第壹章 新しい朝 9P
最初は二人が騒いでいる理由が分からなかったレザン。だが二言、三言で状況を直ぐに理解し、笑い始める。ランディは途方に暮れた。
「レザンさん、笑ってる場合じゃないです」
「痛い、痛い。止めてフルール!」
「フルール、ランディを離してやりなさい」
「本当にこの人誰ですか……うん? 今、レザンさんこの人のことランディって言いました? ほんとのほんとに? 嘘だあ――」
フルールは衝撃の事実に驚き、ランディの頬っぺたから手を離す。ランディは痛そうに抓られた箇所へ手を当てた。
「いや、本当のことだ、フルール。ランディは朝に身嗜みを整えたらしい、はっきり言って此処まで変わられると別人と疑いたくなる気持ちは分かるがランディの為にも納得してくれ」
「よよよ……」
抓られたり、酷い言われようをされたランディは半泣き状態。
「むむむ」
「そんなに睨まれても困るのだけど」
フルールはランディの顔を凝視し観察を始める。最初は半信半疑だったが漸く分かったようだ。
「ああ、本当だ! ただのランディだった。漸く君の顔が分かったよ」
「やっと分かってくれた。いたっ、痛いよ! 何で叩くの! 背中が痛いから止めて」
中高年の女性見たく、ランディの背中をばしばし叩くフルール。されるがままのランディ。
「まあ、二人とも一度中へ這入りなさい。少しお茶にしよう」
そう言うとレザンは一足先に居間へと向かった。二人も後に続いて今に行くと、レザンが人数分の茶を用意し始めている。
「用意は私がするから、二人とも座っていなさい」
「やった!」
「はい」
茶が入り、それぞれが一息吐いてからレザンが自分もフルールと同じように最初は疑い、信じなかったことを話す。勿論、ランディがフルールに笑われたのは言わずもがな。
「そう言えば、今日はどうして此処に来た? お前の家が休みなのは知っていたが」
「はい! 実は暇だったのでランディを誘ってこの町を案内してあげようかと思ったんですけど……もういじけないでしゃきっとしなさい、しゃきっと! !ランディ聞いているの?」
「フルール、君は俺のお母さんかい?」
「口答えしない」
「はい……」
「何をしているんだ、お前たちは」
笑い話がひと段落ついた後、レザンがフルールに此処へ来た理由を聞いた。
フルールが隣のいじけるランディに小言を言いつつ、町散策の話を切り出す。
「フルールは良いの? 実は俺もレザンさんにアドバイスして貰って誘いに行こうと思っていたのだけど」
「なら好都合じゃない。良い頃合いだし、さっそく行こうかな! ほら、行くよ。ランディ。立った、立った!」
「わっ、分かった。分かったから引っ張らないで!」
フルールに引き摺られながらもランディは椅子にかけていたコートを辛うじて手に引っ掛ける。
「行ってきます、レザンさん!」
「おっ、遅くならないうちに帰ってきますので」
「ああ、気をつけて楽しんで来なさい」
話はあっと言う間に決まり、嵐のように去って行ってしまった二人。
「全く……」
置いて行かれたレザンは、苦笑いを漏らしつつ、残されたカップを片づける。
『Pissenlit』を出たランディたちは早速、大通りに向かっていた。時刻は昼の少し前くらい、寒さは朝ほど強くない。民家や小さな店が並ぶ通りをフルールに手を引かれ、歩くランディは迷惑そうな顔をしながらも期待に胸を膨らませていることを隠し切れていない。とんでもなく、物珍しいものはないかもしれない。でも凄い物は普段、誰も気付かない所にある。
「よし!」
誰にも聞こえないような小さい声で気合いを入れるランディはやる気に満ちていた。
「まずは、そうね……どこから見て行こうかな?」
「うえっ! 急いだ理由は何か時間が押しているのかと思っていたけど違うの?」
「無計画に決まっているじゃない。ランディもぼーっとしていないで何か考えて」
「えええ……」
