第壹章 自警団会活動記録〇一 8P
「ルー、君は冷たいな! 可哀想だろうに」
二人の不穏な会話に耐えられず、ランディは口を挟む。
「大丈夫、放って置いても我慢が出来なくて勝手に帰るよ。時々、あるんだよ。僕もそれ位の状況把握は出来るさ。寧ろ、甘やかすのは彼の為に良くない」
「そう言ってやるなよ。待って確か、ユンヌちゃんから貰ったパンがあるからこれをお食べ。時間が経って固くなっているかもしれないから申し訳ないけど」
ランディは鞄に仕舞っていた紙袋を取り出してそっと差し出す。紙袋の中にはまだ一つも手を付けていないパンが入っている。空腹を満たすには打って付けの筈だ。
「えっ、本当に! 本当なんだな? 僕は今日、遂に神様と出会ったんだな! 在り難く頂きますなんだな!」
「遠慮せずにどんどん食べて。はい、どうぞ」
「ありがとうー」
食べ物があると知った途端に目を大きく開き、ランディに期待を寄せる青年。
上半身を起き上がらせた。そしてランディから袋を受け取る。そして中身のパンを確認すると満面の笑みに。丸い小さなパンを一つ取り出すと手で千切り、小さな欠片を口に放り込む。ゆっくりと噛み締めては欠片を口に。二度、三度と続けて行く内にペースはどんどん早まり、遂にはもどかしいのか残りは大きくかぶり付く。
「君は本当に甘いな……」
「これ位、大した事じゃないだろう。寧ろ、このパンも美味しく食べて貰えた方が本望じゃないかな? 折角のユンヌちゃんの厚意が無駄にならなくて良かった」
「そうかい、そうかい。君がそう言うのならば僕はもう何も言わない」
一先ず、青年がパンを食べ終えるまで見守るランディ。
さして時間を掛けることなく、袋の中のパンはラパンの口の中へあっという間に吸い込まれて行った。幸せそうに食べる微笑ましい様子をランディは見守る。
「御馳走様なんだな」
「それじゃあ、気を付けてお帰り。俺たちはまだ色々と回る所があるからね」
「うん? ちょっと待って下さいなんだな、神様」
立ち去ろうとしたランディが着ていた外套の裾を寸での所で引いて呼び止める青年。
「いや……俺は神様じゃなくてランディさ」
妙な呼び名で呼ばれてランディは振り返り、困惑しつつも名乗った。
「うん? もしかして三騎士のお一方だったんだな! ランディさまなんだな!」
「どうやら一部の人が俺たちをそう呼んでるらしいね……。無駄に仰々しくて恥ずかしいけど、そう呼ばれているのは間違いない。様付けは要らなくてランディで良いって」
「ではお言葉に甘えてランディさん。何もお返し出来ないのは申し訳ないんだな。何かお礼をしなくちゃなんだな!」
言葉の語尾は別として何とも礼儀正しい青年にランディは感心しつつも首を横に振る。
「そんな心算で君にパンをあげた訳じゃないから気にしなくて良いよ。ほら、御行き」
「そう言う訳には行かないん。それだと僕が納得出来ないんだな、ちょっと待ってて。鞄の中に何かあったと思うんだな」
そう言うなり横に置いていた自分の背嚢を漁り始める青年。
「おお、丁度まだ飲んでない葡萄の果汁があったんだな! これをどうぞ、お納めくださいなんだなー。僕の父さんが作っているとっても美味しい果汁なんだな」
「いや、そんな物貰えないよ。元々、そのパンもお金を出して買った訳じゃないし」
「こう見えても借りた借りは返す性分だから受け取って欲しいん。情けは人の為ならず―― なんだな。例え、自分で飲まずともさっきランディさんが言った様にもし喉が渇いて困った人が居たらその人に。その為に持っていて欲しいんだな。そしたらきっとランディさんにまた廻り回って誰かが助けてくれるんだな」
血色の戻った赤い頬に眩い笑みを浮かべて瓶を差し出す姿にランディは無碍に出来ず、受け取る。濃紫色の果汁が入った瓶は重たかった。
「失礼した。君の心意気を無碍には出来ないから在り難く頂戴するね。これは有効活用させて貰う。君の心遣いに感謝するよ」
「ランディさんの厚意に見合う物ではないかもしれないんだなー。でもそう言って貰えると僕はとても嬉しいん。じゃあ、僕はこれで失礼するんだな」
「気を付けてお帰り」
「本当に助かったんー。ありがとうなんだなー」
手を振って立ち去る青年を見送ったランディとルー。そして大事にならず、ランディはほっと胸を撫で下ろす。また例え、些細な出来事でも無視すれば後々に響いてしまう。小さな信頼を勝ち取って行くことで大事があった時でも迅速に対応することが出来る。
きちんとした実績や権威があったとしても心を動かせなければ人を動かすことは出来ない。
勿論、工程は他にもある。それは人を熱狂させる魅力を持っていたり、深い知識または特殊な技量を持ち、人を教え導けたりなどと言ったものだ。ただ、今のランディには必要ない。
何故なら町の民と寄り添い、上に立つよりも共に歩いて行く事を望むからだ。
「中々、良いものと交換が出来たね。ラパンの家のジュースには結構定評があるんだ。態々、遠方の分限者が買い付けにくらいだよ」
「それは凄い……彼の名前はラパンと言うのかい?」
「何だ、初対面だったのかい? そうだよ、彼の名はラパン・ジュワイユ。何処にでも居る様な気の良いちょっと間の抜けた田舎町の青年さ。そもそも彼の家は旗亭でね。ここら辺では有名なんだ。行商人がこの町に来たら最初に必ず寄って行くくらいだ。料理の値段は張るけど、僕も月に一回はお邪魔しているよ。あそこのパスタは最高だ。その月々に取れる食材をふんだんに使って郷愁を感じさせる田舎料理から都会の小洒落た高級レストランで出るようなフルコースまで幅広くやっているよ」
「へえー」
ルーの補足をゆっくりと聞き流すランディ。遠くに見える大きな背中を視界に入れながらぼんやりと考え事に耽っていた。
「君も今後の為に一度は訪れるべきだとお勧めする。上手い料亭の一つでも知っておくことは悪くない。お偉方との会食や女の子を連れて行く店としては打ってつけさ」
「とても有益な情報ありがとう。必ず、伺わせて頂くことにしよう」
さあ、話は終わった。先に行こうとルーはランディの背中を軽く促す様に叩く。
ランディは頷くとルーと共にまた歩き始めた。まだ日も照っており、夜の帳に包まれるまで時間はたっぷりある。目の前にやるべき事はごまんと転がっているのだ。
そしてまさかこの出会いからラパンと言う青年と大きく関わって行くことをランディも全く想像出来なかった。