第傪章 特訓、特訓、特訓 12P
ラパンが彼らの方へ振り向くと、下品なにやけた笑いの青年たちが。髪を短く刈り上げ、色は、違えど同じようなシャツに長い丈のボトムスは、ブーツに仕舞っている。背は、三人とも似通っていて、拳一個分違いがあるかないか。先程から三人の内、真ん中の腹が少し出た青年がラパンへ話し掛けて来ている。
彼がムードメーカー的存在なのだろう。
「僕も忙しいんだも……」
緊張で少し身構つつもてラパンが明らかに固い表情で答える。
「そうつれない事、言うなよ。俺たち、只でさえ、この町に知り合い居ないんだわ。何かの縁だ。仲よくしよーぜ」
「僕でなくとも君たちと気が合いそうな人は、沢山いるんだな。他を当たって欲しいん」
「その言い草は、見逃せないな。折角、俺たちが友達になってやろうって言っているのに」
三人組の内、一番背の高い一重のあまり印象に残らない若者がラパンへ強引に肩を組みながら絡んで来る。妙に馴れ馴れしく絡んでくるのは、退路を断つ為か。どちらにせよ、この前の仕打ちを考えれば、恐らく良い事は、ないと見るべきだ。
「友達なら僕は、間に合っているんだも。君たち、愉快な人だから直ぐに友達は、出来るって言って意味で言ったんだな。気を悪くさせてしまったのなら謝るんだな」
ラパンは、ありったけの勇気を振り絞ってきっぱりと断った。此処でどもったりなどしたら相手の思う壺。そしてやんわりと、肩に回された手を振り解き、堂々と三人組と向き合う。
「その言い方が一々、癇に障んだよ。偉そうに言いやがって」
「この前もちょっと弄っただけで泣きべそかいてた弱虫の癖して。生意気なんだよ?」
「それは、言いがかりなんだな……君たちの機嫌を損なっても―― 僕には、何の得もないんだ。僕はただ……そっとして置いて欲しい。それだけなんだも」
少しずつ本性を現し始めた三人組。それでもラパンは、努めて平静を保ちつつ、理解を求めようと、説明し続ける。ラパンは、間違っていない。百歩譲って意見の齟齬があると、言ってやって話し合いの場を設けているのは、ラパンだ。
「ほんとに詰まんない奴だな、お前。生きてて楽しいの?」
何の捻りもない無思考の聞くに堪えない漠然とした詰問の嵐に心底、嫌気が差すラパン。
やはり、相手は、この状況に難癖を付けて楽しんでいるだけだ。若しくは、手を出す理由を探し出すので躍起になっていると見て間違いない。ラパンは、嘲笑って来る三人組を見据えて悔しさを押し殺して歯を食いしばる。
「楽しんだも。僕なりのやり方で毎日、充実しているんだな」
「くっだらねえ。何が、お前なりだよ? 何もねえ癖して」
三人の内、一番背が低い痩せぎすな青年が腰に手を当てて前屈みになりながら言った。最早、どれだけ言葉を重ねたとしても結果は、同じだろう。
「言葉を返す様で悪いけど、僕の話に難癖付けているからなんだな。僕は、聞かれた事や僕の認識のされ方で誤解があるから答えたり、訂正しているだけなんだな」
覚悟を決め、震える手を必死で握りながら身構えるラパン。
「つまり、何が言いたい?」
「君たちにとって僕の相手をしても面白い事は、ないんだも。話は、どこまで行っても平行線。僕は、君たちを喜ばせる事は、出来ない。だから時間の無駄なんだな」
「お前の考えは、凄く―― 分かったよ!」
何時でも来てみろとばかりに身構えるラパンは、訓練通りに体が思考に着いて来ると思っていたが、そう簡単には、行かなかった。捨て台詞と共に小太りの青年の拳が眼前に迫る。ラパンには、ゆっくりとストップモーションの様に拳が動いて見えたが、腕が、足が、体が動かない。
