第壹章 自警団会活動記録〇一 17P
「そうそう。備品でちまちま散財するか、上手い話に乗って磨るか、もう目に見えているから余計に嫌だよね。そう言う大胆な行動が出来る人と言えばノアさんだけど、あの人だけには渡しちゃ駄目だと思う。遠征だとか言って王都の風俗街やら賭博場、飲み屋を制覇しに行くこの世で一番下らない使い方をして終わるのがオチだ」
現状の中で思いつく限りの最悪な結果を並べ、自嘲する二人。折角の好機も自分達で活かし切れない何とも歯痒い思いだけが先行してしまう。その悔しさも苦笑いで誤魔化すのが精一杯。勿論、好機を生かすも殺すにも歳は関係ない。誰しも先ず初めにやりたい事がある者こそ、生かせるのだ。更に言えば、仕事や日常において当たり前の様に好機を与えられる先駆者達は共存しているからこそ、好機を好機と考えていないだけだ。
「まあ、それもそれで面白いけど。叱られるのも嫌だし。何より、僕はせんせいを落胆させるような事は出来ない。これだけは絶対だ」
さらりと金色の髪を撫で付けながら真面目な顔をしてルーは恐らく一年に一度あるかないか。思わず、ランディが驚く程の殊勝な事をのたまった。
「良かったよ。実はノアさんと結託して最悪な結果を齎す可能性があると危惧していたけど、やっぱり最後に崩せない良心って誰にでもあるんだね」
「さっきもそうだけど、ちょくちょく君もさり気なく毒づく事が多かないかい! 出会ったのは最近とは言え、最初の頃の君、それは、それは優しく純真だったよ?」
「少なくとも言わせるだけの理由があるルーが悪いと思ったことはないかい? はっきり言って今日だけでもどれだけの人間を煽って怒らせれば気が済むんだ」
今日だけでも一緒に行動をしてどれだけ心労を重ねたか、出来事の例は枚挙に暇がない。
誰に対しても不遜な態度を取っている事は想像に難くない。今日は出会った相手が良かったものの、もし腕に自信がある者でも当たれば、乱闘は必至だ。少なくともランディが隣に居れば、負け戦はないと踏んでいるのだろう。そうでなくとも色々な手段を講じて普段から事を治めているに違いない。「心の純粋さが如何せん、足りないんだよ。君は」と言いながらランディは鼻を鳴らしながら少しだけ憤慨する。
「そーうーゆーう、暴論は良くないな!」
「いや、これは誰しもが正論だと肯定してくれる筈さ」
「いいや、違うね。僕は自分に嘘を付かず、ありのままに生きているだけだよ? 勿論、人さまが僕の行動を見てどう考えているかは分かるつもりさ。でも欲望へ忠実に生きるって一番、純粋だとは思わないかい? だって動物は理性でなく、野性を重んじて生きているんだよ。ならば、単純な食欲、睡眠欲、性欲を優先する僕は一番、純粋でこの世界に生きる生き物として十分だとは思わないかい?」
言葉を重ねて少しずつ論点をずらし、自分の有利に話を進めようとするルーの目論見も全てお見通しのランディは呆れつつも反論する。
「単純な生命の営みとしての域で評価するならば、間違いなく君は欲望に忠実で純粋な生き物だと言っても過言ではないかもね。だけどさあ、無駄な狡猾さと下種な発言、日頃の行いを見逃される事はない。宛ら、君はアプローチが違うけど、私生活に限っては他人を軽んじて結果誰にも相手にされなくなった童話の狼少年となりつつあるよね? 少なくとも今は仕事に忠実なもう一人の君が居るから見放されないけど、それを盾に驕っては駄目だよ。世界として社会として種族として国として町として集団性を重んじるヒトとして生まれ落ちた君にはどうしても他者との関わりを重視しなければならないのさ」
「うへっ―― 以後、君と討論は絶対にしない事にする。此処までコテンパンにされたらぐぅの音もでないじゃないかー」
「俺も只の揚げ足の取り合いだって抜かりはしないさ」
