第傪章 特訓、特訓、特訓 3P
「お任せするわ」
互いに立場を尊重した上で理解し合う二人。元々、負け戦から話が始まってこの窮地がどれだけ切迫していてるか、そして何よりも付け焼刃は、望み薄な事が嫌でも分かってしまう。けれども、行動を起こさない訳には行かなかった。可能性が限りなく低くとも賭けるに値する価値があるからだ。そして結果の至高へ歩むにも時には意見の交換が必要だ。決してフルールはランディを責めるつもりはなく、ただ第三者として確認がしたかったのだ。
「出来るだけの助力は、するね。今日みたいに差し入れしたり。場合によっては、お目付け役のチャットにも来て貰おうかしら?」
「それは良い案だ。ラパンも身近な人に進歩を認めて貰えれば、励みになる」
「早速、今日にでも声を掛けてみるわ」
「宜しくお願いするよ」
難しい話は、御終いにしましょうと暗にフルールは言う。ランディはそれを皮切りに休憩を切り上げてラパンの下へ赴き、一緒になって鍛錬を始めた。フルールは、微笑みながら二人を見守り続け、時間はあっという間に過ぎて今日は、御開きに。日は、完全に上り、町の喧騒も聞こえ始める。そろそろ、各自仕事へ従事しなければならない時間になっていた。
「はあ、はあ、はあ、はあああああ……」
「今日は中々、頑張ったね。町の外周二周と、基礎訓練を二巡。この後、かなり響くけど大丈夫かい? 恐らく、動く度に小さな悲鳴が出てしまうね」
息が切れたラパンに労いを掛ける。
「今日は、いつもとは違って可笑しいんだな。確かに殴られるより酷く体が痛いけど。気分が良いんだな。苦しいけど、もやもやした気分が少し晴れたんだも。良く分からないけど、これが僕に教えたかったこと?」
「……」
「ランディ、何にか言ってあげて。感極まって泣かないで。気持ち悪いから……」
思いもよらぬ、嬉しい出来事にランディは、感涙で前が見えない。それを気持ち悪がって一歩離れるフルール。頓珍漢な状況に戸惑うばかりのラパン。
「どうしたんだな? ランディさん、何処か痛めてしまったんだな!」
「……違う。嬉しいからだよ。始めに言っただろう。俺が伝えたい事を体現するのは難しいって。でも、君はきちんと着いて来てくれている事を実感した。これ程、嬉しい事はないよ」
「分かんないけど、僕がランディさんに着いて行くだけなんだな。だって前の僕だったら出来なかった事がちょっとずつ出来てるから。そしたら怖いけど、先が見たくなって来たんだな。これから僕はどうなるんだろうって」
「それは俺にも分からないけど。でも行ける所まで行ってみよう!」
結果は、どうあれ当たって砕けて見なければ、何も変わらないのだから。
こうして朝の鍛錬は、何事もなく終わった。
*
その夜の日の事。ランディは、一日の仕事を終え、夕飯も取り、軽く行水をしてさっぱりし、明日の準備を整えた。自室で眠気に誘われるまでの間、机に向かって手燭の明かりに照らされながら書き物をしていたランディ。実は、ランディ、王都を出る少し前から趣味の一環として小説の執筆に勤しんでいた。元々は、友人から頼まれ事であったが、いつの間にか定着して今に至る。多忙だったので全く手に付かなかったが、此処最近は、余裕が出来て暇があれば、机に向かっていた。
「さてと、もうそろそろ寝ようかな。明日も早いし……」
暫くして程よく目の疲労感を覚え、思考がぼんやりとし始めていよいよ、就寝しようとした所で急の来客により予定が大幅に崩される。目頭を軽く押さえた後、伸びをして立ち上がると、水を飲みに行こうと、自室を出た。
「疲れた……明日は、休みだから朝の訓練が終わったら自由か。何をしようかな……」
