第傪章 特訓、特訓、特訓 1P
あの日の翌日より、始まった特訓。正確に言えば、体を引き締める事に重きを置いた減量。人一倍、馬力があっても機動力が乏しいラパン。最初にランディが着手した事は、走り込みと食事制限だった。いつもの日課でランディは、走り込みをしているのでそれに合わせてラパンも自分のペースで周回する事に。
一日目。ランディが訓練している町外れの空き地を待ち合わせ場所にしたが時間通りに来ず。結局、家にまで出向いて迎えに行く羽目になった。勿論、ラパンとて毎朝寝坊を決め込む様な事はなく、元々、朝日が顔を出す位に起きる様だったが、如何せん、ランディが夜も明けきらない位から始めるから無理もあった。ただ、それはラパンの家の事情、つまりは、仕込みの準備に駆り出される事も鑑みた結果であって意図は、きちんとある。最初の一週間は、フライパンとお玉を手にほぼ毎日迎えに行って引き摺って連れて来たランディ。
一週間経った頃には、日課として定着し、漸く眠い目を擦り、擦り来るようになった。回数を重ねる毎に走行距離は、伸びて行くもスピードは、上がらず。ランディ自身、当初から想定はしておらず、体力面での強化であってこれから体が出来てきたら更に負荷をかけて行けば、良いと長い目を見ての調整だ。
そして食事制限だが、
これは元々、食事を取る回数が多かったので先ずは、減らす事に。間食を含めれば、一日に六回もあったのでそれを三回に減らし、朝と夜は、しっかりと食べても良いが昼は少なくするよう言い伝えた。本来であれば、寝るだけの夜は、少なくとも問題ないが朝の鍛錬を鑑みてだ。ただし、ランディの想定外な事があった。本来であれば、運動をすれば、食欲も抑えられて食べなくなり、自然と体系が作られて行き、ある程度の脂肪が落ちた後に順繰りに食事量を増やして筋肉を付けて行くと考えていたのだが、ラパンの食欲は、落ちる事なく、寧ろ消費したエネルギーを取り戻すかの様に増えて行くばかり。
目を離せば、すかさず、口を動かす位なので家族にも食事制限の件を伝え、目を光らせて貰っているのが現状だ。少しでも気が紛れればと本等もあてがったが効果は、あらわれず。これがランディをかなり悩ませた。加えて走り込みが日課として定着し出してからは、木刀も誂えて筋力が落ちぬ様に素振りをさせ、各部位の筋肉の集中的トレーニングも行い、満遍なく、鍛えた。筋力が偏れば、しわ寄せが他の所に行くからだ。
毎日違う筋肉の疲労による痛みと手足の豆の痛み。そして段々と負荷のかかる鍛錬を増やして行く内に一番、やられてしまうのは精神面。
前以って説明していたものの、日に日に活力が奪われている様が目に見える。
そんなある日の出来事。
「ラパン、今日も頑張ろう。最初の頃に比べたら段違いの運動量を熟せる様に成って来たから新しい事はせずに回数を増やすだけで一度、定着させよう。此処まで良く頑張ったね。教えていて嬉しい限りだ」
日も上り切らず、薄暗い夜明け前。夜に洗われて澄んだ空気に包まれながらランディとラパンは、いつもの集合場所に落ち合っていた。時折、吹く風に髪を撫でられながらランディは、これまでの経過とこれからの予定を説明すると、大きく伸びをして胸いっぱいにひんやりとした空気を吸い込んだ。一方、眠い目を擦りながら大きな欠伸を一つ吐いたラパンは聞えているか、定かでない。
「褒めて貰えるのは嬉しいんだも……僕も此処まで運動に打ち込む事は、始めてなんだな。ただ、体が悲鳴を上げているん……」
準備運動をしながら入念に体の状態を確認するラパン。筋肉の筋に針で刺される様な痛みがあり、重しを付けたかのように足と腕の動きが鈍い。されど、回数を重ねて行く内、これだけの阻害される要因があっても以前より動ける様になっていた。勿論、比較対象は以前の自身であって他人と比べれば、まだまだ先は遠い。
