第貳章 きっかけは、突然に 8P
春先に悩まされる者が多い季節病についてヴェールは、悩ましげに言う。都市部や鉱山等で発症する風土病とは、違って比較的軽症ではあるものの都市部、農村部関係なく、慢性的なくしゃみ、鼻水、目の痒み等が夏頃まで続く。
場合によっては、重症化する事もある。場合によっては、秋頃にも似たような症状を訴える者もいるのだが、原因の究明には至っていない。とある研究では、植物の花粉から由来する病の可能性が高いと言う話もある。
生憎、ランディは患わっていない為、患者の苦労を知る事はない。
「そうなんですよ! 酷くって、酷くって大変です。双子でもルジュは、平気なのに」
「ベルは、部屋の中で大人しく本ばっかり読んでるからだよ? 私みたいに朝からばんまでのはらで駆けずり回っていれば、ならなかったのに」
同じく、ルージュも双子ながら、患わっていないのでどこ吹く風の他人事だ。昔ながらの根性論を地で行くルージュは、助言も大雑把でヴェールには到底、受け入れられないもの。
「それは、それで別のびょーきだからいや」
真顔のヴェールは、眉一つ動かさずに首だけ振って答える。
「私がなんのびょーきだっていうのさ?」
訝しげに問うたルージュ。
「おバカっていう、つけるくすりもないふじのやまい」
「……言ったな!」
「言ったもんー」
ちょっとした言い合いに発展し、軽い靴音を奏でながら騒ぎ、追いかけっこを始める双子の背中を笑いながらランディは、やんわりと追いかける。あれだけませて振る舞っていても中身は、やはりまだ子供。あの二人を追いかければ、直ぐに着くだろうと、思っていた矢先。
双子が道の角を曲がり掛けた所で急停止した。いきなりの事でランディは、少し後方で止まって首を傾げる。何やら慌て顔で双子が角から小さな手招きをして来たのでランディは、小走りで向かって行った。一方、双子は屈んで何かをし始めた。
「ランディさん、手をかして!」
「どうしたん……これは……酷いな。ラパン、大丈夫かい!」
角を曲がると大柄な青年、昨日会ったラパンが壁に凭れ掛かって倒れている様だった。
良く見ると、顔には幾つか痣があり、服にも至る所に蹴られて出来た足跡や手には、掠り傷が覗いて見える。
「ラパンさん、気を失ったみたいです!」
「多分、アイツらだ――――ひどくやられてから帰る道すがら転んだみたい」
「怪我は、手当すれば、大丈夫。一先ず、運ぼう。ベッドで休ませてあげないと。彼の家は?」
「さっきの『réfectoire』です! ランディさん、運べそうですか?」
「頑張ってみるさ……よいしょっと――――」
ランディは、ラパンの脇から腕を入れて抱える。そして道案内を双子に頼んだ。
ゆっくりと歩き始めて所々で抱え直しつつ、元来た道を進んで行く。体格差もあって中々、運ぶのも難しい。加重により、軋む体を押してランディは、懸命に歩いた。
「私たちもささえるから頑張って!」
「はい!」
双子に手伝われつつ、程なくして店が近くまで見えて来た所で更に後ろから慌ただしい足音が聞えて来た。勿論、ランディは、運ぶので精一杯だったので気付く事はなく。
「ラッ、ラパン! 一体、どうしたって言うのよ!」
「えっ?」
いきなり三人の前に回り込んで来た少女が現れた。ランディもなすすべなく、成り行きを見守るばかり。ラパンへ近付くと、顔を頬さすり、体のあちらこちらを見て回る少女。
年頃は、ラパンと同じくらい。余裕のないランディが確認出来たのはそれくらい。一刻も早く連れて行きたい事を伝えたいものの、ランディは声を出すのも一苦労であった。一度、立ち止まり説明しようと、ランディが口を開いた所で代わりにヴェールが答える。
「チャット姉! 今、お家に連れて帰っている所だから――」
