第壹章 自警団会活動記録〇一 12P
人差し指を振りながら胸を張ってちょっとした非日常な今の所以を語るヴェール。二人から垣間見えるいつもの子供っぽさを払拭したいのか、妙に大人っぽさを演出しているつもりでもそこにはちょっと背伸びをした女の子しかいない。
「時にはそれぞれ二人がやりたい事をやる時間を作ってるんです。嫌々、気乗りしないのに相手に合わせるのは良くないですし。結構あるんですよ、こう言う事って」
「ふーん、意外だった。姉妹なのに個性があってそこまで違うのも面白いよね。それに互いの不得意なとこを補い合えるって素敵だ。兄弟ってどっちかが優秀でどっちかが平凡みたいな感じ結構あるよね。俺の場合は姉貴が優秀だったから。何でも出来る姉貴で助け合うことなんてなくて殆ど、姉貴に助けて貰ってばっかりで申し訳なかったよ。勉強もそうだし、足も速かったなー。多分、大きな目標って奴。今はやっと追い着いた感じだ。俺にとっての兄弟はそんなもん」
「そうなんですか……。人それぞれで色々と兄弟の感じが違うのも面白いですね。勿論、お互いがお互いに好敵手です! ランディさんみたく、目標としてではないですが、どっちもお互いに負けたくないので。文武両道って訳ではないのですけど、運動も勉強も好き嫌いしないで苦手なこともやります。根が負けず嫌いな所だけは同じなんです」
「お互いに切磋琢磨、励み合って良い方向に持って行けるんだ。なるほどね」
「ただ、その負けず嫌いが拗れて度々、喧嘩を起こすのが玉に瑕だけどね」
「むむむ……。いちいち子供の喧嘩に目くじら立てるのは大人気ないと思います!」
「まあまあ、何事も程々が一番だよね。ルーも合う人合う人に喧嘩を売るのは良くないよ? 例え、それが本当の事でも俺たちの見回りには町の人に安心を与えて理解を得る事も目的の一つだ。これじゃあ、いつまで経っても始まらないよ」
「いえ。元々、私がルーさんの言葉を真に受けた事が間違いでしたので……」
「ごめんね」
「時々、大人しい君の口から繰り出される毒舌には驚かされるよ」
「少々、オイタが過ぎやしないかい? ルー」
「これ以上、友人を怒らせる真似はしたくないから暫しの間、黙っていた方が良さそうだね」
町民に会う度、誰彼かまわず、皮肉を言っては顰蹙を買うルーを窘めるランディ。これではまともに話など出来る筈がない。最早、ルーにとっては当たり前の既知で詰まらない話だとしてもランディにとっては始めてなのだからもう少し気を使っても良いのだが、歯牙にも掛けずに我が道を突き進む友に困り果てるばかりのランディであった。
「そうだ。ご令嬢、機嫌を損ねてしまったお詫びにと言っては粗末な物で申し訳ないのだけど、これを受け取って貰えないだろうか?」
済まなそうに苦笑いを浮かべるランディがそう言いながら取り出したのはフルールから貰った氷砂糖の小瓶だった。予期せぬ事態に陥ったここぞ言った時だけだけれども貰い物に心から感謝するランディ。
「ええ! そんなお詫びをされる様な事ないですから。誰にでも人に皮肉を言う繊細さのないルーさんの言動何て日常茶飯事ですし」
「さらっと人を貶したよね!」
既に居ない者だとヴェールに認識されるルーを尻目にランディは首を横に振って差し出す。
頑として譲らないランディに思わず、小瓶へ手を伸ばし受け取るヴェール。
「氷砂糖! 嬉しいです。でもこんなにいっぱい貰って良いんですか?」
「大丈夫、大丈夫。それはフルールからの貰い物だし。一人で食べたり、料理に使い切るのは大変だから困ってたんだ。寧ろ、喜んで貰えるなら幸いだよ」
「でもやっぱり申し訳ないですよ。だってランディさんには前にもっと私たち失礼な事をしてましたし。受け取れないです」
「理由は無くたって良いんだ。本当に純粋な気持ちとして受け取ってくれないかい?」
柔らかく熱の籠った小さな手へ氷砂糖が入った瓶を握らせるランディ。そしてランディは浮き浮きと髪を跳ねさせながら喜ぶヴェールを見て一安心する。ちょっとした物でも心遣いが喜ばれる事をランディは知っている。
「何だか照れてしまうのでやめて下さいっ! 分かりました、分かりました。在り難く頂戴致しますのでもうやめて下さい」
「ありがとう」
「ただ、私も贈り物頂くだけでは恥ずかしいので何あれば……」
「気にしなくて良いさ。本当にお裾分け位の物だから」
「いえ、お料理にも使えますし、砂糖漬けにも使えます。とても嬉しい贈り物でした。ましてや迷惑をお掛けしたのに……そうだ、実はお菓子の香り付けで使った乾燥ハーブが余ってしまったのでもし宜しければこれをどうぞ。とても良い香りでしたので色んなお料理に使えると思います」
「いや、貰えないよー」
「いえ、ほんの気持ちです! どうぞ、受け取って貰えませんか?」
「受け取って貰えるまで着いて行きますよ? 一度、決めたら私は絶対に通しますから」
「うーん……」
思わぬお返しにランディは尻込みをする。やっと、終わらない善意のお返しから逃れられると思ったのだが、ランディの思った以上にこの町は律儀な人物が多過ぎた。
「取り敢えず、受け取っちゃいなよ。ヴェールは頑固だから説得は無意味だ」
「さようですか……」
困り果てて前髪を弄り始めたランディに面白そうな顔をしたルーがそっと耳打ちをする。逃れられぬ宿命か。今日のランディの運命の分岐点は此処で間違いなかった。
全ては揃い、後は転げ落ちるように結末へ。
後のランディがこの日の思い出を語るのならば、必ずこう言うだろう。
「あの日はちょっとした善意が重い日だった」と。
「分かった、在り難く頂戴するよ」
「やった! そうだ。後、これなんですけどお花屋さんの前で拾いました。誰かの落とし物だと思います。多分、自警団のランディさんたちの方が色々な方にお話をする機会が多いし。私じゃ、夜はきちんと家に帰らないといけないし、学校もあるので時間がなくて落とし主を探すことは出来ないのでお願いしても良いですか?」
「確かにかしこまったよ。俺たちで何とかしてみる」
序で一つ、御願い事をされて二つ返事で受けるランディ。ヴェールから受け取った指は鈍い光を放つ銀色の古ぼけた銀の指輪。如何やら婚約指輪のようだ。彫刻は経年劣化で薄くなり、内側に刻まれた文字も読めない。細かな傷が見受けられるもきちんと手入れをされている為か未だ尚、輝きを留めている。日々の手入れを欠かさずに持ち主はさぞ、大事にしていた事だろう。素人目でも分かる持ち主が生きた年月を表すと言っても過言ではない代物だ。
二人が話をしている間、ルーの視線は終始、ランディの持つ指輪に向いていた。
「ありがとうございます。もし落とし主の方からお礼などがあれば、要らないので宜しくお願いします」
「本当に良いのかい?」
「ええ、要りません」