第傪章 特訓、特訓、特訓 13P
「良いねー。その強がり! 何処まで続くか見物だわ!」
「グレ、やっちまえよ。こいつ、ちっとも自分の立場を分かっちゃいない。ここ等辺りできちんと、上下関係って奴を分からせて躾けてやんねえーとなー」
「見ろよ! 足が震えてやんの! 笑えるわ!」
「情けねー奴!」
嘲り笑う三人に怒り、憎しみ、憤り、悲しみ、負の感情がラパンを駆り立てる。今までなかった復讐心がラパンを支配し始める。己の気付かぬ間に自然と両の拳を握りしめて足を開く。痛みもいつの間にか、消え去り、体も幾分か、軽くなる。誰もが持っている覚悟を決めた時の全力をラパンは、発揮しようとしていたのだが。
「これは……どう言う事?」
「どうもこうもねえーよ。お前、関係ねーだろ。俺たちは、コイツと楽しく遊んでるんだ。邪魔すんなよ? だよなー」
甲高い女性の声と共にラパンと三人組との間に背の低い人影が割り込んで来た。人影の正体は、チャット。両腕を横に大きく広げてラパンを守る為に立ち塞がっていたのだ。
「こんなの遊びじゃ済まされない……ふざけないで」
顔は、窺い知れないが声色でチャットが怒って居るのは分かる。
「おおおー。怖い、怖い。そんなすごんでどうしたのー」
「もしかして、コイツのツレか? もう少しマトモなのにしとけよ!」
「煩い。私は、この子の幼馴染。幾ら茶化そうって言ったって無駄。貴方のどうしようもなく中身のない会話は、通用しない。そもそも的を射てないもの」
ラパンの時と同じ手法で只管、相手を煽り続ける三人組。チャットは、己の主張のみ、言うだけで意に介さない。
「随分と気の強い子だねー。ただ、時と場合って奴を弁えないとな」
「普段から空気をよむ事をしない貴方たちに言われたくないわ。これだから躾の成っていないゴロツキ風情は――」
「優しく言っている間に帰らなかった事を後悔しな。もう、許さねーよ!」
心強いと思いつつも今のままでは、チャットが危ない事もラパンは、分かっていた。止めなければ、チャットにも被害が及ぶ。意を決してラパンが前に出ようとしたその時。
チャットは、大きく悲鳴に近い声を上げた。
「誰かああああ! 助けて!」
「お前、卑怯だぞ!」
「誰かああああ!」
チャットの思惑通り、三人が浮き足立つ。恐らく、チャットがありったけの声量で叫んだので誰か聞きつけて駆け付けて来る可能性がある。そうなれば、言わずもがな。彼らの形勢は不利となる。場合によっては、町の出入りを禁止されるかもしれない。そうなっては、彼らもたまらないのだ。
「卑怯者が人を糾弾するなんて面白いわね」
顔を見ずともチャットの不敵な笑み浮かべている姿は、想像に難くない。一気に形勢が逆転し、浮き足立つ三人組。最早、この場に留まる事は、彼らにとって宜しくない。
「ちっ!」
「人が来る……帰るぞ」
「覚えておけよ? 今度、会ったら承知しない」
「今度何て、知らない。とっとと尻尾巻いて情けなく逃げる事ね」
捨て台詞を吐いていそいそと、立ち去る青年たちを皮肉で見送るチャット。通りに姿を晦ました所を見届けた後、チャットは、ラパンの方へ振り返った。心配そうにラパンの顔を覗きこんで来る。そしてぺたぺたと触りながら容態を確かめ始める。
「……大丈夫? ラパン」
「……全然、体が―― 動かなかったんだな」
「御免なさい。もう一度、言って?」
緊張が途切れて疲労感と、痛みがぶり返す。自然と言葉も途切れ途切れに声もか細くなってしまうラパン。冷静なチャットは勿論、状況を理解しているので慎重に聞き返す。
「自然に体が動くと思っていたんだな。でも―― 手も足も出なかったんだな」
「当たり前……ラパンは、そう言う風に育って来なかったからね。ランディさんとは、やっぱり、違うのよ。私は、確信を持って言える」
「自信がついて来たんだな。ランディさんと一緒の時は……もっと動けていたんだな。最近は、避けるだけなら誰にも負けない心算だったん。動きは、見えているのに反応する事もなかった。ただ、茫然と見ていただけなんだも」
ラパンは、静々と己の不甲斐なさを吐露する。目を赤くして涙を堪えながら鼻を啜るラパン。改めて己の無力さを痛感させられたのだ。今、心の内は、悔しさでいっぱいだ。そんなラパンに気づかってチャットは、穏やかな声色で慰め続ける。チャットも全てとは言わないまでも察している。
考えていた通り、ラパンは大きな壁にぶち当たって立ち往生。恐れていた事が、現実となってしまった。この場で刺激する事は、得策でない事も重々、承知だ。
「実戦……実戦とは違うもの。心の何処かで油断があったと思うわ。鍛錬や訓練の中でも。頑張りを否定するつもりはないの。実際に貴方は、私が驚く程、頑張ってた。此処最近は、ひょっとしたらとも思ってたのよ? でもね、人を傷つけたり、自分が傷つく事は、怖い事にかわりない。その恐怖を正しく理解しているからこそ、頭や身体……いいえ、心が判断を下したのよ。動いちゃ駄目って」
極力、丁寧にこれからの事を助言するチャット。同時に大きな怪我がなかった事を確かめたチャットは、一安心した。寧ろ、以前よりも軽傷なのでこれならば、ラパンの家で同じように対処すれば、問題ないだろう。
「やっぱり、僕は、駄目だったんだな……弱虫だから」
「それは違う……向き不向きがあるってだけ。何時か出来るようになれば良いと思うの。例え、今じゃなくてももっと時間を掛ければ良いと思うわ」
但し、今回は体の怪我よりも心の怪我が大きかった。大きく気を落とすラパンを宥めすかしつつ、一緒に家へ帰る事を勧めたのだが。
「それよりも今は、怪我の手当てをしましょ? 血が滲んでる」
「僕は、大丈夫。これ位、大した事じゃないんだな……今日は、帰って独りで考えたいんだな。チャット、本当にありがとうなんだな。じゃあ、此処で」
「待って――」
両手を胸元でぎゅっと、結びながら色鮮やかな小さな唇をきつく結びながらチャットは、見送る事しか出来なかった。
「全然、大丈夫じゃない。もっと、傷ついた所があるのに……」