第傪章 特訓、特訓、特訓 2P
手を額に当ててあからさまに呆れた様子を見せるフルール。その横でランディは、更に混迷を深めた様子。ラパンは、視点が合わない瞳で交互に二人を眺めるばかり。
「そんな脇目も降らずに打ち込める何て他の人に求めるのが間違い。貴方位のもんよ。初心者相手なら尚更ね。普通は、硬軟織り交ぜて進めて行くものなのよ」
「つまりは?」
此処まで説明しても合点が行かぬランディに溜息を吐いたフルールは、一度、ランディを無視してラパンの方へ向く。
「ラパン、ちゃんと続いているわね。驚いたわ。偉い! ほんと言うと、途中で投げ出すと思ってたわ」
「僕もそうなんだな。でもランディさんは、走り込みでも決して僕を置いて行かないし。基礎鍛錬でも限界のギリギリ一歩手前で終わらせてくれるんだも。終わったら褒めてくれるし、今まで父さんやその他の大人の人だったら運動している間、怒鳴られるだけだったから気持ちが切り替わるんだな。勿論、朝起きて此処に来るまでが大変なんだけれども」
豪快な笑みを浮かべてラパンを手放しで褒めるフルール。
ラパンは、照れ隠しをしながら理由を答えた。
「ランディからの配慮はあったのね。それは意外だった」
「人を何だと思ってるんだ。俺は、鬼じゃない。俺の意のままに動く傀儡としてではなく、意思を持って取り組む様に管理しているさ。何が足りないのかご教授願いたいものだね」
「ちょっと、見直したけど。やっぱり、貴方には無理ね。時にはご褒美をあげるってことも大切なのよ。お分かり? それで今日は檸檬を蜂蜜で漬けたのを水で薄めて持って来たの」
「凄いんだな! 嬉しいんだも!」
「頑張っているご褒美にちょっとだけね」
フルールの意図が分かり、ランディは顔を顰める。フルールの言う通り時には息抜きを与える事も重要だ。けれども今は、物に釣られて継続の意欲を保つのも宜しくない。ましてや、計画的な食事制限も行っているから尚更だ。
「態々、ご家族も巻き込んで食事制限をしてるのに……」
「こんなの飲んだからって変わる訳ないんだから良いでしょ? 根詰めてやったって続かなきゃ意味ないのは百も承知でしょ。ちょっとは、肩の力を抜きなさい」
「ぐぬぬ……」
本音を言えば、フルールは当事者でないから方針に口出しして欲しくなかったが、ラパンの喜ぶ様を見てたまには良いかと甘い考えが過ぎる。目をきらきらさせて感涙を流すラパンを見たら取り上げる事は到底、出来なかった。
「飲んでから始めると、お腹を壊すから水分補給の時にあげるわ。それに今日は見学しているから頑張って頂戴」
「やったー、今日はいつもよりももっと頑張るんだも!」
「その意義や良し。来た甲斐があるってものよ」
フルールも甘やかす気はなく、メリハリを付けて意義のある鍛錬を行う為に知恵を回す。
そのまま、近くにある古ぼけた切り株の上に手拭きを敷くと、静かに座り、篭から本を出して読書を始める。ランディは、珍しい姿に内心驚きつつも軽く咳払いをして話を始めた。
「意外な応援があって話が逸れたけど、ご足労頂いている手前、気合を入れて頑張らないとね。差し入れも貰った事だし、楽しみが出来た。用意は出来たかい?」
「勿論! 宜しくお願いしますなんだな!」
こうして今日も鍛錬を始める二人。いつもとは違って見学される事に最初は抵抗があったものの、準備運動をした後、走り始めたならば、結局は二人だけになるので普段と変わりがなかった。ランディが提案したやりがいを見つける寄り道をしつつ、フルールの差し入れの力もあって奮闘したラパンは、距離を伸ばし、二周を這々の体になりながらも完走した。
