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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅱ巻 第壹章 自警団会活動記録〇一
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第壹章 自警団会活動記録〇一 13P

柔らかく微笑むヴェールの心の清らかさにランディは胸を打たれて密かに尽力しようと誓う。何の事はない。店番をしていれば自ずと色々な町民に話が聞けるし、配達に向かえばもっと情報網は広がる。古株のレザンにも話は聞けるし、勿論だがルーにだって話を聞く伝手は山ほどあるのだからこの町の民が持ち主なれば、届けられる可能性は大いにあるのだ。


「さてと、ヴェール。そろそろ、迎えに行ってあげた方が良いんじゃないかな? 直に日も暮れる。二人の帰りが遅いとブランさんも心配してしまうだろう」


「あっ! すっかり話し込んでしまって忘れてました。急いで帰る事にします。今度また、ゆっくりお話したいです。今度はランディさんのお話をもっと聞きたいです」


「詰まんない俺の話であれば喜んでしよう。気を付けてお帰りー」


「では!」


やんわりとスカートをたくし上げて会釈をすると、弾かれた様に町外れの原っぱに駈け出して行くヴェール。あっという間に小さくなって行く背中を見送った後、ランディたちは歩き出した。思った以上に話が長くなり、気付けば家々の明かりがぽつぽつと付き始め、町の篝火も灯っている。このままでは夜が更ける。生憎、二人は洋灯の持ち合わせがないのでこれ以上、暗くなってから篝火の少ない街壁に向かうのも宜しくない。


自然と足早に目的地へ向かうランディたち。


その急ぎの道すがら、ルーが不意に歩みを緩めて考え始める。


「無理に今日一日で見回りもする必要はないからあんまりにも遅くなるようであれば、これ位で切り上るのも得策じゃないかな?」


明らかに疲労の色が顔に見え、草臥れた様子のルーは言った。


「確かに……」


同じく、無精ひげが生え始めて無駄に精悍な顔付きになっていたランディも同意する。


一日中、町中を練り歩いて話を聞き、今後の対策を考えていれば確かに疲れが出るのも仕方がない。現状、探せばきりがない課題に対して焦っても対応には時間が掛かるのだから無理は宜しくない。ある程度、指針も出来たのであれば成果はあったと言える。先にも話はあがった通り、何よりも大切なことは継続だ。最初にやる気を出し過ぎ、燃え尽きてしまっては本末転倒である。


「まあ、今日はこれ位にしとこう。残りは次回に持ち越しだ。さっさと飲みに行こう。真っ白い泡がたった麦酒は僕たちを待って居るよ」


途端にやる気のなくなった二人は回れ右をして元来た道を戻り始める。


「今日は飲んで明日に備えよう。疲労感のお陰で酒はさぞ美味い事だろうね」


「勿論だとも。ウヰスキーでゆっくりと言うのも悪くないな」


「お腹が減ってるから俺は麦酒が良いや。ウヰスキーだと食が進まないから」


「逆に僕は炭酸が強くって直ぐにお腹がいっぱいになるんだ。元々、食が細いから食事中は専ら蒸留酒系か、葡萄酒。麦酒は騒ぎたい時だけって決めてるんだ」


先程までの真面目さは何処か行ってしまい、下らない話に没頭し始める二人。


頭の中にはもう酒しかない。


「俺は最初にご飯と一緒に麦酒を流し込んである程度、満腹になったら重い酒に行くよ。葡萄酒は駄目、どうにも舌が馬鹿だから相性が悪い。渋さと酸味のお陰で一、二杯飲めば良い方。白をちょっと、付き合いで飲むくらいだ。蒸留酒でもジンも駄目。カクテルにしてもあれの良さは一生、分からないと断言出来る」


「ご飯の好き嫌いなく、何でも食べるのに酒の好みはやけに極端だね」


「元々、酒は得意ではなかったんだ。好んで飲むようになったのは最近だよ。飯は家業も食に関わってたし。何よりも悲しいかな、訓練中の細やかな楽しみはご飯と睡眠だけだったから。特に行軍訓練中は必死だったよ。兵糧は固いライ麦のパンと少量の塩と飲料だけ。後は現地調達が常。体力温存の為に狩りは時々、釣りをしたり、食べられる野草を探したりとか……普段の生活が如何に在り難いか思い知らされた」