いきなり出鼻を挫かれてランディは偶々、地面の空いていた穴に躓いた。こんな調子で自分が一日持つか、大いに不安なランディ。ランディにお構いなしでフルールは考えを巡らせている。
「ああ……うん。それじゃあ、気を取り直してまずは本屋とか後はそうだね。八百屋さんとかお肉屋さんみたいな食品関係のおみ――――」
「却下、つまんない」
「はっ! 何だい。寄って集って俺を苛めて。そんなに楽しいかい……」
最初の本屋は別として、主婦みたいなことを言うランディも問題だけれども人の意見を簡単に足蹴りするのは如何なものだろうか。肩を落として落ち込んだランディ。
「……そうだ! ランディ、お腹空いてない?」
ランディの意見を無碍にしたフルールは閃いたとランディへ唐突に聞いて来た。
何か良い案でも平めたのだろう。
「う―― ん。それなりに」
「良かった。大通りに出て正門側へちょっと行った所に美味しいサンドイッチ食べられる喫茶店があるの。どう、行ってみない?」
フルールはランディに美味しそうな提案をするが一般人の習慣としてこの王国では一日に食事をする回数は二回で昼は食べない。しかしこれから町の端から端まで二人は散策をするのだ、腹ごしらえをしておいて損はない。
「良いね、興味があるから行きたい」
ランディは少しだけ元気を取り戻し、フルールに賛成する。
「それじゃあ、まずは其処でサンドを食べながら作戦会議ね」
「おーけー、おーけー。分かった、分かったからもう好い加減、引っ張るのは止めて!」
情けない声を上げるランディと強引なフルール。ただ、往来で騒ぎ続けていれば噂にならない訳がない。ましてやこの町は人が少ないわ、昔からの顔馴染みばかりなので交友関係は町全体が知り合いのようなもの。翌日からこの町でフルールが謎の青年を連れまわしていたと言う噂が流れ、フルールが質問攻めに合うことは充分に予想が出来たことであった。
*
喫茶店『Figue』
所変わってフルールお勧めの喫茶店に着いたランディたちは上着を脱いでカウンター席に座っている。他の席はカウンターの席が後四つとテーブル席が外と中に三つずつ。忙しい時間帯ではないからか、店内は半分も埋まっていなく、静かだった。
「何を頼もうか……迷う」
「……」
メニューを受け取るなり、食べ物の匂いに囲まれたランディはどれを頼もうかと時間を掛けて思案している。
「どれにしようか、これも美味しそうだし。ああ、これも良いなあ!」
「……おばさん! 今日はこれと例のあれね、後は熱い紅茶二を杯宜しく」
「ちょっと待ってよ。俺には選ばせてくれないの!」
「時間が掛かるから無理」
ランディに痺れを切らしたフルールが勝手に注文をしてしまった。
そう、何一つ、満足に決められない優柔不断な男なんぞには決定権がないのだ。
「あいよ! おや? フルール、こんな時間に珍しいね」
フルールの注文を受け取った店の人間らしき、中年の女性が返事をした。
「今日はお店、お休みだからね」
「確かにそうだった。そう言えば、隣の男の子はなにさ? 見たことない子だけど、もしかしてコレかい」
フルールと中年の女性は顔馴染みのようで和気藹藹と話をしている。女性が目ざとくランディを見つけるなり、直ぐにフルールへ親指を立てながら関係を聞いて来た。
「違うってば、おばさん。ただの友達。それより早く、早く!」
フルールがその質問を何でもないようにあっさりと返し、女性を急かす。
「はいはい、もうちょい待ってなさい」
「ほへぇ……」
勿論、ランディはぽかんとしていて話に着いて行けなかった。
『Figue』は色々な具歳材のサンドを売りにしている。野菜だけのサンドも逆に肉だけも、更に要望があれば魚のサンドも出来るから老若男女問わず、町で人気があった。フルールが頼んだサンドは二つ。茹で卵と野菜を挟み、ドレッシングで味付けしたサンド、もう一つはこの店にある具材が全種類、少しずつ入っている大きなサンド。勿論、大きなサンドはランディ用だ。目の前に来たサンドに圧倒されるランディとその様子をじっと見るフルール。