第壹章 自警団会活動記録〇一 9P
*
「フルール、御機嫌好う」
ランディは快活な声でフルールに挨拶をした。
「喉が渇いた……騎士様、何かちょーだい」
対してフルールは冷めた目で挨拶を飛ばし、素っ気なく物を強請る。
「唐突に物をねだるとは随分とご挨拶だね、お嬢さん?」
「今日は珍しく気取った言葉遣いと仕草ね? しっくりこないけど」
「はあ…………確かに柄にもない事をしているのは重々承知しているけど、もう少し俺の遊び心を理解があっても良いんじゃないか?」
「大して面白くないし、寧ろ鼻につくだけ」
「…………」
先ほどよりまた時間が少し経ち、ランディは一度、ルーと別行動を取っていた。
何故ならば、今後の見通しも立ったので町の見回りを重点的に行う為、時間の短縮も兼ねてだ。集合場所は中央通りの役場と決めてルーは東側から南回り、ランディは北回りに。北西の教会周辺は一度訪れているので北側に回った後、まだ見回っていない中央通りを抜けて落ち合う予定の被服屋へ向かうその道中の西通りの中間地点で大きな手提げを持ったフルールと出会い、今に至る。フルールはぴしゃりと皮肉な様を指摘されてランディは意気消沈。
確かにランディは二枚目の紳士を気取る程の甲斐性はない。ましてや、言動や行動が伴っていようともそう言った気障な輩をあまり好かないフルールからすれば鬱陶しい事、この上ない事は分かり切っていた。たまには格好を付けようと幼稚な考えで背伸びした結果が裏目に出たのだ。
「どうせ今日の配達を一件忘れて急いで行った帰りで喉が渇いたとか、しょうもない理由だろうから訳は聞かないけど。ほら、どうぞ。貰い物だけどね」
「そんなとこ、そんなとこ。ありがとー、流石は騎士様。気が利くー」
「本当に物ぐさなんだから……」
確かにフルールの口元はいつもの潤いがなく少し乾燥しており、声に張りがない上に息もどことなく荒い。ランディから果汁の瓶を受け取るなり、豪快にコルクを開けてそのまま飲み始めるフルール。そこに女性らしさはこれっぽっちもない。その様を呆れ顔のランディは一部始終を見守るしかなかった。果汁を飲み終わり、そのままフルールはゆっくりと周りを見渡してそして小さなレンガ造りの花壇を見つけるなり、荷物を運びながらランディを誘うと腰を落ち着ける。ランディも習い、隣に腰を落ち着けた。
「はあー、やっと一息つけた。助かったわ」
「どういたしまして」
声の張りが戻ったフルールは礼を言った。
「それにしても騎士様何て本当に似合わない」
肩を竦めてフルールは言う。確かにランディ自身もその呼び名にはあまり良い気持ちがしない。元々、人の目を引くような事はしたがらないし、寧ろ目立たない事を貴ぶ様な性格なのだから尚更だ。
「俺が呼んでくれって言った訳じゃないし、知らないよ。此処、最近にその呼び方が一気に広まったんだ」
少々、不貞腐れた様子のランディはぼそぼそと蚊の鳴くような声で反論する。
「始まりはブランさんから広まったらしいわ。貴方たち自警団の事を度々、『chanter』の三騎士何て揶揄するから皆、真似し始めたの」
「なるほど、そう言う理由があったのか……中々、呼ばれるのは恥ずかしいからやめて欲しいのだけど」
「何よ、呼ばれても嫌な顔一つしないんだから。実は満更でもないんでしょ?」
「名前を呼んでくれないんだから返事するしかないでしょ。嫌な顔なんてしたら自警団の印象も悪くなるし。仕方なく……だよ、仕方なく」
「ふふっ……分かったわ。そう言う事にしといてあげる」
何かすれば噂話になり、その噂には尾ひれが付く。自分の知らない所で知らない自分が出来上がっているのだから最早、自分がその偶像に合わせるしかない。
「それで今日は制服に袖を通して何してたの?」
「ルーと一緒に見回り。休みが偶々合って丁度良かったからね」
「あっそ」
「うん」
「そう」
「うん」
ぽつりぽつりと素っ気ない言葉少なげな二人の会話が続く。互いに顔を見ず、特に話すこともない様子なのにそれでも。無言が時より支配する事があってもこの場を離れようとはしなかった。情報を共有することが目的ではなく、少しでも一緒に居る時間を作りたいかのように。ランディ自身、思えばあの時からフルールとの関係がもっと言えば距離をどうとれば良いか分からなくなっていた。
勿論、フルールがどう思っているのか定かではない。気恥ずかしさを感じつつも心落ち着く友と言うよりももっと心の奥底に感じる温かさに。居心地の良さに戸惑っている。まるでレザンと居る時の様に心が安らかになるから良いのだけれどもと自分の中で片づけるしかなかった。残念ながら答は未だ、遠くの検討も付かない場所にあるのだろう。その答えは時間を掛けて探すのも悪くない。
「何か面倒事は? 話を聞いてあげないこともないわ」
「今の所は特に何も。ただ、強いてあげるならラパンって子が空腹でへたり込んでたものだからパンを上げたくらいかな?」
頬を手で撫でながら思案顔のランディは当り障りのない話題をフルールに振った。
雲行きの怪しい話題や眉唾物の噂、治安に関する事など話題の枚挙に暇はないが余計に不安を煽るような事はしたくなかったからだ。
「ラパンの行き倒れ何て割と見かけるわ。あの子、いつもお腹ぺこぺこよ? お家で満足に食べさせて貰えないのかと思えば、山盛りの賄いご飯を食べているのもよく見かけるからそうでもないし。あの物量は何処に行っているのかしら……」
「えぇー、そうなんだ……」
「本当に不思議。多分、ラパンのお腹には大きな海があってそこに住む魚や生き物たちが食べているに違いないわ……」
冗談交じりにそう言うとフルールは細筆で引いた線の様な薄茶色の眉を顰める。
ランディは軽く鼻で笑った。
「確かにあれだけ食べているから縦にも横にも無駄に大きいし。そのお蔭で力は凄いわ、この前も深く泥濘に嵌った荷馬車を一人で押して泥濘から出してた。何よりもあの体格の割に動きも機敏でびっくりなのよ」
「それは凄いね」
ランディも先ほどの穏やかそうな印象を与える青年がまさかそれほどまでに意外な一面を持っているとは思わなかったので驚く。
「ラパンの話は兎も角。あたしは午前中、何もなかったわ。いつも通り前の日に仕込みをしといた生地を形成して竈で焼いて客注用と販売用に仕分けて店に並べて開店したら店番。お昼頃になったら配達へ行って―― ってね」
「そうなんだ」
「そうなの」
空を仰ぎ見ながら今日合った出来事をフルールは話し始める。ランディは口元に穏やかな笑みを浮かべながら相槌を打つ。花壇の背の低い草木が風に揺られて町の喧騒を少しだけ掻き消した。草木の香りが鼻を擽る。フルールは小さなくしゃみを一つした後、大きく伸びをした。釣られてランディも大きな欠伸が一つ。ランディは目じりの涙を指で拭いつつ、話の続きを大人しく待った。