第壹章 自警団会活動記録〇一 11P
ランディは頭の後ろで手を組みながら空を仰ぎ見る。
「さて。見回る場所も今向かっている南方面で最後かな……。町の全体的な問題点としては空き家だね。火事も心配だし、良からぬ輩のたまり場になり兼ねない所が多かった。老朽化も思った以上に進んでいて倒壊の危険性がある建物もあったね」
「その点はもう早急な解決策が打てないから一先ず、人が入れない様に扉は施錠、窓は板を打ち付ける。これだけでも違って来る。倒壊の危険性がある建物はリストとして残しているから立て看板で警告するのとブランさんに報告は必須だ」
気を引き締めて本日最後の総括を行う。勿論、最後の最後まで手を抜かない。
所詮は自己満足と言われればそれまでだが、その自己満足はもとより大小あれども多くの人に望まれたものから端を発している。ならばその願いを成就してこそ価値が出て来る。
ましてやランディには多くの町民に自分の有用性を示したかったし、ルーは町の次代を担う者としての矜持があり。それぞれに目的があったのだから尚更、引くに引けないのである。
「後はそうだね……。詰所が欲しい。勿論、さっきみたいに喫茶店の軒先で話すのも申し分はないけど、こんな話を他のお客に聞かせるのは少々、無粋だ。これから他言無用な話をする必要があるかもしれない。その他にも相談を受ける事もあるだろう。今日、集めた情報もきちんと保管したい。何処か、一室を用立てて貰うことは可能なのかな?」
「その心配は要らないよ。元々、詰所はあるんだ。使ってないだけで。多分、家屋はまだ十分に使えるよ。勿論、掃除やら細かな手入れは必要かもしれないけど。今度、案内するよ」
「それは良いね。意外と拠点を確保するのって大変だから一安心だ」
「確かに一から探したり、許諾を得るのは辛いよ。鍵は役場にある。ブランさんに合鍵を作って貰って僕らで管理しても問題ないと思う」
「ならもう、俺から指摘することはない。やっと始める手筈が整った。と言っても見回りは定期的に行わないと駄目だね。驕ってはならない。今日だけでも色々と材料を揃えることは出来たけど。例えるならお店に出せる様な美味しい料理を作るにはまだまだほど遠い。やっと調味料を揃えきってちょっとした手料理を振る舞えるようになっただけだ。これから胸を張って自警団を名乗るならば、他所に町民が自慢しても恥じないほどの質を提供して行かなければね」
「当然のことだ。活動の必要性を認められて大きく動き、人員の増員が認められてからが本番だ。まだ、僕たちの仕事は皆にひと時の安心を与えるだけのごっこ遊びに過ぎない。今は当然の事ながら議会や町民からも歓迎されている。だが、以前からなかった訳じゃなくて計画が何度か上がっても必要性が有耶無耶になって頓挫した前例がごまんとあるんだ。多分、その中の一つにしか捉えられていない。平和が続き、忘れ去られるその循環が出来上がるのは必然だ。でも事はその平和の時の最中に起きる。ならば、僕らは例えなくなったとしてもその有事に行かせるだけの爪跡を残さないとね」
夕焼けに照らされて背後に大きな影を伸ばしながら歩く二人。少々、肌寒くなって肩を窄めたその後ろ姿は達成感に満ちていた。
赤く染まり、人影も少なく閑散とした町並み。
家屋の影がじんわりと伸び、時より頬に当たる寒風が町を流れ、子供に帰宅を促す。
その風には何処かの家庭の料理の香りが乗っており、嫌でも腹の虫が鳴く。
緊張感の全くない穏やかな無音が続く。
人々が眠りに付く準備をし始めるこの時間。
この風景をいつまでも守りたい。町のたった一つの願いはそれだ。
そして景色と一体化し、その存在を町の陰へと掻き消しかけていた二人の目の前へ不意に子供が飛び出してき来た。二人の内でぶつかりそうになったランディ。しかし、相手の子供の方が後ずさりをし、ぶつかることはなかったのだが、勢い良く体勢を崩し、倒れそうになる寸での所でランディが小さな手を引き、軽く抱き留めて転倒を未然に防ぐ。