「ちょっと前まで町の外周を一周するのもままならなかったのが今では、諾足でなら完走出来るようになったし。基礎鍛錬も一巡は回せる様に成ってる。これは偉大な進歩だよ。回数が増えれば、増えるほどに目に見えて結果が出て来るさ」
「先が長いんだな……ご飯もいつもの様に食べれないからお腹がしょっちゅうなるし。身体が痛くて寝辛いんだも。それに時々、息が苦しくてたいへんなんだな」
「それは徐々に無くなって行くから平気、平気。病気じゃなくて普段使わない運動量を捌く為に体が作り替わっているからなんだ」
笑い掛けながら励ますランディへ言いたくなくとも勝手に愚痴が零れてしまう。
ラパン自身が自分で決めた事でもやはり、心が挫けてしまう事は、往々にしてある。誰もが持っている当たり前の弱さであり、最後に超えるのは自分自身だが、人に聞いて貰う事である程度、軽減されるものでもある。その弱さをランディとて理解しているので黙って聞く。時と場合によって寄り添う事も追い立てる事も使い分けが重要だ。
今は、その加減をランディが学ぶ場でもあった。
「もう少し頑張ってみよう。まだ、始めて三週間位だ。見方を変えて楽しみを見つけてご覧」
「これっぽっちも楽しくないんだな……」
「例えば……そうだなー見慣れた経路にちょっとした変化を探す事とかは如何かな?」
「どう言う事なんだもー」
「実例を言うなら俺は、各通過地点で必ず見ている物があるんだよ。この近場なら街壁沿いに生えている木に兎の巣穴がある事は、知ってる? 普段は、きちんと埋まってて見る事がないんだけど、この時間帯だと、母親が帰って来て巣穴から子兎が見えるんだ。後は、西側の小さな野原は、野草が蕾を付け始めている。そろそろ、咲くだろうね。他にも色々と俺は、小さな変化を見つける様にしているんだ。ちょっとした楽しみって奴さ。段々、君も気になって仕方がなくなるよ」
ランディは、自分なりのちょっとした持続出来るコツを教えたつもりだった。けれどもラパンは、合点が行かない様子。左手で癖のある髪を搔きながら首を傾げるばかり。
「ランディさん、僕にそんな余裕はないんだな……ひたすら足元の地面と流れる雲を見るばかりなんだも。ちょっとでも気を抜いたら足が止まるんだな!」
「なら今日は、折角だから足を止めよう。俺が教えてあげる。焦る道のりじゃあない。時には、寄り道もしてみようよ」
「ランディさんが言うなら……分かったんだな」
ランディの勧めに不承不承、了解したラパン。勿論、他の者が聞いても同じ反応をするだろう。本来ならば、たった一人で隔絶された訓練でランディが編み出したコツであって万人受けする物ではないからだ。変わり者はランディであってラパンではない。少々、頓珍漢な師匠と弟子の会話が繰り広げられている間、新たな客が此方に向かっていた。
「ランディー、ラパン―」
二人が呼び掛けられて振り向くと直ぐに分かった。客は、フルールである。肌寒いのか、いつもの格好に肩掛けを羽織り、篭を携えて足早に此方へ向かってきていた。
「おはよーなんだも。フルールねえ」
「おはよう、フルール。朝早くに珍しいね」
「おはよう、二人とも。この前、レザンさんに何処でやっているか聞いたから様子見に来てあげたわ」
銘々に挨拶を返す三人。そしてランディは訝しげに此処へ訪れた理由を問うと。
「そろそろ、頃合いかなって思ってね」
「どういう事?」
フルールから意味深長な答えが返って来たのでランディは、髭の少し残る顎を手で撫でながら考える。されど、ランディの答えを待たずしてフルールが訳を説明し始めた。
「貴方、体を動かす事ばかりで他に何も考えていないでしょ?」
「そりゃあ、鍛錬だからね。それ以外に何かあるかい?」
「はあああ……」