「あっ、ルジュ、ベル! 一体全体、どうしたの? また、ちょっかい出して来たの?」
「理由は、分からないですけど。それより手当を先にしてあげなくちゃ!」
周りで騒ぐ少女を宥めつつ、ヴェールが家に送り届ける事を伝えた。
「そっ、そうね……私、先に準備してるからもうちょっと、頑張れる?」
「うん、大丈夫だからカナ―ルさんにも伝えてあげて!」
「わっ、分かった! 宜しくね!」
嵐の様に終始慌ただしかった少女が去って行き、静けさを取り戻したランディ。やんわりと額に浮かぶ汗を拭いつつ、背中で腕を背負い直すと、またもや歩み始める。
「中々……慌ただしい――子だったね。まあ、協力してくれる……みたいだから助かった」
「いまは、たいへんだから後でくわしいお話をしますが、チャット姉は、ラパンさんは、おさなじみなんです」
「なるほど、理解した! ヴェール、ルージュ、もう少し頑張ろう」
「殆ど、ランディさんが頑張ってるだけだから私たちは、大丈夫なんだけどね」
「そっ、そうかい……」
双子の案内で店の裏手側に案内されたランディ。もう少しで着くと、気合いを入れ直し、ランディは、玄関前まで歩いて行った。勿論、運んで終わりではない。これからも介抱に助力したり、やる事は山積みだ。休む暇など、ない。
「待って居たわ、ランディくん。ありがとね、うちの子、連れ帰ってくれて」
「思ったよりも早くお邪魔して申し訳ないです。それで何処にお運びすれば?」
「奥に居間があって長椅子があるからそこに! もうちょっと、頑張って貰っても良い? 旦那が近所の配達で少しで払ってて男手が居ないもんでね」
呼び鈴を鳴らす前に扉が勝手に開き、中からカナ―ルが出て来た。ランディ達にねぎらいつつ、事情を説明して迎え入れるカナ―ル。表情に出ていないが、焦りが声から伝わって来る。子を心配しない親は、いない。重傷ではなくとも大事だ。
「チャットにもそこで準備して貰ってるわ。申し訳ないけど、まだ手が離せなくて手当は、あの子に任せてる」
「承知しました……」
玄関を横向きで入り、廊下を通って左側の扉に案内されてランディが入ると、暖炉の温もりと、例の少女が待って居た。少女は、暖炉の前で火を弄っていたが、扉が開く音に気付き、此方を向いた。
「お待ちしていたわ。此処へ!」
「ランディさん!」
「大丈夫――」
部屋を真っすぐに突っ切って暖炉前に置いてある長椅子へ向かうランディ。ゆっくりと、長椅子へラパンを横たわらせた。やっと、一息つく事が出来、ランディは肩を撫で下ろす。少女とルージュが傷の手当てを始めたのでその間に休ませて貰う事に。いつの間にか、居なくなっていたヴェールが何処からか、水を持って来てくれた。そして、ランディに水を渡すと、一緒になって手当に当たる。
あれやこれやと相談しつつ、三人で手際良く手当を進めて行く。人手は、足りている様なので暫しの間、傍観させて貰う事にした。様子見を兼ねてカナ―ルが飲み物を持ってくる以外、変わりはなく、落ち着いた時間が過ぎて行く。
「容態は、どうだい?」
手当が一段落していた所で容態をランディは、三人に確認した。
「幸い、怪我は打撲と擦り傷くらいで大事には……多分、傷を庇って帰って来た疲れが原因で意識がなくなったみたい。額にちょっとしたコブが出来ているのは、転んだ時に……でしょうね。良かった、大きな怪我なくて」
「安心しました。それにしてもひどいです……」
「やり方が汚いんだ。三人で寄って集ってからんでくるんだ。ちょっとでも気に入らないと直ぐに殴って来るってラパン兄、言ってた……」
それぞれ、室内に置いてある椅子に腰かけながら先程、カナ―ルが治療中に持って来た飲み物に手を付けつつ、話を始める三人。