第貳章 きっかけは、突然に 4P
髪型に気付言え貰ったヴェールは、嬉しそうにほんのり頬を朱色に染めると、俯きながら恥ずかしそうに礼を述べる。手入れの行き届いた茶色の髪に手櫛を入れて恥じらう姿は、いつもの少し背伸びした大人しい印象とは、うって変わり、年相応の女の子に見えた。
「ちょっと、ランディさん。ベルにあまあまでしょー」
鼻で笑いながら暗にヴェールへ気でもあるのではと言いたげな様子で冷やかすルージュ。
「勿論、ルージュ。君に待たされたからっておんなじだよ。そう言えば、君も今日は、靴がピカピカに磨かれているね」
「むっ―― 今日は、たまたまお手入れする日だから。特に理由はなし……」
抜け目なく、ルージュの出で立ちにも目を向ける事も忘れない。
「左様ですか。勿論、俺とて、ちょっとの変化に気付く位の観察眼は、あるのさ。まあ、それが気持ち悪いか、感心して貰えるかは、時と場合によりけりだ。今回は……」
「カンシンしたいけど、ちょっと気持ち悪いかな。ヘンなシュミの人とカン違いするよね」
「ははは……だよねー。さてと、戯れはこれ位にしておいて。では、お嬢様方、本日は僭越ながら俺がエスコートさせて頂くよ。宜しくお願い申し上げる」
予想通りの酷評に苦笑いを浮かべるも姿勢を変えずにあくまでも紳士的な態度で二人に接するランディ。今日は、やり過ぎ位が丁度良いのだ。折角のお出掛けに己のちっぽけな自尊心を優先して言い訳をして水を差すことは、宜しくない。道化は、あくまでも道化としてお道化続けなければならないのだ。
「やっ、やめて下さい! ランディさんにかしこまられる事ではありませんし! こちらこそ、よろしくお願いします!」
手を胸元で振り、慌てふためくヴェール。
「よろしくー」
「こらっ! ルジュ!」
「ふんーいきにのまれてきんちょーしてるベルの方が可笑しいでしょ? こう言う時は、シュクジョたるもの、堂々とするものではなくて?」
「うっ――良いでしょ! 私だって好きで緊張している訳じゃないわ」
「斯うしている間にも時間は、過ぎて行きますよ。折角のお出掛け日和が勿体ない」
「それもそうですね。早く行きましょう!」
一向に話が進まないのでセリユーがさり気なく、助け舟を出す。この場では、自分が弄り倒されて埒が明かないと察したヴェールは、さっと前掛けを叩き、気合を入れると、率先して廊下を歩き出す。弄り足りないと何処か物足りない顔をしたルージュもそれに従い、歩を進めた。その後を追い、ランディも歩き出す。何となく、ランディは、今日も長い一日になりそうだと思った。
*
「さてと、それで二人は何処へ行くつもりだったのかな?」
ブランの邸宅を離れて町へ向かう道すがらランディは、本日の予定を二人に問うた。恐らく、大凡の目途は、立っているだろう。今日を精一杯楽しもうと、勇み足で進む二人の後を追うランディ。微笑ましいと思う反面、双子が内心では、羨ましかった。
この町に来てから実際の所、他者の用事や都合に振り回されて自分の希望で外出をし、余暇を過ごす事などなかったからだ。勿論、見回りは見回りで自己の意思によって行ったものの、余暇の過ごし方としては、肩肘が張り過ぎている。もっと、自己主張が出来れば、やりたい事が見つかれば等と、脳裏に過ぎるも中々、行動に移せない自分が歯痒い。
二人が何やら、問い掛けに対しての答えを考えている間にランディは、ぼんやりと、今日も広がる青空を見上げてそこはかとなく燻る思いの答えを求めるも当然ながら答えが出る筈もなく。大きく伸びをして首を回すと、二人の話が始まりそうのだったので耳を傾ける。
「今日はね、ほんとは久々にウサギの罠を仕掛けるつもりだったの」
