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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅱ巻 第貳章 きっかけは、突然に
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第貳章 きっかけは、突然に 3P

「ヴェール、早くしなさいよー」


「ちょっと待って……私、変じゃない?」


「いつも通りよ、いつもどーり。おめめぱっちり、とんでも可愛い子ちゃんだからだいじょーぶ。町中を歩けば、誰もが振り向くわ!」


「ルジュは、女の子じゃないよね。ちょっとは、気にしなよ?」


「私は、フルール姉を見習っているだけよ。あの着飾らない感じが好きなの」


「ルジュ……あのね、聞いて。フルール姉は、何もしてない訳じゃないよ? 他の人から分からない様にしているだけで凄く努力してるんだから。いつものふんいきから分からない? たんじゅんそうに見えるけど、少なくともズボラなルジュとは、違うの」


「失礼ね。今みたいに必死で鏡を見てるベルとも明らかに違うでしょ?」


「私の事は、置いておいて! フルール姉は、ひんぱんに鏡を気にしなくても良い様にお化粧も自然な感じに。髪もお家で手入れし手ぐしで簡単に直るように準備しているのよ? 貴方とは、かくが違うの」


扉の内側では脈略なく、終わりの見えない会話が繰り広げられる。扉を隔てても尚、声の大きさの所為か、話の内容が大凡、窺える外の二人は、大人しく待って居た。元々、急ぎの用事ではないのだから時間は、幾ら過ぎようとも気にする必要はない。セリユーとランディは、それぞれで考えに耽り、時間を潰す。


「わたしは、髪も手入れがし易い様に短くしてるの。朝、みだしみをととのえるだけで十分」


「男まさりで女の子らしさの欠片もないだけじゃない? 少なくとも男の人にえすこーとして頂くのであれば、じょせいとしてのたしなみが――」


「ランディさんと遊びに行くのは、楽しみだけど。しんし扱いをするには、流石に程遠いよ」


「格好は、確かにいまいちだけど……じけいだんのひとよ? それだけでも尊敬に値するわ。ましてや、私たちは、助けてもらっているし」


終始、無関心で聞えない振りをするつもりであったが、セリユーは、苦い顔で「今の失言は、無かった事に。大変、申し訳ないです」とランディに言う。ランディは、己の衣服を苦し紛れに整えた後に小さく乾いた笑いを漏らしながらゆっくりと頷いた。そしてランディは、資金の目途が整い次第、服を買う事と髪を整えて二人にぎゃふんと言わせてやろうと心の中でひっそり誓う。


「ベルは、本当にそう言う所がかたっくるしいよね? 母様にそっくり」


「私のあこがれは、ずっとお母様よ。いつか、お母様みたいになるのが夢なの」


「確かに母様は、素晴らしい方だったけど、一つだけけってんがあるね。男の人の見る目がなかったわ、本当に。どうして引っかかっちゃったんだろうね」


「それは、同感」


目頭を軽く押さえながら肩を落とすセリユー。心なしか、先程まで皺ひとつない漆黒の燕尾服が煤けて見えた。己の仕える家庭の醜態を他人に知られるのは、やはり耐えられないのだろう。ましてや、『Chanter』筆頭の良家と言っても差し支えないのだから下手をすれば、この町の沽券に関わる。


ランディだから良かったものの、他の外地から来た官庁の役人や有力者であれば、鼻で軽く笑われるに違いない。


「普段は、仲が良さそうなのですが、いつもこの様な言い合いを?」


「日によりけりですね。但し、いつもお二人は、行動を共にされているからか、考えている事は、手に取るように分かるので長いお話は、殆どありません。恐らく、自然と自覚がない内に興奮を鎮め、己の緊張を解しているに違いないでしょうね」


少々の肩入れでランディは、小声で話を振ると力のない声でセリユーは、ゆっくりと答えた。伸び放題の前髪を弄りながらランディは、まだ気になる様で話を続ける。


「聞いている限りでは、仲の良い姉妹の会話で特段、興奮している訳でもあまり緊張している様にも思えない会話だったのですが……」


「傍から見れば、確かに。されども饒舌な会話程、気分の高揚が見え隠れするものです。今回のお嬢様方も会話の勢いから俄かに気持ちの高揚が見られます。人の行動には、何かしらの自覚があろうとなかろうと、要因が必ずあります。ランディ君の先入観として今の会話がお嬢様方の日常として捉えられるのでしょうが、そもそもお二人は、会話をせずとも阿吽の呼吸でお互いを尊重した行動します。それが崩れている今、前提条件として考えられるのが外的要因によるものでしょう」


「つまりは、俺が……」


「そうです。口では、照れ隠しでランディ君の容姿に触れましたがお二人が男性にエスコートされてお出掛けなど、ブラン様や私がほぼ占めていると言っても過言ではありません。同年代の男の子ならまだしも年上の男性に免疫がない思春期前の女の子としては、当然の仕草でしょうね」


幼少の頃から世話をして来た経験則に裏付けされた二人の行動理論が手に取る様に分かるセリユーならではの解説と言うべきか。大人気ない浅慮な見返しを考えていた自分を恥じて苦い顔をするランディ。


「勿論。だからと言って内緒話であれ、人様の容姿を非難する事は、宜しくないですね。思いがけずと言え、出歯亀じみた会話の盗聴をしている私たちも非がありますが」


だからこのお話はなかった事にとセリユーは、人差し指をそっと唇に当ててランディに目配せをすると、姿勢を正して静かに待つ。右に倣えとランディも同じく姿勢を正す。


「それでまだ終わらないの?」


「もう、終わったわ」


漸く、準備も整って扉付近まで足音が聞えて来る。静かな蝶番の軋む音と共に焦げ茶色の扉が開いた。双子の出で立ちは、普段とあまり変わらず。活発なルージュは、真黒の靴に茶色の七分丈のボトムス、紺色に染められたシャツと灰色のジャケットを。一方、ルージュは、靴だけルージュと一緒で後は、シックな黒を基調としたワンピースと真っ白な前掛け、チェック柄の肩掛け。


「おまたせしました、セリユーさん。あら、ランディさん?」


「てっきり、応接間でまってもらってるとおもってた」


「それ程、お二人の準備に時間が掛からないだろうと思って一緒に来て貰ったのですよ」


「ブランさんからの依頼だからね。寧ろ、率先して来たんだ」


ランディが居る事をやはり想定していなかった双子は、それぞれが驚きの反応を見せる。


「すみません、長々とお待たせしてしまって!」


「そうだよ、ベル。だから早くしなさいって言ったでしょ?」


「だって――」


大きな瞳を真ん丸にして慌てるヴェールと自分は、悪くないと他人事のルージュ。


「ヴェール、良いんだよ。淑女たるもの男は、待たせてなんぼさ。身嗜みにどれほど手間が掛かるか何て重々、承知の上。ましてや、俺との外出で気をつかって貰っているのであれば、尚更さ。俺は、そんなに甲斐性がない男ではないよ」


 二人の騒ぎがこれ以上、大きくならぬ様にランディは、大人の余裕を装って答える。


「因みに今日は、緩く髪を巻いたのかい? とっても似合っているよ」


そして更に間髪を入れず、話題を変えようとヴェールの出で立ちに触れた。


「あっ、ありがとうございます……」

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