そのまま、頬に衝撃が来るまで、ラパンは、突っ立ったまま。殴られた反動でよろめきながら二、三歩後退する。同時に頬から激痛が走る。
「すかした事ばっかし言いやがって。恰好わりぃ癖してな。気持ち悪いんだよ、お前」
「誰もお前となんか友達に成りたかないっての!」
「ただ、お前に難癖付けてまた、虐めてやりたかっただけだ。カン違いしてんじゃねえよ!」
「―― それなら最初から言って欲しかったんだな……下らない事で時間が潰れたんだも」
よろめくラパンを尻目に三人組は、距離を詰めて来る。殴られた頬へ手を当て、壁に凭れ掛かるラパン。先程までとは違い、焦りで思考が絶望の色に染まる。やはり、実戦の経験が少ない故の典型的な事例だ。今のラパンは、考えている事と現実に明らかな乖離が発生している。単純に避けると言っても右か、左か。身体を逸らして躱すか。足から大きく動いて身を屈めるなどするか。
手法は、多岐に渡る。その選択肢に戸惑ってしまったのだ。その上、思考の読めない相手の次に取る行動の予測も邪魔をして固まってしまったのだ。ランディは、その選択を経験則で選び、体が反射的に動く様、自分を調整しているのだが、ラパンには、それがほぼ無いに等しい。
使う道具は、貰っているものの、現実に作用する課程までは、手に入れていない。例えるならば、どんなに素晴らしい調理器具や食材が揃っていて作りたい料理が見えていてもその過程においてどう、自分で動いて良いか細かい箇所が分からず、何も作るに至っていないのが、ラパンの現状。
「教えるも何もお前も薄々、分かってたんだろ? 素直に俺たちに無様な姿を見せて許しを請えば、見逃してやったかもな」
「痛っ! 僕は……きちんと話し合いで君たちとの関わりを―― 清算したかったんだな」
腹めがけて追撃の蹴りを食らい、辛うじて両腕で防御をするも勢いは、殺せず、壁に叩きつけられて寄り掛かるラパン。息を切らしながらも心だけは、折ることなく自分の主張を繰り返す。その様を眺めてせせら笑う青年たち。
「そりゃあ、お前の都合だ。俺たちが知ったこっちゃない。俺たちは、最初からお前をおもちゃとしか思ってない。おもちゃが一丁前に話し合い何ていってんじゃねえよ!」
「うぐっ――」
「そうそう、それで良いんだって。今日も楽しくあそぼーぜ!」
「ふっっっっ!」
話の最中も容赦なく荒っぽい力任せの拳打や蹴撃を幾つか、繰り出されたラパン。何とか、腕で受け切り、身を捩っては痛手を避けるも防戦一方のまま。このままでは、埒が明かなかった。服は、土と靴跡で汚れ、口の端が切れて血が滲み、痛みで腕が上がらなくなる。呼吸もし辛く、息もいよいよ絶え絶えになって来た。
「そうだ、序でと言っちゃあ何だが。俺たちがお前を鍛えてやろうか? 町育ちの御坊ちゃまだから散々、甘やかされて育って来たんだろ? 俺たちが色んな事を教えてやるよ。世間の厳しさって奴とかなっ!」
「そりゃあ、良い考えだ。俺たちならいろはからきっちり教えてやれるぜ?」
「ただ少々、高くつくけどなー」
ある程度、満足したのか一度、手を止めて冗談を言い始める三人組。
「それも……間に合っているんだな。出来れば―― 僕は、うぐっ……君たちと関わりたくないんだ。この間もいきなり、理由もなく殴って来たし。今もそうだ。君たちと―― 関わっても何の得にもならなんだ。僕にとっては、目の上のたん瘤さ!」
最早、虫の息。震える足に気合を入れて立ち上がり、ラパンは、痛む箇所を押さえながら最後の気力を振り絞る。以前ならば、されるがままで立ち上がれなかっただろう。特訓の成果は、確かにあった。けれども武力を行使して抵抗する等、目に見える結果を想定していたラパンには、その違いが無いに等しい。