顔だけランディに向けながら微笑み、答えるルージュ。
「ほう……」
うっすらと、髭の剃り残しがある顎を撫で付けながらランディは、続きを待った。
「でも今は、まだ危ないからダメと父から言われたので予定へんこうです」
スカートをやんわりと、翻しながら振り向き、後ろ向きで歩きながらヴェールが続く。
「なるほどね、俺も同意見だ。他の大きな野生動物が餌を求めて徘徊しているから危険だ。もしかすると、冬の方が雪で足跡が分かりやすかったかも」
「たしかに。でもその頃は、必要なかったのです」
「元から飼っていたのかい?」
「六匹、飼ってたんだけどね。四匹、連れて行かれたんだ。だから新しい子を捕まえようと」
更に後頭部辺りで手を組みながらルージュは、ランディの問いに答えた。
「一週間前、とある名家のかたがおしごとの件で来たんです。その時、お父さんが休憩でお庭をご案内したそうです。そしてうちのうさちゃんたちが目にとまったと。何でもうさぎの楽園を作っているとか。うちの可愛いうさちゃん達を見るなり、是非ともうちにお招きしたいとおとーさんにお伝えしたそうなんですよ」
「それは、凄い……」
「大きなへいげんをまるまる買いとって周りは、他の動物が入って来られないように壁で囲んで夏は、風が入り込んで植えられた背の低い木々で涼しく、冬は、あたたかい土の中で過ごせるし、ご飯は毎日、与えられてのびのびできるとおとーさんから聞きました」
「とても素晴らしい楽園じゃないか」
「そうなんですよ!」
あからさまに胡散臭い話にランディは、疑問を抱くも悟られない様に相槌を打つ。
「おとーさんからその話を聞いてベルが特に可愛がってた二ひき以外を。絶対、パイにするつもりだったけど、ベルにそのまま伝えると、手放しそうになかったからおとーさん、嘘ついたと思う。ベルもベルだけど、おとーさんもたいがいよね」
一方、実情を察していたルージュが補足をし、ランディの疑問に答えた。十中八九、間違いない。本来であれば、正しいのは、食用として買い取られただろう。
「まあまあ……恐らくそうだろうね」
この年頃の地方に住む子供であれば、愛玩動物と小遣い稼ぎも兼ねてうさぎを飼っている事が多い。山や野原で通り道と思しき、場所に簡単な罠を仕掛け、根気よく待てば、捕まえられる。餌は、少量の乾草や野原の草花、野菜の木っ端で済む上、住処は最低限、厩の一区画さえあれば、問題ない。
まるまると、大きく育てば、肉屋や行商人に売り払えば、小遣いに。遊びの延長線上で子供の頃から自分の手で労働し、お金を稼ぐと言う一連の学びも出来る事もあって親も認めている。ランディ自身は、家の手伝いで小遣いを貰う事もあって育てる事は無かったが、他の家の子供達の育てているうさぎの世話を手伝ったりする事があった。
双子の場合は、そこまで金銭に拘る必要がなかったからか、愛玩動物として飼っていてそれを知らずにブランの得意先が仕事の件で訪れた際、案内された庭先でこれから先の付き合いを考えて機転を利かせ、うさぎを買いたいと申し出たのかもしれないと、ランディは、推察した。そして更にブランが、その意を汲み取り、了承して言い訳をしつつ、他の形で買い取り金を二人に還元したのであろうと予想する。
「ざんねんですけど、もっと幸せでステキなお家があるならとさよならしたのですが……いまごろ、ナヴェにシュー、パタト、ラディは、元気にしているかしら?」
恐らく、買い手が付くのだから丁寧に育てて居た事は、間違いない。もっと言及すれば、食用としては申し分がない程にまるまるとしていたのであろう。今頃は、既にパイやパテ、ローストになって誰かのお腹の中に納まっているに違いない。真実を知らないから尚更、ヴェールが不憫で仕方がないランディ。