第貳章 きっかけは、突然に 12P
口を真一文字に結び、神妙な顔をしたラパンは、大人しくランディに従い、不安気に手を摩りながら着いて行く。勝手口に回り、ランディは扉の握りを下げると、開けてさっさと入ってしまう。それに続いてラパンもおずおずと、扉を潜って行く。
「お邪魔しますなんだな……」
今にも消え入りそうな声でラパンは、言う。
廊下を通り、真っすぐ居間に向かうランディ。暫しの間、二人に沈黙が続く。
「レザンさん、ただ今、戻りました」
「お帰り。かなり引っ張り回されたな? ブランが罰を言いつけたのであればもう、私が出る出番は……。うん? こんな夜更けにどうしたラパン?」
ゆっくりと居間に入ると、暖炉の前で仄かな明かりに照らされながらレザンが腰掛に座って本を読んでいた。扉の開く音に気付いて振り向きざまにラパンを引き連れていた事に驚きながらも迎え入れてくれた。
「お邪魔してますなんだな」
「実は……彼は、困っている事がありましてその相談で俺を頼りに訪れてくれました」
「そうか。それは、私も聞いて良い話だろうか? もし席を外した方が良いならば、自室に戻るとしよう」
「そんなに大層な話ではないんだな。相談出来るならレザンさんからもお話をききたいんだも。実は、近くの村から来てる同年代の子たちに苛められているんだな。それをどうにかしたくて来たんだな」
「なるほど、それでランディを頼りに家へ……良いだろう。私も少し、知恵を貸そう。申し訳ないが、詳しく状況を説明してくれないか?」
「では。事の始まりから……」
ランディは、ラパンに椅子へ座るように手で促しつつ、包み隠さずに本日、あった事をレザンへ報告した。また、小さな悪戯も被害者が何人かいる事。出来れば、暴力を止めさせたい事等。眉間に皺を寄せてラパンを眺めながらレザンは、静かにランディの話を聞き続けた。
「此処、二、三日からなんだな。殴られたり、蹴られたりは。それまでは、こそこそと会う度に陰口を言われたり、からかわれたりしたけれど、何ともなかったんだな」
「以上が、いきさつです。レザンさんは、どうお考えですか?」
所々でラパンの証言も合わせつつ、一通りの説明が終わった。話を振られたレザンは、少し考えるように腕を組みながら俯いた後に口を開く。
「恐らくこれからも何度か、やられるだろうな。相手が飽きるか、次の標的が見つかるまで」
「俺も同意見です。具体的に君は、どう解決したい? 被害がなくなれば良い? それともそれ以上に復讐がしたい? 相手が来ない様に誰かが動いた方が良い?」
ランディは、居間の真ん中で行ったり、来たりを繰り返しつつ問うた。
「僕は……もう殴られたり、蹴られたりは嫌なんだな。でも次に他の人が同じことをされるのも嫌なんだな。それには、やっぱり僕が解決しないといけないんだな」
「一番簡単な方法は、ラパン君。君がきちんとけじめを見せる事だ。暴力を振るうのではなく。相手が殴って来ても片手で簡単に受け止めて相手にならない事を示す。その上で他の人にも同じ事をしたら許さないぞと伝える事が重要だ」
「僕に出来るかな……?」
暖炉の火に照らされてちらちらと、ランディの顔に影が踊る。おずおずと、ランディの顔色を窺いながらラパンは、聞いた。今のラパンには、その術がなく、逆立ちをしても出来ない事が分かり切っているからだ。達成するには、それなりの努力と対価を払わねばならない。
「それはお前次第だろう。少なくともランディが一緒に行ってお前の代わりに同じ事をしてもランディの目を盗んでやって来るに違いない」
如何にランディが事を上手く運んでも求める結果は、得られないであろうとレザンが更に助言する。勿論、ラパンも分かっているつもりだ。最後に自分を救えるのは、あくまでも自分自身であり、他の誰でもない。
「今、一番の課題は、君自身に自信がない事かな?」
「自信も何も格闘技何てやった事ないし。相手の方が人数、多いんだな。とってもじゃないけど、僕には手に負えないんだも」
「少なくとも君は、体格も恵まれているし。腕力も強いと聞いている。後は、ちょっと、使い方を覚えれば、化けるさ。君は、出来ないんじゃない。知らないだけなんだ、自分の事を」
ランディは、にやりと不敵な笑みを浮かべながら素質がある事を教えた。初めから誰にも教わらずにペンを使い、紙に字を書ける者はいない。教わって初めて書ける様になるのだ。
今まで稼働せずにいたのであれば、誰かに教わりながら少しずつ己の限界を知り、得意な事を知り、不得意な事を学んだ上で補助が出来るようになれば、話は変わってくる。
「ならば、話は決まったな。ランディ、お前のやるべき事は?」
「朝方、いつもよりも少々、時間を頂きたいです」
「元々、開店業務は私一人でも出来る。飯当番の比率も……だな」
「助かります」
目の前で二人がとんとん拍子に話を進めて行く中で戸惑うラパン。
「いきなり話が進み過ぎて訳が分からないんだな。つまりは?」
瞳に不安の色を見せながら恐る恐る問いかける。
「明日から俺と一緒に訓練をしよう。そもそも毎日、俺は、体が鈍らない様に運動をしているんだ。それに君も参加して欲しい」
「ちょ、ちょっとだけ考えさせて欲しいんだも!」
「確かに君にも家の仕事があるから猶予を上げるさ。君が参加せずとも日課でやっている事だし。でも己がどれだけ動く事が出来、何が不得意であるかを知り、自分が思った以上に限界などない事を知れば、今の悩みがとんでもなく、ちっぽけになるよ」
「……」
確かにランディの提案は、根本から問題を解決するにはとても魅力的なものであった。されど、上手い話には大方、裏がある。一から始めてものになるにはどれだけの鍛錬が必要であるか、ラパンには見当もつかない。先が見えぬ訓練であれば、尻込みしてしまうのも無理はなかった。ラパンには継続出来る自信がない。
「私は、勧める。やった所で失う物はない。途中で止めても誰も迷惑は掛からない。親御さんにも説明すれば、納得して貰えるだろう。必要な物は、お前の覚悟と意思だ」
思わず、尻込みしてしまったラパンにそっと後押しをするレザン。ランディとて、最初から飛ばすつもりはなく、ラパンに合わせて進めるつもりだ。それを分かった上で肩の力を抜き、状況を楽しむくらいの気概を持てと暗に言っているのだ。
「俺は、解決したいと言う意思を持って頼って来てくれた君を尊重するよ。気持ちが揺らいでいる中の誘いで申し訳ないけれども俺には、これ以上の助言は出せない。俺自身は、答えを用意していない。一緒に探そう」
ラパンの目の前まで歩み寄り、ゆっくりと右手を差し出すランディ。揺るぎない自信をもって差し伸べられた手を少しの間、見つめたラパン。そして意を決して握り返した。
「分かったんだな……宜しくお願いします」
「ただ、一つ。前以って始める前に知っていて欲しい事があるんだ」