第肆章 決断の時 2P
「へえー、そんな事が……」
「前回と同じで手酷くやられたみたい……怪我は、大事に至らなかったらしいけど……かなり気落ちしたって話よ……いきなり、本番だったから……当然だけどね」
「そのお蔭で特訓もやめちゃったとか―― 聞いたけど」
「……知ってる。元々、絵空事だったからそれも当たり前」
「なるほど、貴重な時間の合間に情報をありがとう」
ラパンが暴行を受けてから二、三日経ち、昼下がりの買い物客が少ない時間を狙ってルーは、フルールの店で状況整理をしていた。何処からか椅子を拝借し、背凭れを前にしてもたれ掛かり、行儀の悪い座り方をするルー。一方、フルールは、カウンターでパンと小麦の香に包まれながら陳列の整理や補充等、仕事の片手間に相手をしていた。
「で、君はランディと仲直りをしたのかい?」
「……まだ」
「好い加減、互いに譲歩し合わないと。本人同士の痴話喧嘩ならまだしも他人を挟んだ上に本気の喧嘩なんて全く、面白くない。皆、君には、珠玉の酒肴を期待しているんだよ?」
冗談を交えながらルーは、フルールに問い掛けると、フルールは、目だけをすっとルーに向けて冷たい視線で刺す。ルーは、何処吹く風でにやりと笑い続けながら話を続ける。
「皆が求めているのは、あまずっぱい感じのすれ違いやら胸が焦がれる片思い、胸の高鳴る三角関係とかさ。真面目な議論して喧嘩じゃあ、詰まんないんだって」
「本気で言っているなら張り倒すのだけど?」
「勿論、冗談さ。この問題は―― あくまでもラパンのものって事を忘れてないかなってね」
「分かってるわ。外様がとやかく言ったって何も解決しないのは……」
苛立ちを隠さずに真っすぐルーへ投げつけるフルールに先程とは、打って変わってルーは、真面目な顔をして窘めた。そして不意に壁に設置してある戸棚から何やら興味を持ったのか、ジャムを一つ、手にしてしげしげと見つめながら話を続ける。
「少なくとも結果には、繋がらなかったからランディも強行しなくて良かったんだよね。やらなくても一緒だったろうし。無駄にラパンからの信頼を失う事もなかった」
「これで良かったのよ。下手に反抗して大きな怪我をするよりも」
「勿論、この前の出来事は、チャットが来なければ、もっと酷い事になっていたのだろうけど、ランディが鍛えたから致命的な怪我は、さけられたんじゃないかな?」
「それは、絶対にあの子には言わないで。身を挺してラパンを守ったのだから」
「りょーかい。まあ、何にしてもラパンは、何かしら行動を起こさないと。顰蹙を買ったから何時まで経っても彼らから執拗につきまとわれる。おまけにチャットも対象に入ったと見て間違いない。さて、どうするつもりだろうか?」
「あたしにもそれは、分からない……」
次々と、憶測や疑問を投げかけて来るルーに大きな溜息を吐き、嫌々ながらも知っている情報を頼りに答えて行くフルール。勿論、詰問の内容は、きちんと色んな角度からの見た意見であったり、先を見据えた問いであったものの、単純にフルールの気分を害すものであったり、答えあぐねる様なものばかりだったので更に機嫌が悪くなるのも仕方がなったが。
「ラパンは、ここ数日、ランディを意図的に避けているみたいだ。二、三日前にラパンから暫くの間、取り止めたいと直接、話が合った後、ランディも見かけていないそうだし」
「あの子……相当、ランディに懐いていたから。もしかすると、情けない結果に終わって……顔向け出来ないとか、考えているんじゃないかしら?」
「在りうるね。恐らく、意地を張って純粋に情けない姿を見られたくないのだろう」
ラパンの心中を察して更に憐みを覚える二人。
「ランディを封じられた今、君も考えてあげた方が得策じゃないかな? そう思うだろ?」
「分かってるけど、難しいのよ。一応、信頼で出来る筋から怪しげな算段を立ててたって事は、聞いているけど……」
「シトロンかい?」
