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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅱ巻 第傪章 特訓、特訓、特訓
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第傪章 特訓、特訓、特訓 9P

「勿論、あの木に鳥が巣を作り始めてたんだも。しきりに小枝を運ぶ小鳥が二匹居たんだな」


 この前、ランディが教えた長続きをさせる秘訣も板につき、ラパンの毎日に楽しみが増えた。今では、少しの変化でも見逃さず、答え合わせを必ず行っている。


 生き生きと語るラパンにランディは、微笑んだ。最初は、此処まで来れるか心配であったがラパンが疑う事無く、着いて来たお蔭ですんなりと事が運ぶ。


「さて、走り始めようか」


その一言で二人は、街壁を沿いつつ、緩やかに流し始めた。一定の調子で呼吸をしつつ、走り込んで行く二人。ランディは、段々と加速して行き、少しずつラパンを引き離し始める。 ラパンも自然とペースを上げるが先に呼吸が乱れ、心臓の鼓動が激しくなり、小石に足を取られて縺れ始める。


汗も額に浮き、肩の上下も頻度が多くなる。一方、ランディは、まだまだ余裕を持って伸び伸びと風を切り、颯の如く、景色を追い越して走り抜けて行く。


「ランディさんっ―― 本当に―― 化け物……なんだな!」


「あくまでも完走が目的だから!」


「はっ―― はっ―― はっ――」


 ラパンの眼前で少しずつ確実に小さくなって行くランディ。恐らく、町民の中でも


あれだけのペースで走れる者をラパンは、知らない。だから余計にかけ離れた別の生き物の様に思えた。そして呼吸を整える為に大幅なペースダウンをラパンは、余儀なくされる。


「もう、見えなくなって来ちゃったんだな……」


 此処、数日でラパンは、嫌でもランディとの圧倒的な差を痛感させられるばかりだ。


 これまで同じペースに合わせて貰って居たことが分かる。疾走すれば、疾きこと風の如し、剣を構えれば、落ち着き払い、付け入る隙がなく、正に徐かなること林の如く。打突や蹴撃の乱舞は、侵し掠めること火の如く、ラパンが一方的に打ち込める鍛錬では、最小限の駆動で躱し、いなし、受け止め切り、動かざること、山の如し。


 今のラパンにとってこれ以上にない師事を受けるに相応しい人材であったが、逆にこの人には、一生追い着くことが出来ないと言う諦めも脳裏にちらつく。


「駄目……なんだなっ!」


されど、今は目の前の出来る全てを熟して行くのみ。ちょっとした褒め言葉や成長を実感出来る環境のお蔭で楽しみも増えた。今のラパンは、結果を追い求める事に執着していない。


継続して出せる速さを維持しつつ、地面を踏みしめて走るラパン。今日は、いつもと違い、自然観察をせずに前だけを向いて。追い着く事が敵わぬランディの背を追い。何時か、肩を並べて走り、研鑽し、互いに高め合う事を夢見て。


「これが……解決したら……お願いしてみようかな?」


最近のラパンには目標があった。師であるランディへ少しでも追い着きたいと言う小さな夢。そしてぼんやりと、その足掛かりとして自警団に入りたいと思った。自分の家を継ぐ以外に生き甲斐を見出す何て初めての事だ。何故、そうなったのかと言えばランディの見ている景色を見たかったからだ。勿論、争い事を好まないのは今も変わらない。


ただ、教わった事が次々と現実に置き換わって行く賦活剤としての刺激が強過ぎた。一種の魔法の様に自分が苦難だと思っていた事が、たった一言を体現するだけで別の物に変わる。会得すれば、乗り越え辛い壁がちっぽけな石ころに。ランディ自身が実際に苦労して乗り越え、経験し、培った遠回りの様な近道は、己の中に入って来た途端、如実に効果を発揮する。それがラパンにとってのたった一つの事実であり、幾ら縋っても切れる事のない蜘蛛の糸であった。


