第壹章 自警団会活動記録〇一 19P
「親御さんは、きちんと立て直しが出来る算段を立てているのだろうけど、それまで過酷な環境の中で持つか……」
「ある日、近くの貴族が御曹司のお嫁さん探しで大々的な舞踏会を開いて町の娘を全て呼び、その中から選ぶみたいな幸運があれば救われるのだろうけど……」
「そのおとぎ話チックなサンドリヨンを現実に期待するのは、難しいでしょ。百歩譲ってこの子が可愛らしいのは認めるけど。まだ、そんな年頃じゃないし。そもそも……何年掛かる話? 最初の話に戻るけど、その前に少なくとも親御さん達は、きちんと立て直しが出来て迎えに来てくれるから御曹司はお呼びじゃないね」
「だよねー」
度々、脱線する二人の会話。勿論、主に想像力逞しいランディの所為ではある。但し、少女の抱えるの案件は、現実逃避をしたい程に聞けば、聞く程に状況が芳しくない事は分かった。中々、一筋縄では行くまい。
「おばちゃんはやさしいからあんしんしてあそびにいってらっしゃいって、おかーさんにいわれた。あと、おとーさんはおうちのおてつだいがちょっとだけあるかもしれないからがんばるんだよって。ばーちゃんとはかならず、みんなでここにかえってこようねってやくそくしたんだ。だからがんばるよーわたし」
「うーん……」
思わず、口元に手を当てたランディは少女の健気さにあてられて涙腺が崩壊寸前。
「だからるーにはさびしいおもいをさせちゃうね。わたしがいなくてだいじょーぶ? きちんとやってける?」
「少なくとも僕は、クリュ。君がちょっとでもこの町から居なくなるのが寂しくて仕方がない。その親御さんから受け売りの悪口と可愛い笑顔が無くなるなら絶対にやっていけそうにないよ」
ルーは、クリュッシュの冷えた小さな手を握って精一杯の笑みを浮かべて答える。暗に引き止めて欲しいと言うSOSである事は伝わって来た。
「るーはおとなでしょ? こどもみたいなこといわないの」
「これは、一本取られたなー。はははっ……は」
後は、今日の幸運が何処まで彼女の窮地に救済を齎すか。出稼ぎに出なければならない金額だ。もしかすると、今の金額では、足らないのかもしれない。足らなければ、ローブに催促しても良い。ブランへこの前の事件を傘にとって恩着せがましく、融資の話を取り持つ事も出来る。此処まで来たら二人は、何でもやるつもりだった。
「因みにそのお金の額は、幾ら程か、お家の誰かに聞いていないかい?」
「ひゃくよんじゅうるぼろだっていってた。おとーさんは、頑張れば、すぐにかえせるって」
心配は杞憂で終わる。今日の幸運は、少女の不幸を救うには十分だった。
「俺としては、この機会を逃す事は、出来ないね」
「十分に褒められる使い方だと思うよ、僕も」
「話の持って行き方は任せて」
「ごめん、それは不安だから嫌なんだけど……」
「大船に乗ったつもりで構わないよ」
「はああ……」
あからさまな泥船への誘いにルーは、先の展開が見えて辟易する。これまでの経験上、ランディの行動ならば。態々、大きい話にしなくても進んで派手にしたがる。
悪戯っ子の様に瞳を輝かせるランディには今、そこはかとなく問題が起きそうな気配が。
「さっきから二人してこそこそお話してるけど。いいかげん、しつれいじゃなくて?」
林檎色の頬を可愛らしく膨らませて拗ねるクリュッシュを見て二人は思わず頬を緩める。
流石に吉報を伝えるとしても相手を待たせる事は、失礼だ。ルーは一先ず、ランディの話に乗ってみる事にした。最悪、寸での所で止めれば良いと甘く考えていたものの、この甘さがそもそも間違いの元である。
「確かに。立派な淑女の前で無礼な態度は、申し訳なかったね。実は、ランディとある相談をしていたんだ。君に良い話があるんだけど、ちょっと聞いてみないかい?」