「ふーん、随分と涙ぐましい話だね」


「全然、同情してくれている気持ちが伝わって来ないけど良いさ。そのお蔭で少なくとも俺は何時何時、野に放たれたとしても生きて行けるからね」


さして自慢出来る話でもないが、ランディは胸を張る。そんな日は来ないだろうとルーは呆れつつも「凄い、凄い」と相槌を打つ。


「それはさて置き、どうして君は酒に興味を示し始めたんだい?」


「知人に蟒蛇が居てね。そいつによく付き合わされる様になってからだよ」


「まあ、きっかけってそんなもんだよね。聞く方が野暮だった」


酒が酒飲みを作るのではなく、酒飲みが酒飲みを作るのは何処でも共通だ。勿論、一人酒も悪くないが矢張り誰かと飲んでこそ張り合いが出るものだし、楽しみが生れるのだから。


「後は話を蒸し返すけど、この前は葡萄酒を美味しそうに飲んでたよね。あれは大丈夫だったのかい?」


「吐く前に酩酊したからかな。心穏やかではなかった事と疲れで味覚が可笑しくなってたんじゃない? 今、同じことをやったら多分、お手洗いに籠って出て来れなくなる」


「左様ですか」


ランディらしい理由で苦笑いが漏れるルー。同時に憐憫と茨の道へと誘った後悔が胸を突く。そしてよく此処まで立ち直れるように導いたレザンの手腕に驚嘆するばかりであった。


人知れず、気まずくなったルーは話題を変えようと周囲に目を向ける。その際、開けた視界の隅に此方へと向かって来る馬車が見えた。


「おっ、あれは……」


「どうしたんだい?」


意外な登場人物にルーは驚いて呟く。呟きに惹かれ、ランディも馬車へ注視した。


馬車馬の蹄鉄と石畳の織りなす軽快な音が近づく。歩調は近付くにつれてゆっくりとなり、ランディたちへ横付けするような形で止まった。


黒塗りの飾り気がないシンプルな箱馬車で窓掛があり、中の様子は窺い知れない。二頭の馬車馬は暗がりで断言出来ないが、尾の位置が高く体に対して水平に付いているので王国原産の『attelè』だろう。御者は黒い外套を羽織っており、無言で正面を向いたまま。顔もハンチング帽の陰に隠れて見えない。箱馬車だからある程度、地位のある人間が乗っている事は間違いない。ランディはおずおずと身構える。


一方でルーは緊張など無縁の涼しい顔で乗っている人物が窓掛を開けるのを待って居た。


ゆっくりと窓掛が横にずれて中の様子と乗っている人物が現れた。


淡い橙色の照明に照られた車内は木目をそのまま生かした茶色を基調としており、置物はない単調な内装で黒い優美な革張りの安楽椅子に座するは年を召した女性。艶のある白髪をシニョンで纏め、強い意志を感じさせる碧い瞳。色白で皺はあるも凛とした淑女の雰囲気は損なわない顔立ち、化粧は薄く、そこにも品の良さを感じる。


何よりも首元からしか服装は見えないが灰色の質素なドレスも優雅さを醸し出していた。


ランディは一筋縄で行かない人物だと察した。


「こんばんは、先生。よく僕だと分かりましたね」


「こんばんは、ルー。この町の若い子は殆ど顔見知りだから取り敢えず、止まらせただけよ。流石にこの暗闇じゃ、セリュも誰かまでは判別できないわ」


先のヴェールとは違い、恭しく挨拶をするルーに物腰柔らかな声で返す老女。


そこに余所余所しさはなく、親しい間柄と言うことは分かる。


やはり、ルーの話し方は仕事での応対に近く、この町の重鎮であることを裏付けさせた。


「それにしてもお久しぶりです。ご機嫌は如何ですか?」

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