「おっと、これはヴェール嬢。ご機嫌麗しゅう」
「こんばんは、ヴェール」
「こんばんは、ランディさん。ルーさん。ランディさん、ありがとうございます」
「此方こそ、失礼したね」
ランディの腕の中で寒風の所為か、それとも他の理由か、少し頬を朱色に染めていた今日のヴェールは少し洒落た格好。紺色の細身な綿のドレスと黒の肩掛け、ピカピカの黒い靴。長い金色の髪は真ん中で結い、肩から流しており、動きやすさは損なわずに尚且つ、休日の令嬢と呼ぶに相応しい。そして一先ず、挨拶を交わすランディたち。
「二人して連れ立ってどうしたんですか?」
ランディからゆっくりと離れつつ、問いかけるヴェール。
「いや、今日は自警団活動開始の初日だよ。見回りと今後の対策を練っていた所さ」
「そうなんですか。ご苦労様です! 熱心ですね」
「いや、実情としては今日が二人とも休みで特にやることもなかったから始めて妙な凝り性が祟ってこんな時間になったんだ」
「立派なお仕事です。休日を使っているのですから理由など関係ありません。本当に素晴らしい事だと私は思います!」
さして褒められたことではないとランディが首を振るも尊敬の念が入り混じる輝く目のヴェールは引かない。最近の彼女たちはいつもこの調子。ランディが何をしていても何を言ってもその言動や行動に興味津々。態度や色眼鏡で見られることはなくなったが、一挙手一投足にまで注目をされるのはあまり変わりがなかったので気疲れも相変わらずだ。
「それにしてもヴェールこそ、一人で珍しいね。ルージュは?」
「今から迎えに行く所です。今日は町の男の子達と蹴球の練習に行く日だから私はお友達のお家でお菓子作りをしてました」
「何を作ったんだい?」
「ちょっとしたお茶菓子とサンドイッチを。出来た後はお茶うけにしてお友達とゆっくりお話をしていたらあっという間にこんな時間になりました」
「それはさぞ、有意義な時間だったね」
「はい! 学校のお話や小説のお話、また今回は味付けがジャムばかりでしたが、次はドライフルーツを使ってみようと言う話をしました」
今日あった事を楽しそうに話す微笑ましいヴェール。さも興味ありげにランディは適当な相槌を打つ。こう言った一日の出来事を話す時のヴェールは年相応に子供らしかった。いつもこうならば良いのだが、聡いので答えに苦しむ質問を投げ掛けられてタジタジになる事が多い。
「ただ、残念なのが今日は初めてだったので量は多く作れなかったです。折角、上手く出来たのに……」
少々、残念そうにヴェールは整えられた茶色の眉を顰める。
「それは仕方がない。勿論、今日は練習だったんだろう? なら、次は本番で完璧な物を振る舞えば良い事さー」
「はい! 今度は家で作るつもりです。がんっばります!」
「その調子、その調子」
ヴェールの心意気にランディは微笑んだ。
「それにしてもやっぱり、時々は二人とも別行動もするんだ。窓際で見られて時には必ず二人居たからだったからいつも一緒なのかと思ってて驚いたよ」
「それぞれ、この二人はへんちくりんだからあんまり同じことはしたがらないんだよ」
話は変わり、いつも二人で行動していた彼女たちの見慣れない姿にランディは触れる。会う度、必ずと言って良いほどに一緒だったのだからランディが驚くのも仕方がない。
柔らかな少し寒さの残る夕風に吹かれ、視界を遮っていた真黒な前髪を鬱陶しいそうに払いながらランディは素直に疑問をぶつけた。
「姉妹だからっていつも一緒とは限らないですよ。性格も好きな物も違いますし。私は手芸や読書など、室内で行う趣味が好きであの子は運動全般が好きだから当然の事です」