独り言を漏らしつつ、階段をのんびりと下りて行くランディ。一階まで下りると、玄関近くで話声が聞える。レザンの声と若い女性の声だ。呼び鈴は、自室に居たので全く聞こえなかった。自分を訪ねてこの時間に客が来ることは、先ずもってない。恐らく、レザンに用事があって出向いて来たのであろうと、勝手に想像し、のしのしと居間に入って行くランディ。
左目を擦りながら炊事場へ真っすぐ向かうと、飲料水をコップに注いで一気に飲み干す。
コップを軽く濯ぎ、干すと椅子に座って暫しの間、呆けるランディ。暖炉の火を眺めつつ、微睡、至福のひと時を堪能していた矢先、居間の扉が開き、人が入って来た。
「ランディ、起きていたか。良かった。丁度、お前を呼ぶ所だった。客だぞ」
「俺に……ですか?」
戸惑いつつもレザンの背後を覗き込んだが、先にフルールがひょっこりと顔を出す。
「こんばんは、ランディ。遅くにごめんね」
「フルール、どうしたの? 何かあった?」
「ちょっと、相談したい事があってね。明日の話で急だったから申し訳ないんだけど、来ちゃった。また改めてで良ければ、明日の朝、鍛錬が始まる前に来るけど……」
「いや、其処まで気をつかわなくても良いさ。用件は、何だい?」
「私は、席を外そう。後は、若者で宜しくやってくれ。私は、先に寝る。後は、頼んだぞ」
「かしこまりです。おやすみなさい、レザンさん」
「おやすみなさい」
「お休み」
神妙な顔をしたフルールは、居間へ入って来ると、気まずそうに視線を下に逸らす。察したレザンは、席を外すと言い、出て行った。ランディは、フルールに椅子を勧めた。
「で、話の続きだけど……」
「チャットの事で話があるわ。単刀直入に言わせて貰うと、あの子は乗り気じゃないわ」
椅子に座ると、フルールは迷いがなくなったのか、直ぐに用件を伝えて来た。
「そうか……理由は聞いているかい?」
「あんまり深くは聞けなかったけど、どうやら朝のあたしと一緒みたい。成功しないだろうって。だから今は、堪えて相手にされなくなった方が良いって考えているみたいなの」
「なるほど――」
「今は、出来るだけ遭遇しない様に貴方がラパンへ言いつけているじゃない? 来る日は、大凡分かるからその日は、露店通りや飲み屋付近に近寄らない様にするだけで全く被害はない訳だからそれを続けていれば良いって。実際、あの三人組は、積極的にラパンを探して苛めてる訳じゃないって分かったからだと思う」
最近、被害に合わぬ様にラパンには、行動時間と、範囲に制限を設け居ていた。現段階では、町に夢中で特定の何かが目的ではないから不意に遭遇する可能性もあったが、今の所、頻繁に出没する地点を避けているので被害に合っていない。これを続けていれば、風化するだろうと言うのが、チャットの意見である。
「言っている事は、間違いじゃないね。確かに」
「そうでしょ。だからあたしも説得出来なかったのよ」
「じゃあ、応援しに来てくれるのは、望み薄か――」
「一応、明日は約束を取り付けたけど、ラパンへ思い掛けなく、その事を言ってしまう可能性は、高いわ。ラパンってチャットには頭が上がらないから気持ちが変わってしまうかも」「複雑だね」
ランディは、段々と興味が無くなったのか、返事が軽い。さして気を配る案件ではないと、判断が頭を過ぎったからだ。はっきりと言えば、賛同がないなら放って置くしかない。ランディが左を選択したのなら右を選択する者も在られる。仕方がない事だ。
ましてや、意思の固い者の考えを変えられる判断材料もランディは持ち合わせていない。
「勿論、あの子の中でラパンが変わろうとしている事も分かっていて応援したい気持ちはあるの。だけど、今回ばかりは、怪我をする前に止めて欲しいってのが本音なのよ」