蜂蜜漬けの飲み物を片手に切り株の上で座るラパン。肩を上下させ、大きく呼吸をしつつ、額に浮かぶ汗を手拭いで拭きながら休んでいた。勿論、この後も基礎鍛錬に取り組み、素振りをやって終了だ。まだ、慌ただしいラパンの朝は、続く。一方、ランディは、離れた街壁でフルールとラパンの様子見をしながら並んで立っていた。
「ランディ、貴方はどう思う?」
「何の事だい?」
服の袖を引っ張りながらフルールは、ランディに問う。ランディは、脈略のない話にまた首を傾げる。今回ばかりは、察しが悪いランディに限らず、誰にも分かるまい。
「ラパンの事よ。案を出したあたし本人が言うのも可笑しな話だけど、あたしはこれだけやっても敵わないと思う。だって喧嘩の練習ではないし。いざ、本番が来たとして覚悟がなければ、どんなに鍛えていても最初の一歩が出ないと思うの」
「俺の考えを言っても?」
「どーぞ、ご勝手に」
ランディは、不意に外壁へ後ろ手に手を掛けると、飛び乗って座った。段々と、空気に湿り気が出始めて土と草の匂いが鼻を擽る。
「俺は、ラパンに嫌だと言える自信を持って欲しくてやっているんだ。結果ではなく」
「相手に勝てなきゃ意味ないじゃない」
問いの答えに壁へ凭れ掛かりながらぼそっとフルールは、呟いた。
「勝つ、負けると言う話の前に今のラパンは、土俵にすら立っちゃいないんだ。根底からして出来ていない。今の彼は、不遇にはきっと何時か終わりが来てそれまで耐えて居れば、勝ちと言う方程式が成り立っている。自分の優先度が低いから結果として虐め受ける羽目に。この意識がなくなってから初めて人は、強くなれる」
「貴方は、その理論を振り翳しているけど、例え、準備が万端に整っても人数は多いし、相手も喧嘩慣れしているでしょ? 口では言えても結果が伴わなければ、また逆戻り。いいえ、もっとひどくなるかもしれない」
フルールは、更に話を続ける。
「分かっているわ。貴方があたしの意見を元に最も効率的な課程を踏んでいる事は。でもあたしは、貴方と居るとラパンは、カン違いしてしまうんじゃないかって心配なの」
「それは否めないな……」
「今、貴方はラパンに合わせているのでしょう? 本来はもっと詰め込んでやっているからどんな相手でも熨してしまうけど、そこまでには到底、至っていない。けど、ラパンはそれを知らないから貴方が課した量目が全てでそれを熟せば、貴方になれると思ってしまう」
「分かってる、分かるよ」
「その変な自信の所為で無茶したら結果は、火を見るよりも明らかだわ。それが心配なの。ランディ、貴方は其処まで理解した上で導ける?」
「それは俺にも分からない。武の真髄は、心、技、体と言われているのだけれども。精神と技量、そして身体の育成が揃って初めて実を結ぶ。これが一つでも欠けると、どうにもならない。ただ、それらを成長させられるのは、己だけ。俺が出来る事と言えば、銘々においての気付きや触れるきっかけを与えるに過ぎない。そこは、厳しいかもしれないけど、最後は己だけで辿り着く境地であり、答えなんだ。こればっかりは、肩入れの仕様がない。俺から言わせて貰えば、フルールの言う失敗も本来なら武の道を極めたいと望むなら誰もが通る道すがらの小石程度のもの。そこから更なる高みへ向かう為の肥しとなるか、消えない心の傷になるか。それは誰にも分からない」
「其処まで考えてあげているなら言う必要はなかったかな? ごめんなさい。難しい立場に居るのは、分かる。でも貴方しか出来ない事だからあたしは、ルーみたいに無責任な期待を掛けるしかない。御免ね、また嫌な役回り任せちゃって」
「良いさ。俺自身が望んでやっている事だからね。それにこの案件は、案外簡単に解決するかもしれないと俺は、思ってる。と言うか、確証を持っているよ」