第貳章 きっかけは、突然に 11P
「町の人とのせけんばなしは、長いから待ちぼうけ食らう事が多いんだ」
「確かに。ブランさんは、人が好きで物には、執着心が無さそうだ。仕事柄、町の人から相談事や報告も多いだろうね。ついつい、君たちを忘れてしまうのかもしれない」
個性的な人物扱いを受けるブランも一人の男に過ぎない。男は、買い物にあまり時間を割かない傾向がある。例に漏れず、ブランにも素っ気なさが出ているとみて間違いない。本来であれば、そう言った役割は、母親が担う事が多いのだけれども今となっては、叶わぬ。
「分かるけど、私たちのお願いがほんとにどっかいっちゃうから困る」
「俺で良ければ、ブランさんの代わりには、なれないけど。何時でも着いて行くよ」
安請け合いも程々にすべきだが、どうせランディも休みは寝る時間に費やすのが、殆どなので買い物に付き添う程度であれば、造作もない。ランディにとっては、双子の笑顔も大切な守るべき物の一つ。要望あれば、母親役として女装をした上で臨む所存である。
「嬉しいけど……フルール姉から取り上げるのも悪いし、ほどほどにしといてあげるね」
「だから俺は、対象に見られてないって」
手を頭の後ろで組み、随分と含みのある言い方でルージュは茶化して来た。ランディは、それを落ち着き払って対応する。痴情の縺れの一つもなければ、子分を扱うが如き、フルールとの間の何処に人から指差され、持て囃される要素があるか、ランディには、甚だ疑問である。一般の恋人同士を見て例に出せば、分かるだろう。もっと、心の奥底から愛しむ思いがお互いに滲み出ている。最早、別次元だ。その欠片もお互いに見出す気がないのだから遺憾であると、ランディは、憤る。
「……逆にランディさんは、どうですか?」
「おれ?」
不意に来たヴェールからの質問にランディは、戸惑う。質問の意味が分からなかったからだ。一瞬の間を置いて理解に至ったランディは、答える。
「ああ、恋愛対象にあるかどうかって事ね。それは、ない。だって、俺が子供過ぎるから合わないよ。今日だって諭されて居ただろう? やっぱり、惚れただろうが何だろうが、最後は、価値観が合わないと無理だよ。勿論、自分の個性を大事にしている所は、憧れるけど、それは人としてであってそれ以外は、ないさ」
ありのままに思った事だけを述べるランディ。少々、回りくどい言い回しであったが、嘘偽りはない。幾ら奥手のランディでも好いた異性が居れば、もっと食いついている。
「でも私から見てもスタイルは良いし、はきはきしててお掃除、お洗濯、お料理も出来るから男性にとって好みのタイプが多いのでは?」
されど、まだヴェールから詰問が追従する。口元を結んだヴェールは、真剣な表情で聞いてくるので此処は、誤魔化さず本当の事を言わねば、話が拗れてしまうと察したランディ。勿論、ランディにも好みのタイプはある。
「俺の好みであれば……そうだな。内面を重視するから大人しい雰囲気の子が良いかな? あくまでも一例として挙げるならユンヌちゃんみたいな感じと言えば、想像つく?」
「へえ……そうですか……いがいです」
答えを聞いたヴェールは、ちょっとだけ表情が明るくなる一方でルージュは、相も変わらず悪戯な笑みを浮かべて食い下がる。
「でもランディさん、引っ張るひとじゃないから無理じゃない? しょうに合っているのはやっぱり、フルール姉みたいな感じじゃない?」
「ルージュちゃんの言い分も間違っちゃあいないけど、あくまでも好みだから。それにしても二人してやけに食いつくね。やっぱり、女の子だなー」
素直に答え続けて来たランディだが、流石に気恥ずかしくなって来た。髪を掻き上げながら話を誤魔化す。最早、語る事がないのだ。
「だって面白そうなんだもん」
「私は、ちょっと気になっただけです……」
「左様ですか―― さてと、そうこうして居る間にもうお家も目の前だ」
「あっという間だったなー。ありがとう、ランディさん」
「ありがとうございます!」
木々の間から戸口の外灯の明かりがちらりと見え、高い塀が顔を出す。恐らく、ブランも帰宅しており、セリユーも晩餐の準備を疾うに済ましているに違いない。玄関まで双子を送り、ブランやセリユーへの挨拶も簡単に切り上げて帰路に着くランディ。すっかり、夜の帳も下りて小道には風が木々や葉を揺らす音と土の臭い。以前、買い揃えた自前の小さなカンテラの仄かな明かりを頼りに歩いて行くランディ。人道とはいえ、油断は許さない。
時折、町中でも野生動物も迷い込む事があるからだ。行きよりも歩くペースが速く、町にはさほど時間を掛けずに着いた。木々の合間から街壁がちらりと見え始め、ランディは漸く、肩の力を撫で下ろす。そのまま、足早に門を潜り抜けて石畳の道を軽快な足音を立てて歩いて行く。
疲労が祟り、思考能力も著しく低下しているし、心なしか瞼も重い。後は、帰って少々、酒を煽り、寝るだけだ。時折、出会う町民と会釈を交わし合い、見慣れた通りを抜けてやっと店が見えた。されど、よく目を凝らして見れば、店の前に大柄な人影が一つ。
「疾うに店は、閉店時間の筈……レザンさんから来客の予定も聞いていないな」
来客があれば、迎えの準備が必要なのでレザンから帰宅時間に指定が入る筈である。そもそも夜に来る者が客かどうかも怪しい。なるべく刺激しない様にそろりそろりと歩み寄ると、篝火で素顔が見え、ランディは、安堵。ラパンであった。至る所に治療の後は、見えるも血色は、悪くない。ラパンも向かって来るランディに気付くと、ゆっくりと近づいて来た。
「ラパンくん、良かった。怪我の具合は、大丈夫かい?」
目の前まで来たラパンの肩に手を置いて体の具合を聞くランディ。
「お蔭様で何ともないだな。ランディさん、本当に感謝です。運んで貰ったのをチャットから聞いたんだな」
「問題ないさ。それよりもあの女の子やヴェール、ルージュにお礼を」
「ルジュとベルには、明日、お礼を言いに行くんだな。チャットには散々、怒られたから」
「それなら良かった。でも俺の所に挨拶へ来るのだって明日で良かったのに。態々、どうしたんだい?」
お礼参りに来て貰ったのは、在り難い。けれどもこんな時間を選ぶには少々、理解に苦しむ。他に理由があって然るべきであろう。ましてや、ラパンから戸惑いつつも決意の籠った眼差しで見つめられれば、否が応でも勘ぐってしまう。
「相談事があるんだな。でもこんな夜に伺うのも申し訳ないと思ったのだけれども……僕、どうにかしたくて。出直せと言われたら出直しますなんだな」
「良いよ。折角、痛む体を引き摺って来てくれたんだもの。無碍には出来ないさ。それに君の相談事は、恐らくその傷を作って来た奴らの事だろう?」
内容も恐らく、昼間にフルールと話をした件に近いと見て間違いない。寧ろ、自分から動かずとも向こうから出向いて来たのであれば、話は早い。ランディは、手招きをして裏手の勝手口に向かう。外で話すと、此方に思惑がなくとも人の目を引いてしまう。
「全部、お見通しなんだな……助かりますです。僕、これからどうすれば良いか、分からないんだな。一番、年が近くてお話しても恥ずかしくないし、めちゃんこ強いランディさんならと思って来ましたなんだな」
「望む所だ。さあ、こんな所で話すのも傷に障る。一先ず、入って、入って」