第貳章 きっかけは、突然に 10P
前掛けのポケットから小さな財布を出してカウンター越しにヴェールがさっさと、金銭の授受を済ませる。フルールは、腕まくりをした華奢な白い腕を伸ばし、金銭を受け取ると、商品をヴェールに渡した。
「確かに。御使い、ご苦労様。そう言えば、これからも何処か向かう予定なの?」
「はい。本屋さんに行きたいと、考えてるの」
「私は、露店通り!」
「だけど、他にもやる事が見つかったんですよね。ランディさん」
見送りがてらカウンターから出来て来たフルールと自然な会話でランディへ本題を振る双子。待って居たとばかりにランディは、話を振る。
「そうなんだ、フルール。時に君は最近、揉め事の話を聞いたりしてないかい? 三人組で近隣の村から来てる若者の件で知っている事がれば、聞きたいのだけど」
ヴェールの持つパンを受け取りながらランディは、違和感が無い様に出来るだけ平静を装った。なるべく、大事にしないようにする為だ。
「成人したての三人組ね? ちょくちょく噂は、耳にするわ。小さな騒動を起こして回ってるって。それがどうしたの?」
「実は、手酷くやられた子が居て他にも被害を受けている人はいないか聞きたい」
「誰がやられたの?」
声を抑えて先程の出来事を話すランディ。あからさまに眉間の皺が寄ったフルール。誰しも怪我を負わされた話は、聞いていて心地が良いものではない。
「ラパンくんだね」
「ラパンなら恰好の鴨よ。いや、まるまるとした兎がジャガイモやら野菜を背負って跳ねているようなものね。まるでシチューにして下さいって言わんばかりに」
名前を聞いた途端にフルールは、細い腰に手を当てながら呆れかえった様子で言った。
「そう言ってあげないでおくれ。可哀想だろ?」
「良い機会だわ。好い加減、気弱な性格を直すには」
ルーと同じく、フルールにも日頃から思う所があるらしいのは、声色から伝わって来る。
そんなフルールにランディは、極力気持ちを逆なで無い様に肩入れする。
「必ずしも他人から暴力による権利の侵害を受けたからって暴力でもって立ち向かう事が正解ではないさ。彼の言い分も含めて何か、手助けしてあげないと」
「ランディは、甘いのよ。それ位でなきゃ、自分に大切なものが出来た時に守れないでしょ。ただ、蹂躙されるのを横目で見るだけが関の山よ。貴方が一生付きっ切りで手助けするって言うのであれば、話は別だけど。そのつもりは、毛頭ないでしょう?」
肩を竦めてフルールは、皮肉で混ぜ返す。
「言わんとする事は、分かるけど……」
「自分に降り掛かった火の粉は、自分で払うもの。町の皆も同じよ? 適当にあしらっているから問題ない。だから騎士様の出る幕はないわ。たかが、チンピラ相手に貴方が出張ったら寧ろ、死体蹴りする様なもんよ。あっという間に追い返してしまうでしょ?」
「そこまでするつもりはないけど……」
ランディ自身、買被られる事があまり好きではないが、十中八九遂行出来るので否定はしない。元々、役割として任されていたから。ただ、自分の役割の釣り合いが取れない事に対して戸惑うランディ。先行して探りをいれていつでも対応出来る様に待機することしか、頭になかったので尚更の事である。これがランディの合理的な判断だったからだ。
「なら、様子を見守る事ね。若しくは、自衛の手段を教えたり、相談に乗ったりとか、最低限の事で良いと思うわ。あくまでも貴方は、治安を守る自警団であって秩序を齎すのは、町民の仕事よ。この町の流儀は、私たちが教えるの」
珍しくフルールがランディの頭に手を伸ばし、撫でながらまるで小さい子供に諭すが如く、フルールは、自分の合理的な判断を提言した。大人しく、黒いちょっと固い髪を揺らしながら難しい顔をしたランディは、撫でられ続ける。
「君がそこまで言うのならば、暫くの間は、傍観して居ようかな……」