大金を得て浮き足立っているように見えても無駄な討論が出来ている時点で二人には余裕があるのだろう。例え、言葉にせずとも最善の策は金には一切、手を付けずにそのままにして返せば良いと言うのが二人には暗黙の了解としてあるからだ。
何にせよ、寒空の下で結論を出しにくい議論をした所で何も良い答は出ない。おまけに疲労や空腹により、体力に限界が近づいていた二人は重い足を引き摺って飲み屋への道を進む。最早、一刻も早く暖かい店内に入ってほっと一息つきたかったのだ。
石畳の緩やかな傾斜を上りつつ、目的の店の目と鼻の先でランディとルーは奇妙な出会いがあった。それは。
「うん?」
「ルー、どうしたの……さあ? あれ?」
「分かった?」
「うん、理解した」
見れば、民家の軒先で丸い小さな物体がある。いや、居ると言うべきだろうか。丸い物体は茶色の毛皮を身に纏っており、大きさはランディの膝ぐらい。時より、もぞもぞと動くその様は生き物であるに違いない。寧ろ、その毛皮の先からちょこんと覗く黒い靴で人の子であると分かった。
はっきり言ってこの時間帯に迷子の可能性はあり得ない。何故ならば、この町の子供はきちんと自分の家の場所を把握しているし、こんな夜遅くにまで外に居る事は親が許さないのでほぼあり得ない。少なくともまだ肌寒い今の時期にもしかすると飢えた野犬が迷い込んでいる可能性があるにも関わらず、親が外に放り出す事も御使い等を頼む理由も皆無。この町に移り住んでから日が浅いランディですら見かけた事はないし、ルーから見れば尚更、異様な光景であるのは間違いない。
「見間違いでなければ、あれは子供だよね?」
「大丈夫、君の疲労による幻覚ではないと僕が保障しよう。もしかすると、何か心霊現象的なものかもしれないと言う可能性も捨てきれないけどね。因みに万が一、幽霊とかの場合は僕、何も出来ないから宜しく」
「いや、俺も同じだよ。何にも役に立たない」
震えながら何とも大人気ない会話をする二人の姿は実に情けない。誰しも自分の理解を超えた現象に恐れを抱くのも仕方がないが、此処まで表に出してしまうのは男としても大人としても失格だ。
「大丈夫。君、普段からきちんと馬鹿真面目に礼拝へ参加しているのだから何かしらの加護が在る筈だよ。折角の休日なのにエグリースさんの只管、長い説教を聞いて貴重な時間を無駄にしているのだからね。それ位、得があっても可笑しくない」
「ルー。今、君は俺だけでなくエグリースさんやきちんと礼拝に参加している方々、全員をさり気なく、堂々と馬鹿にしたよね? 今の言葉、絶対に忘れないよ!」
互いに服の袖を握りしめて相方を逃がすまいとするランディとルー。
「今回ばかりは言わせて貰うよ。これは町の人の総意で間違いない。さっきの君の言葉を借りるなら他者との関わりを重んじる……だっけ? 周りからどう見られているか、君も気にした方が良いよ。少なくともほぼ町民全員は礼拝に出る奴を馬鹿にしているね。その最もたる例として君にとっての身近な人を上げるならば、フルールだし、昼間のがきんちょ達も散々、言ってただろう? 集団では時より、正しさよりも合理性が優先されるのさ」
「ぐぬぬぬ……良いさ! それでも俺は、きちんと行くもん。何時か、必ず報われる日が来るからさ。その審判の日を待つが良い」
「根拠はないけど恐らく、君の言う終焉の時にラッパを吹く天の使いはさぞ間抜けな顔をしているだろうね。もしかするとその吹くラッパさえも忘れて来るに違いない」
最後にルーが纏めた後、同じタイミングで溜息を吐く二人。下らない話をして互いに勇気を奮い立たせた二人はゆっくりと子供へ近づき始める。
「今日はとことん、何かある日だ。ちょっとだけもう今日は何があっても驚くことはないだろうと高を括ってたけど、最後の最後で恐怖に慄く事となるとはね」
「ほら、気を引き締めて行くよ。何か事件が絡んでいると非常に不味い」