 この心臓が張り裂けそうな苦しみ、肺が限界まで収縮する息苦しさも足の筋肉があげる悲鳴も全てが逸る心の前には無に等しかった。


「はあ……はあ……はあ……」


「今日は、かなり無理したんじゃないかい? 記録を更新してるね」


「でも後の事を……かん―― 考えてなかったから。もう、限界……なんだな」


 周回が終わり、地面に尻もちをつき、肩で息をするラパン。額からは、止めどなく汗が流れ、太い腕にも血管が浮き出て足の筋肉も張って動けない様子。


「ちょっと、今日は、長めに休憩しようか」


「そうするんだも……感謝、感謝」


「俺も気合が入り過ぎたからね。休まないと逆に疲労で怪我したり、体を壊してしまう」


「もう、ちょっとしたら動けるんだな。流石に慣れっこになったんだも」


「偉い、偉い」


 崩していた姿勢を正し、やる気を見せるラパンの頭に手を乗せて留めさせるランディ。


「君は体が大きいし、力もある。やる気があれば、誰も君を傷つけたり出来ないさ。今の状況は君にとって芳しくはないだろうに。これから君は、自分を大事にした方が良いよ」


「僕は多分、この前と考え方が変わったんだな。別に今の状況が嫌で何とかしたくて誰かと喧嘩をするつもりはなくなったんだも。勿論、最後は決着を付けるって考えてはいるけど。だってやっぱり、傷つくのも傷つけるのも嫌だも。今の僕は、本当に必要な時にきちんと使えるのであればそれで良いんだな。この前のランディさんみたいにね」


 風にカールした髪を撫で付けられながら思った事をそのまま、言葉にするラパン。それをランディは、静かに聞いていた。


「それでも良いと俺は、思う。君は、君の正しさを探すべきだ。ただ、一つ。俺は君が思い描くような人間じゃない……本当に君は優し過ぎる―― と言うよりものんびり屋だからかな? でも俺は、嫌いじゃないよ」


 ランディは、人知れず顔に影を落としながら寂しく笑う。


「褒めて貰っても僕からはパンしか出てこないんだなー」


「褒めてない、褒めてない……って、ちょっと待った。間食は駄目って言ったでしょ。食べるなら決まった時間に指定したメニューの食べ物だけだって。はい、没収」


呆れ顔のランディは、目を輝かせ、パンを見つめるラパンの手元からいとも簡単にパンを奪い去った。


時折、家族やランディの目を盗んでは、食べ物を買っていたラパンだが、大体はこう言った具合でばれる事が多い。その度に取り上げて諦めさせていたが、今日のラパンは、ひと味違う。理性よりも情熱が勝っていたのだ。


「殺生なー! そのパンは月に一度、フルール姉が作る限定パンなんだな! 何が入ってるかは食べてのお楽しみアイデアパン。朝一から並ばないと絶対に手に入らないだも……」


「残念だったね。少なくとも今月はお預けだ」


激しく落胆し、まんまるの大きな手に顔をうずくめるラパン。少々、罪悪感に苛まれながらもランディは、心を鬼にして指導者としての役名を全うするも。


「昨日、やっと手に入れたん。僕はこの為に生きていると言っても過言ではないんだな!」


「君は食べる時にいつもその言葉を言うだろうに。駄目ったら駄目」


「ケチ!」


「ケチで結構」


 遂には、絶望のあまり四足をついて落ち込むラパン。


「ぐぬぬぬ――――。今、分かったんだな……ランディさんの言ったことが。僕はこの不当な待遇、断固拒否するんだもん。返して欲しいんだなー!」


「都合の良い時に人の言葉を使うんじゃない……こらっ! 待てぇー!」


 些細な茶番の後も鍛錬は続き、その日もあっという間にお開きとなった。だが、平和だった日常も失われて行く。この数日後、恐れていた事が現実となるは、誰が予想出来ただろうか。ゆっくりと、確実にラパンの背後へ逃れられない試練が忍び寄って来て居た。

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