「貴方は、どっしり腰を据えて居なさい。貴方が慌ただしくしていると皆、不安がるわ。勿論、店の仕事もあるし、余暇には息抜きも必要」
ランディの肩から力が抜けた事を確認したフルールは、撫でるのをやめてにこりと笑いながら言う。まるで幼子の様にあやされるのも納得が行かなかったが、答えに急ぎ過ぎていた事を思い知らされたので何とも言えない。
「かしこまり。なるほど、考え方が広がったよ。ありがとう、フルール」
少々、剃り残しが在る顎を撫で、考え事をしながらランディは礼を言う。
「なかなか、説得力あるね……いつものだらしなさが嘘みたいにかっこよかった」
「その一言は、余計。ルジュにベルも気を付けなさい。よっぽどの事がなければ、絡まれないだろうけど、万が一って事があるわ。暫くは、セリユーさんか、ランディを傍に置いておくが吉よ。分かった?」
片手を腰に当て、人差し指を立てながらフルールは、双子に言い聞かせる。
「たぶん、だいじょうぶだと思うけど……分かった、フルール姉」
前掛けの前に手を置き、ちょこんとお辞儀をするヴェール。
「じゃあ、お出掛け楽しんでおいで。二人とも。ランディは、おみあげ宜しく」
「宜しい。ならば、帰り際、エグリースさんを呼んで在り難いお話でも聞く事にしようか。珈琲を片手にね」
「もう、貴方には何も期待しないわ」
むくれ顔でそっぽを向くフルールへランディは、笑い掛ける。当初の予定とは違う形となってしまったが、辿り着く場所が変わらないのであれば、それで良い。より良き答えは、様々な人と話し合いをする事によって生まれる事を知ったランディには、自分の答えが間違っていると指摘されても怖くない。本当に怖い事は、自分の答えに飲み込まれていよいよ引き返せなくなった末路を知ったからだ。
「さてと、どうしようか……」
思案顔で双子にこれからを問うランディ。
「フルール姉のじょげん、正しいからね……」
「私も……おなじ意見です」
ランディの表情をおずおずと伺いながら双子は、答えた。
「俺もそう思う。そう言えば、この後は……」
「本屋さんです」
「私は、あんまり行く気なかったけど。どうしてもってベルが言うから」
「なら、そっちに行こう。元々、君たちのお供が今日の仕事だし」
「はーい」
これ以上は、双子に気をつかわせるべきではない。ランディは、穏やかに微笑みながらそう言うと、今度は本屋への道のりを先陣切って歩き出した。思った以上に早く答え合わせをする事になるとは、思いもせず。
*
結局の所、フルールの家からも二人の用事へ時間を費やしたランディ。双子の寄り道にも付き合う内に手荷物も少々、増えた。日が暮れ始めて気温が一段と下がり、人影も少なくなった頃にお開きとなった。ブラン邸に続く小道を並んで歩く三人。程よく、疲れた双子は、欠伸を一つ、二つ。時折、眠たそうに眼を擦る仕草も見せる。流石にランディも疲労が積み重なって肩が重い。少し回してみれば、小気味の良い関節の音がなる。今夜は、ぐっすり寝る事が出来そうだ。
「今日は、お二人共、満足頂けたかな?」
隣の双子にランディは、問うた。それにしても一日中、町を散策しても疲れを見せる一方、足取りはしっかりとしているのだから目を見張るものがある。ブランが先に音を上げるのも訳だ。普段から机仕事の多い職種であれば、無理もない。
「楽しかったです。いつもは馬車だから……寄り道、出来なくて」
「おとーさんも寄り道、好きじゃないしー」
「へえー。そうなんだ。寄り道、好きそうなのに」
満足げな双子は、少しだけブランの不満を漏らす。恐らく、父親の前では、自慢の娘たちを自然に演じ続けているのだろう。一緒に居たい等と本当にちっぽけな我儘さえ言えずに。
「お買い物だけは、必要な物をそろえたら帰りたがるんです。悩まないで直ぐに決めちゃうし、店員さんのお話も聞きません」