表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅱ巻 第肆章 決断の時
169/501

第肆章 決断の時 3P

「頑張ってたもんね……」


 ユンヌの指摘で一気に現実に引き戻されたランディ。自嘲気味に結論を端的に説明するとユンヌは、やんわりと笑いながら言う。少しだけ無言になった後、頭を持ち上げてすっかり冷めた珈琲のカップを傾けるランディ。豆の香りは、既に抜けていたが、苦味だけは、変わらず。宛ら、今のランディの様に何とも気の抜けた珈琲であった。


「そうだよ。だから尚更、ラパン君には申し訳なくて顔向け出来ない」


「違うの。頑張っていたのは、ランディくんも。だって時間が許す限り、出来るだけの事、順序を考えてあげて教えたんでしょ? それでも駄目だったのだから悔しいのは、当然」


ユンヌは、カウンターに向き直ると肘を付いた。


「俺は、頑張っていないよ。ただ、振り回していただけ」


「ううん、ランディくん。分かってない。人に教えるって本当に大変だよ。教える事を人の三倍、理解していないと。説明なんて出来っこない。しかも一緒に相手の立場になって一緒に苦しんだり、考えて導くって相当な労力だよ。私も似たような事をしてるから分かるもん。確かに怪我も厭わないって言う所は、やり過ぎだったかもしれない。けど、それも確実に保証の出来ない事だったからランディくんも仕方がなく言うしかなかったんじゃないの?」


 細い眉を下げて少し悲しそうな表情を浮かべるユンヌは、何の気なしに椅子の上で体を前後に揺すりながら親身になってランディを擁護する。確かに落ち度は、あったがその言葉は、面倒を見る覚悟の表れとしての言葉だったのは、間違いない。


「ユンヌちゃん。君の厚意は、在り難い。だけど、自分を責めて同情買うつもりなんて毛頭ない。事実、俺はラパンの心を折ってしまった。フルールの指摘通り、もっとやり様は、あったのに。盲進して結果、道を誤った揚句、この様だ。救いようがない」


「ランディくん……自分を粗末な扱いしないで。やり場のない責任や憤りは、確かにあるよ? でもそれを全部、背負い込む必要性は、どこにもないの。だって、あの出来事は、ランディくんが何もせずとも起こっていたもん。そもそもフルールとの話は、無理をして怪我をさせないでって話だから論点がズレてる。確かに結果に追いつかず、心にも身体にも怪我を負ってしまったと言う点では、同じかもしれない。ただ、経過の話が違うからフルールは、貴方を責めないよ。寧ろ、今はランディくんと一緒でとっても困っているだけ」


 憂いを帯びた真ん丸の茶色い瞳にすっかりしょぼくれたランディが写る。ランディの背中は、いつもよりもずっと小さく見えた。内心、弱っているランディを見て驚きを隠せないユンヌ。何時も堂々としている姿を見る事が多いから尚更だった。されど、自分と同じ年頃ならば不安の一つや二つ、あって当然と思い直す。自分自身がそうだからだ。寧ろ、今まで上手く自分を飼い慣らしていたからこそ、ユンヌの中にあるランディの像が一人歩きしていたと言っても過言ではない。良くも悪くもランディは、その姿勢が最近、崩れて来たのだ。


「ユンヌちゃんが考えるフルールとの論争に対する言い分は、ごもっともだ。だけど、俺は、それ以上にラパン君の心を折ってしまった事が気がかりで仕方がない。信頼して着いて来てくれた弟子の期待を裏切ってしまったのだから」


「そこまで考えて貰ってたラパンくんは、本当に幸せ者だね……でも尚更、此処で燻ってちゃ、駄目。まだ、終わってない。有言不実行でした、ごめんなさいをしてもまだ、ラパンくんの物語は、続くよ。まだ、ランディくんの出番は、必ず来る。その時の為に備えて」


「―― 何か、話を掴んでいるのかい?」


 何も出来ない無力さに苛まれて気落ちしているならば、きっかけを作れば良い。ユンヌは、先程、伝えたかった件をランディに話す。寧ろ、最初のやり取りがなければ、すんなりと行った話だったが、その過程において話をして聞いてと言う意思の疎通が必要であったのだから無駄ではない。


己の中で折り合いがつけば、何でも良い。だが、今回は、ユンヌと意見交換を図ると言う回り道こそが、近道だった訳だ。


「あの日の夕方頃、酒場で例の三人組が怪しげにひそひそ話をしながら何か算段を立ててたって。給仕のシトロンから。私たち、フルールもだけど、幼馴染なんだ。私も信頼しているから情報源は、申し分ないと思う。多分、フルールの耳にも届いているから頭を抱えているわ。年上の方たちにもお話は、通しているのだけど、表立って動ける人が私は、居ないと思うんだ。率直に言うとランディくん、頼みの綱は、貴方だけ。私から我儘かもしれないけど、無責任かもしれないけど、お願いしたいの。助けて……」


 真摯に頭を下げるユンヌを見てランディは、やっと笑顔を見せる。寧ろ、感謝したいのは、ランディの方であった。まだ、出来る事があるのならば、立ち上がらない訳がない。


「―― 可愛い女の子の頼みだ。断れる筈がないよ」


「そう言うの……にがてだからやめてちょうだい。柄じゃないから」


「本当の事だから仕方がない」


「もう! 知らないからね! いっつも人をからかって!」


 耳を赤くさせながらユンヌは、下を向いて恥ずかしがりながらしきりに裾の折り目を撫でつける。その微笑ましい様をランディは、暫く楽しんだ後、口を開いた。


「貴重な情報、ありがとう。君のお蔭で俺は、もう一度、舞台に立てそうだ。どうやらまだ、演じられる配役があったみたいだね。次は、挽回しよう」


 ランディは、椅子から立ち上がり、代金を机に置いて帰り支度を始める。その姿をじっと見つめるユンヌ。今のランディを止めるものは、何もない。そのまま、出入り口へ向かうランディにユンヌは、見送りをする為に半歩後ろを着いて行く。


「今回は、どう言う役回り?」


「宛ら戦場へ向かう志を持った騎士殿に付き従う従者って所かな? 中々に花のある役だと、俺は、自負しているつもりだけど?」


「そうなんだ……では、従者の方。健闘を祈って待って居るわ」


「宜しく頼んだ!」


扉を開けて『Figue』を背にユンヌへ親指を立ててると、去って行くランディ。


ランディの瞳に迷いは、もう無かった。



                    *


 ラパンは、悩んでいた。己に対しての処遇についてだ。先ず、始めに威勢よく、啖呵を切ったフルールやチャットへどう誠意を見せるか。ましてや、チャットは体を張って守ってくれたのだから最早、頭が上がらない。次に自分を信じて導いてくれたランディには、恥ずかしくて顔向けも出来ない。結果、自分が未だ、只の意気地なしである事が露見した。貴重な時間を割いて自分の経験談を交えて長続きするように尽力してくれたのだから尚更だ。


 薄暗い自室の窓辺に椅子を置いて窓の外を眺めながらラパンは、溜息を一つ吐いた。


 部屋の中は、クローゼットには乱雑に服が詰め込まれ、部屋に置かれている家具は少なく、ベッドと机、椅子、大きな収納棚と壁に備え付けられた木彫りの人形が幾つか乗った飾り棚くらい。外は、生憎の雨で窓は閉め切っている。雨の所為か、室内には、雨の独特な匂いが。細かな埃が宙を舞う。机には、掘り掛けの木と木屑、木箱に入った彫刻刀が幾つか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