ルーは、努めて顔に爽やかな笑みを称えて怪しさなど、これっぽっちも無い様に演出しつつ、話を持ち掛ける。
「うん、きいてみる。なになに? おかし、くれるの?」
「いやいや、違うよ。俺たちは、君に百四十ルボロ貸し出せる用意があるんだ。どうだい?」
「うそだー! るー、このまえもやすげっきゅうでつらすぎるとかいってたじゃん。らんでぃさんはわからないけど、おとーさんでさえ、よういできなかったのにむりでしょー」
「ほらほら、これが証拠。これで信じてくれるかい? 今は百しかないけど、近日中に残りの四十ルボロも貸し出せるから安心してね」
現金の入った紙袋を徐に取り出し、クリュッシュに中身を見せるランディ。傍から見ても怪しげな融資の話だけれども事が事だけにしかも急を急いであるのならば致し方がない。
「ほんとだー! すごい、すごい! でもどうやって?」
思わず立ち上がると飛び跳ねて大喜びするクリュッシュ。されど、冷静になって小首を傾げて純粋に金の出所へ興味を示す。此処で真っ当に今日の出来事を一からきちんと説明すれば、良いのだがランディはさも楽しげに敢えて間違った方向へ突き進む。
「クリュッシュちゃん。此処からは、秘密で頼むよ? 約束、出来る?」
「うん、するする!」
大きく頷くクリュッシュと悪戯っぽくにやりと笑うランディ。二人の話が進むにつれて雲行きが怪しくなり、所謂、仕事中に使う愛想笑いがどんどん剥がれ落ちて行くルー。
「実は俺たち、この葉っぱを売って稼いでいるんだ。それで大儲けしたんだけど、使い道に困っていてね。人助けで使おうかって二人でさっきから話していたんだ。丁度、良かったよ」
「ランディ、ランディ!」
「ちょっと待って居て。ルーがまだ話したい事があるそうだから」
いきなりの事でルーは、思わず、ランディへ待ったを掛ける。ルーの額には少し汗が光る。明らかに気温の所為から来る生理的な物ではなく、冷汗だ。ランディが話し始めたのは、巷で跋扈している強い中毒性を齎す薬物取引の件だ。嘗ては、治療用。主に鎮静効果が期待される良薬として扱われ、それぞれの国々の歴史に深く携わっていたが、昨今は、その中毒性と後遺症が危険視され始めた。
経口では特にそう言った症状が現れる事がなく、また、遠い海の向こうの国では、種を調味料として繊維を縄として使用する事も。されど時流は、経て吸引して使用すると使う度に摂取量が増える強い中毒性と幻覚症状。果ては、呼吸器系の疾患や人格変容等、危険を伴う誤った使用としての認識が増えた。現在、王国では禁止薬物としての認識が増えて運動が起きている。また、使用禁止を国際的な条約として定めようと言う動きもあり、法整備が進み、特に王国では、後数年内に使用禁止の本格的な法の制定に向けて準備をしている。勿論、『Chanter』でもこうした、世の情勢に反して者を許しはしない。
「大丈夫だって、ルー。こんな話は直ぐ調べれば、分かるような嘘だから大事になっても事情を説明すれば問題ないよ」
「絶対に一度は、問題になる過程を作る必要ないでしょ!」
「現状、何の罰則もないから捕まったとしても罪に問われないさ」
「いや、この町で販売を行った者は、直ちに拘束されて再教育と言う名の拷問に掛けられるのさ。一時期、この町も相当に痛い目を見たからね」
「どっちにしろ、公になれば僕たちだけじゃなくて色んな人を巻き込む羽目になるんだから良いじゃん。町の中も騒めき立ってあの子の家も居づらいだろうから尚更、俺たちが散々、叱られて恥をかくとしても話を複雑にして混乱させれば、収束し易いだろうさ」
楽観視したランディは、さらっと言う。