「そう。だからブランさんやレザンさんにもその話も踏まえて相談したけど、町全体で解決するには、大事になってないから動けないって。簡単に言ってしまえば、子供の喧嘩だからねって。それとなく近隣の農村を中心に注意喚起をお願いしたけど、効果はないだろうって」
あらゆる手段を講じようとしても出て来るのは、芳しくない結果のみ。カウンターに頭をコツンとぶつけてお手上げ状態のフルール。ルーは、顎に手を当てて眉間に皺を寄せながら考え事をするばかり。暫しの間、無言の状態が続いたのち。
「あたしも……出来る事は、するつもり。知り合いの伝で直接会って怒ってやろうと……思ったけど。元々、問題児扱いされてるみたいで友達も出来るなら関わりたくないって言って上手く、行かないし……少なくともチャットは極力、一人にしていない。外に出る時は……つれだっているよ? ラパンは、あんまり外出してないみたいだから当分、大丈夫だと思う」
「まあ、どれも根本的な解決にはならないよね。いまいち、決定打に欠ける」
「百も承知の上。でも、これ位しかないから……」
口を開いてか細い声でフルールが提案をするもルーは、首を捻って否定する。何にせよ。今は、彼らのプライドに勝る恐怖か、相手にする必要がないと思わせる手立てが必要であった。それを思いつけないのがもどかしいのだ。
「僕は……ランディの方をあたってみるよ。表立って身動きが出来ないだろうけど―― 指を咥えて傍観するつもりは、ないだろうし。勿論、さっきも指摘した通り、立場として……難しい所はあるだろうけどね。やっぱり、蛇の道は、蛇だ」
「……宜しく頼むわ」
ルーの提案にフルールは、ちょこんと頭を下げる。現状、ルーがすべき事は、この情報を一刻も早く、ランディに届ける事だが。それをするには、今の自分が適任でないと分かっている。何故ならば、自分が人に教える立場でなかったからだ。情報を渡すだけでなく、ランディの言葉に共感し、答を導き出す手伝いが出来ない。それが出来る者をルーは、一人しか知らない。ただ、その人物は、快く引き受けてくれるだろうとルーには、確信もあった。
「本当だったら君が動くべきだろうけど。今のままじゃ、お互いにまだ、意地を張ってしまうか、萎縮し合っちゃって話が進まないかだろう? どっちにも脛に傷があるから」
「それは、言わないで」
そしてその後も少しだけ二人は、話をしてこの場は、御開きとなった。
*
「―― ディくん、ランディくん。聞いてる?」
「……ああ、ごめん。ユンヌちゃん、ちょっと、考え事してた。ルーの好みのタイプの話だっけ? 僕は、派手な雰囲気の人が好きだとか、公言しているけど……違うと思うんだよねー。恐らく、内面を大切にしてるよ。考え方とか、価値観が一緒の人。ただ、華奢な体型だけは、譲れないって言ってた時は、割と本気の目をしてたから正しいかも」
場所は、変わって『Figue』店内にて。香ばしい珈琲豆の香と、調理場から様々な匂いが流れる中、ランディは、カウンター席の端っこで突っ伏して冷めた珈琲を横目に管を巻いていた。上の空で覇気のないランディ。そんなランディを見かねて簡素な黒い単色のドレスにエプロン姿のユンヌが隣の席にちょこんと座り、あやしている。外からの光も途絶えてカンテラ等の人工的な光が店内を照らす。
夕方に差し掛かり、調理場でアンの作業している微かな音が響く。客は既におらず、閑散として二人だけ。勿論、ユンヌは仕事中だが、様子が酷いので先程から甲斐甲斐しく、客がいる間も何かあれば話し掛けて相手をして居た訳だ。しかし、人の気も知らずに恩を仇で返すランディは、すっとぼけてルーの話題を持ち出し、ユンヌをからかって遊ぶ。頬を朱色に染めながらユンヌは、大きく首を振って否定する。
「そっ、そんな話してないよ! ルーの事は、関係ないからね! ラパンくんの話だよ!」
「今の所……俺に出来る事はないからなー。結果、出せなくて失望されてしまったし―― おまけに避けられているから見守るしか出来ない……ほんと、フルールの指摘通り……いや、それ以上に無責任な感じで終わってしまったから出る幕はないよ」