第壹章 自警団会活動記録〇一 20P
「何もそこまでやる義理はないだろう?」
血相を変えてランディの服を掴み、止めようと試みるルー。されど、心の何処かでは分かっている。最早、止まらないであろう事を。
「それに俺は、これが話題作りの絶好な機会だと考えているんだ。ブランさんから課せられた課題をクリアするにはこれ位しないと駄目なんじゃないかってね。今日の出来事で何か落ちが付けばとっても面白いなってずっと考えてた。それが、今まさに到来したって所。ルーが乗り気でないなら俺一人で罪を被るから安心して良いよ」
優しくルーの肩を叩き、笑うランディ。
「君、意外と打算的になるよね。賢いと言うか、合理的と言うべきか……何にせよ、仕方がないな。一枚、僕も噛まない訳に行かないだろう?」
「此処からは自己責任だよ? 勿論、この恩は返すつもりだけど……」
「そのしおらしさも含めて打算で考えてやっているならば、君は大物だよ」
「そんな訳ないじゃないかー」
「毒を食らわば、皿までだよ。やってやろうじゃないか」
意を決したルーは、真顔で頷く。
「ごめん、お待たせしたね。それで話の続きだけど、僕たちはこの葉っぱを売って稼いだんだけど、あまり大ぴらに出来ないんだ。最悪、俺たちが叱られてしまう可能性がある。だからあくまでも秘密にして欲しい」
「そうなんだー、分かった。でもそのはっぱ、すごいんだね。なんでうれるの?」
「お酒や煙草に近いかな? これを燃やしてその煙を吸うと気分がふわふわするらしいんだ。でも体にあんまり良くないから使うのはお勧めしないよ」
「なんだか、こわいー」
「僕たちも売るだけで吸いはしないなー」
クリュッシュが興味を持たないように努めて面白味がない事を説明するランディ。
「それって、わたしもあつめること。できる?」
「いや、特別な方法で売り買いしてるから出来ないよ。ここら一帯の山にも生えていないしね。遠い所のきちんと畑で育てた物なのさ」
「へぇー」
正直に言えば、本来は何処にでも自生出来る植物ではあるが敢えて農作物と同じイメージを持たせる事で更に己とは、程遠い物である事を強く認識させる。
道を外さない様にする為の保険だ。折角の人助けももし、自分がきっかけとなり、誤った道へ進んでしまったのならば寝覚めが悪い事、この上ない。
「それでクリュッシュちゃんには、お父さんやお母さんが納得する理由を考えて渡して欲しいんだ。何でも良い。例えば、自分の持ち物を売りに行ったらその中の一つ。綺麗な石がとても高く売れたとかね。そこはお任せするよ」
「うん! だいじょーぶ、しんじてもらえるようなおはなしするよ」
「頼んだよー」
ランディは、手を差し出し握手を求めて小さな手も当然ながらに応じる。
「そら、百ルボロ。お貸ししよう」
「ありがとう! ……でもいいの? がんばるけどわたし、おじさんみたいにかえせないかもしれないよ?」
「その時はその時さ。一緒に考えよう? 僕たちはきちんと仕事をしてるし。元々、無くても困らないお金だから親御さんと力を合わせてゆっくりちょっとずつ返してくれればそれで良いさ。だから安心して使っておくれ」
似合わない難しい顔して悩み始めるクリュッシュと同じ目線になるようにしゃがみながらランディが優しく諭す。
「……わかった! ならね。もしもだよ? もしかえせなかったら……わたしをあげるね! わたしがおよめさんになるよ。だってらんでぃーさんは、ひとりでしょ? わたし、おかーさんみたくきれいになるし、おりょうりやおそーじ、おせんたくもおぼえるからとってもいいとおもうんだ!」
晴れやかに笑う少女からの少し羞恥心の混じった高い声色の提案にランディは、度肝を抜かされた。予想すらもしなかった提案であれば致し方あるまい。
「それはとても在り難いお話だけど、君が大人になったら俺はとっくにおじさんだよ」
「わたし、としうえのひとがすきだからだいじょーぶ」
「りょーかい、りょーかい。でもそれは、最終手段として取って置こうか」
「ああー! うそだとおもってるでしょ? ほんとだかんね!」
どうせ、子供の言う無茶苦茶だと話半分に答えるランディと邪険にされて怒るクリュッシュ。そして今までとは、打って変わってルーが事態の収拾に掛かろうと間に割って入る。
「まあまあ、二人とも。落ち着いて、落ち着いて。因みに。僕は、何もないのかい?」
「るーは……もうむりだからあきらめてー」
「無理ってどういう事さ?」
「むりなものはむり、それだけ。そのかわり、おてつだいはしてあげるよ」
「それはどう言うお手伝い? もしかして相手を紹介してくれるのかい?」
「ううん、ちがうよ。えんむすびのおてつだい。もう、いえないよ! ひみつだからね」
意味深長な少女の発言に首を傾げるルー。恐らく昼間の教会と同じ話題であろう事をランディは、静かに察した。
「教えておくれよ。うん? ……もしかして僕に惚れてる子でも居るのかい?」
「ぜったいにいーわーなーい」
「そう言わずに! 是非とも」
「いーわーなーい」
縋りつきそうな程にしつこいルーを両の手で払いつつ、クリュッシュは、顔を背ける。
「さてと、そろそろお開きにしよう。親御さんも君が居ない事に気付いて探し始めているかもしれない。気を付けて御帰り」
「家は、この通りを行った直ぐだから見送りは、大丈夫かい?」
「うん、だいじょーぶ! ほんとうにありがと! ランディさん、ルー。また、あしたね!」
「また明日」
「お休みー」
当然の事ながらもう子供が出歩いて良い時間帯ではないので家に帰すべきだ。
帰りの挨拶も早々に早足で家路につく小さな後ろ姿を見送る二人。かと思えば、直ぐに身を翻して何やら忘れ物でもしたのかクリュッシュが戻って来る。戻って来るなりランディへ無言でもっと近づくよう手で合図をする。何も考えずに何か話があるのかと耳を傾けつつ、屈んでみれば、頬に口づけを一つして恥ずかしそうに笑顔で手を口に当てると走り出して行ってしまうクリュッシュ。あまりにも目まぐるしい、本当にあっという間の出来事でランディは、思わず放心してしまう。隣のルーは、笑いを隠せずに無抜け面のランディの肩を叩き、言う。
「最後に何よりも代えがたいお礼が貰えたね」
「……中々、積極性があって驚いた。将来は、利発的な女性になりそうだよ。男を手玉に取る行動も心得ているようだし……十中八九、親父さんの影響だろうね」
「マルトーさん、クリュッシュには甘々だよ。そりゃあ、あんな事もさらっと出来るようになるさ」
「左様ですか。では。本日、恐らく最後であろう人助けも完了した事だし……行こうか」
「飲みに行こう……本当に疲れたよ、今日は」
二人して大きな溜息を一つ。その後、直ぐに歩き始めてやっと肩を並べて酒場に足を踏み入れたのであった。勿論、その後の顛末は明らか。飲み始めて一刻もしない内に町の屈強な男衆に囲まれて連れて行かれたランディとルー。以上が、今日一日で起きた出来事。
ちょっとした出来事が繋がり、起きたとは、この町の誰が想像出来ただろうか。嫌、誰も出来まい。不可逆的な連鎖の中でよくも選択肢を間違えず、阿呆の見本の様な答えを見つけられたものだと。そして本日の教訓があるとすれば、一つ。
過ぎたるは、猶及ばざるが如し。