見越してラパンを鍛えていた訳でしょ? 周りへの被害を防ぐ為にラパンには、多少の犠牲を払ってでも解決させたかった。だからあの時、敢えて我を通した。譲れないものがあったから。あたしは、こんな風になるまで気付けなかった」
「今となっては、一緒さ。分かってても駄目だったんだから」