第貳章 きっかけは、突然に 9P
「被害を受けているのは、ラパンくんだけなのかい?」
立ったままのランディは眉間に皺を寄せながら気になった事を質問して行く。
「私が知る限りは……聞いた事ない」
「了解。念の為に他の人にも確認しよう。そう言えば、自己紹介がまだだったね。俺は……」
「知ってるわ。ランディさんでしょ? 詳しく聞いているから大丈夫。私の名前は、チャット・フェルメ。二軒先で家族と住んでる。仕事は、家業の手伝いよ」
今更だが、少女と簡単な自己紹介をした後、互いに労い合った。チャットと名乗った少女は、気さくな話し方でランディにとっても気兼ねなく話せて助かった。背は、ランディの鎖骨位、黒い髪を後ろハーフアップに長い前髪は、右側だけ流している。
目鼻立ちは、ハッキリして暖かい地方の雰囲気を醸し出していた。アーモンド形の灰色の瞳は、しっかりとランディを見据えており、勝気な性格が垣間見える。肩口が出るゆったりした簡素な紺色のドレスに前掛け、柔らかそうな茶色の革靴。年頃は、ラパンと同じのようだが、服装も相まって少し大人びて見える。
「宜しく。でもたまたま、皆が居合わせて良かった」
手を差し出して軽く握手をしながらランディは、言った。
「本当にそう。ラパンったら自分が困ってても何も言わないから遅くなってから酷い状態で見つかる事が多いの……我慢強いのは良いけど愈々、駄目って所まで我慢するから時折、こんな感じでひやひやさせられるの」
「周りからしたら困ったものだね。知らぬ間にこれじゃあ、たまったもんじゃない」
小さな色付きの良い口元を窄めながら話すチャットにランディは、同意する。普段の関係がランディには、分からないものの、言葉尻から浅からぬ何かを感じた。そしてランディは、この場は彼女に任せるべきであろうと思った。物憂げにラパンを眺め始めたチャットを見て直感が囁いたのと、段々と二人だけの独特な雰囲気が漂い始めたからだ。
「このまま、居ても仕方がないから。大丈夫であれば。俺は、退散させて貰おうかな……」
「行く所もいっぱいあるし、ランディさんは、まちを見回った方が良いかも」
「助かりました。後は、私一人でも問題ないのでお疲れさまです」
「チャット姉、今日はおしごと、大丈夫?」
「もう、今日の仕事は終わってるから大丈夫。心配してくれてありがとね、ヴェール」
「よかったです。では、ラパン兄に宜しく伝えて下さい」
同じく、双子もチャットに労いを掛けつつ、腰を上げた。にこりと笑い、双子へ感謝を述べるチャットを見て安心し、出口へと向かう。カナ―ルへの挨拶も簡単に済まして『réfectoire』を後にする三人。細い通りを避けてレザンの家を経由してそこから予てからの目的であるフルール宅へ向かう事に。その道すがら、ラパンの件が話題に上がった。何分、ランディにとって情報が少な過ぎて判断材料が欲しかったからだ。事と次第に寄っては、ブランに報告も必要であり、余りにも住人に対して執拗な暴力や言動、付き纏いが発生すれば、自警団が出張る必要も出て来るのだから尚更である。行動は、早ければ早い方が良い。
「さっきから気になってたのだけど、ラパンにちょっかいを掛けてる三人組の事を知っている事があれば教えて欲しいな」
「うーん。知っている事は、此処最近、近くの村から来てるって事かなー」
「酒場に出入りしている事とラパン兄の歳が二、三歳上くらいです」
「なるほど。そうなると、この町までの移動は、馬か馬車辺りだね。村に酒を出す店が無くて休みに来ていると見た方が良いようだ」
双子の証言を下にランディ自身も検証を始める。話を聞く限りでは、地元で遊ぶ場のない若者がわざわざ訪れているだけでさして問題は起きていない様に見える。恐らく具体的な被害を受けているのは、ラパンだけであろう。
「そんなに見ないからね。間違いないよ。大きなそうどうは、起こさないけど色んな人にからんでくるんだってさー」
「この前、シトロンさんはお尻を触られたって怒ってましたし」
「ちょっとした被害者は、分かっていないだけで何人かいるみたいだね」
少したちの悪い悪戯ばかりで自警団が出張るよりも親を呼びつけて叱って貰う方が良いのではとランディが思う程に下らない。これでは、対応に困る。此処で話をしているのでは、埒が明かないと判断したランディ。
「もしかしたらフルール姉が詳しいかも。色んな人から相談されること、多いみたいだし」
そんな考えが行き詰っていた最中にルージュから適格な提案があった。
「これで一つ、フルールの下へ行く理由が増えたね。俺たちも絡まれない様に用心しながら向かうとしよう。何せ、ラパンくんが被害を受けているから近くに居るかもしれない」
「はい!」
元々、向かう筈であったフルールの家には、さほど時間を掛けず、着いた。いつもの様にパンの香しい香りに迎え入れられながらドアベルを鳴らし、双子をエスコートしつつ、店へ入ると、見慣れたフルールの姿が。いつもの服装で相も変わらず、カウンターで椅子に座り、肘を付き、顎を手で支えて船を漕ぐ様までも。客を迎え入れる恰好ではないと、ランディは、視線で見咎めつつ、言って聞くようなタマではないので触れずに近づいて行く。
「こんにちは、フルール姉」
「来ちゃったー」
「フルール、こんにちは」
カウンター近くにまで向かいつつ、声を掛ける三人。
「あら、いらっしゃい。珍しいじゃない。騎士様を引き連れてご令嬢二人が来店何て」
双子が弁解をする前にランディは、先手を打つ。
「それは、さっきカナ―ルさんの所でも言われたよ」
「真っ昼間から『réfectoire』何て随分と豪勢ね! 聞いたらあたしも着いて行ったのに。それにしても貧相な護衛を連れていると、二人ともお里が知れるわよ?」
「確かに……それは、おっしゃる通り。ただ、単純に護衛としてなら実力は、折り紙付きさ。良く言うだろう? 能ある鷹は爪を隠すって。着飾っていたって駄目な時は、駄目なのさ」
「はいはい、御託は聞き飽きたわ。それで今日は、何の御用?」
ランディは、ちょっかいを掛けるも手をひらひらと振ってまともに取り合わないフルール。
「前もって父さんが注文していたけど、予約のパンを買いに来たんだー」
「ああ、そうだったわね! すっかり忘れてたわ、ごめんなさい。直ぐに用意するから待ってて。確か、厨房だったなあ……」
会話を聞いていたルージュは、苦笑いを浮かべつつ、足を運んだ理由を説明する。
「相も変わらず、慌ただしい子だよ、全く……」
「仕方ないよー。それがフルール姉だから」
「確かに」
「あれでも良い所はいっぱいありますから……」
こそこそと、鬼の居ぬ間に呟く三人。安易に此処で大きな声で言ってしまえば、機嫌を損ねて聞けるものも聞けなくなってしまうので慎重に。親しい仲ならば、相手の出方など、手に取るように分かる。スムーズに事を運ばせるならば、イレギュラーを避けて自然に会話を生み出した方が早い。
「忘れずにフルール姉が戻って来てからさっきのこと、聞きかないと……ですね」
「勿論だとも」
小さく両方の握りこぶしを肩の辺りに掲げて意気込むヴェール。その微笑ましい姿に思わず笑い掛けてしまったランディ。年下の妹が居れば、こんな感じなのだろうと勝手な塑像をしているのが目に見えて分かる様であった。
「遅くなってごめんね。はい、これが注文の商品よ。お代は……」
「ちょうど、貰って来てるよ。フルール姉」