第壹章 自警団会活動記録〇一 7P
「どんな話?」
「三人目の話」
「三人目……何のことさ?」
怪訝な顔をして問いかけるランディにルーは意気揚々と答える。
「最近、現れたとされる三人目の神格級の『cadeau』保持者の話さ。眉唾物だけどね!」
「えーそれは嘘だよ。俺、そんな話はあっちで聞いたことないもの」
目を丸くして身を乗り出し、大袈裟な反応を示すランディ。
「僕も酒のツマミ代わりに聞いた話だからうろ覚えなんだけど、何でも騎士団を去った『神速』が人知れず弟子を作っていたらしいんだよ。そしてその弟子が十年以上の時を経て王都に登場! 歳は僕たちと同じくらいでまだ二つ名は付けられていないらしいんだけど、聞く所によると少なくとも『神剣』を超えるかもしれない逸材らしい」
「それが本当ならば王都はお祭り騒ぎの筈だよ」
「それが上手く情報操作されてほんの一部の人しか知らない極秘事項扱いらしい」
「へえ……それでその逸材は今何処に?」
興味津々な様子で言葉を返すランディだが、目はちっとも笑っていない。
「分からない。未だ、王国軍に秘匿されているかもしれないし、はたまた何処かへ去ったかもしれないと聞いた。まあ、たまたまこの町へ立ち寄っていた偏屈な鍛冶職人から僕はその話を聞いたのだけどね」
「そうかい。ただ、王国軍がその国中が沸き立つ話題を隠すとは思えないなー。ましてや、他国に威圧を掛けられる絶好の機会を逃す訳がない」
「確かに。どの国も他国から一歩先んじようと技術革新や軍事力、経済力を付けて鎬を削る最中、この話題はとっておきだ。ましてや、騎士団長をはじめ、守護騎士と言う王都を盤石に守護する体制を覆し、攻めの姿勢に転じるのも申し分ない。改めて騎士隊を再編し、もし『武神の加護』と言う万の兵力と互角に渡り合える者が遊撃隊として動けるのならば、他国はある程度、緊張感を持つだろうね」
「その通り。やっぱり酒のツマミで語る話は所詮、そんなものだよ。ましてや、技術革新で戦場は次に進む。確かに『武神の加護』は政治的にも軍事的にも知名度と過去の戦果で威圧を掛けるには強力な武器だ。けれども君の言うようにある程度の緊張感を与えるのが関の山。一つで何百もの兵士を吹き飛ばす兵器が続々と登場した今、『武神の加護』なんか時代遅れの遺物でしかない。所詮は個の偶然が手にした力、限界は目に見えている。今後、討伐されるだろう虚ろなる神と一緒さ。たった一人で戦況をどうにか出来た戦もこれからは武勇伝ではなく、多くの人が関わり悲しむ凄惨な過去の過ちとして語り継がれる。かの大戦のようにね」
何もかも分かったかの様に諦観しきった意見をランディはさらりと言った。今、此処に居るランディは『chanter』のランディではなく、見えない軍服を纏ったランディだ。
「まあ、この話はうわさ話に過ぎないからあまり熱く議論をした所で面白味は全くない。それよりも話を戻そう。王国の取り巻く現状の概括は一通り仕入れたから僕が後で纏めて報告書を作っておこう。これも仕事の一つだから何かしら成果を作らないとね。それからここら一帯地元の人間は統括して『Fleuve』と言うんだけど、『Fleuve』周辺の治安は……」
鼻から息を漏らし、此処でルーは言い辛そうに言葉を濁す。
「ここ暫くは平穏無事。一応、一つの町が総出で賊を討伐したことになってはいるけれども王都に暗躍する反社会勢力でさえも訝しがる程に一目置かれている。そして異様なのがあまりにも情報が少なく、簡潔に主だった被害もないこと。一部では古の怪物がまだ、この町に暗躍したのではと噂になるくらい不気味で手を出せない……か」
「彼らの登場でこれから先の平和が作られると言うのは何とも皮肉めいた話だ」
「確かに振り返れば、僕たちは上手く立ち回ることが出来た。それこそ一生分の幸運をつぎ込んだと言われても可笑しくないくらいに。多分、今後はこうも上手く行くことないよ」
「確かに。でもそれは結果論の話。これから先の災厄を気に病む必要はない。また、奇を衒う愚か者がいる可能性は捨てきれない。権利の上に眠る者は保護されないのと同様に僕たちは一時的な平和の上に坐している暇ではない。やはり今は絶好のチャンスだ」
「これから僕はブランさんに防衛費に予算を付けられないか掛け合うよ。まだ、下期行われる追加予算の審議が控えているからね。それまでに議題提出出来れば、簡単に通ると思う」
手帳を取り出し、今後やるべきことを書き記して行くルー。達筆な字がすらすらと、真っ白な紙に羅列されて行く。ランディは顎に手を当てながら今後、自分がするべきことを思い浮かべる。ルーが町の中から変えて行くならば、己はこれまでの伝手で外から変えねばなるまい。今の立場ならば、存分に役立てる。
「俺は必要な武具を選出しとく。後は近隣の町村との連携を密にするようオウルさんへ進言する。聞く所によると、オウルさんは此処ら一帯に結構、顔が聞くそうだからね。他にも憲兵隊へも有事の際に駆け付けて貰えるように要請するよ。幸い、『action』には憲兵隊の知り合いが居るんだ。多分、『action』から要望して貰えれば話が早いと思う。常駐は難しいけど、月に一回の見回りならあんなことがあった後だし、直ぐに来てくれるんじゃないかな」
「ほおー。中々、頼もしくなって来た。後は有事の避難所の再確認や備品点検、町民の対策手引とかが必要になるね。避難所の確認と備品点検は僕の方でやっとくからランディは手引の原案をお願いしても良い?」
「よし、頼まれた。期日は何時ぐらいまでにしておこうか」
「早くとも再来月までに準備の手筈が整えば良いと思う。僕らも本業があるし、結構大きな話になるから余裕を持って事に当たれば、何か課題が出て来ても対応出来るだろうし」
「承知したよ」
「今後の施策はこれ位で十分だろうね。早速、僕は議案の草稿も練らないと。ラセさんに手伝って貰うことにしよう」
「ではまた見回りに戻ろう。まだまだ、情報収集をしておいて損はない」
穏やかな陽気の所為で眠気を覚えたランディが立ち上がり伸びをする。同じく眠気にやられたルーもつられて欠伸を一つ。そろそろ出立の時と店先から出て歩き始めた彼らの目にある物が映る。二軒先の家屋に寄り掛かり、力尽きた様に地べたへ座る青年がいるのだ。
浮浪者の居ないこの町には珍しい光景であった。
立てばランディよりも頭一つ分大きい位の大柄な体格で小太り。灰色の草臥れた大きなコートと厚手のゆったりとした黒いボトムスを履き、日の光を浴びて反射する黒い靴は小綺麗で手入れも行き届いている。短く刈り上げた茶髪、顔は頬がまるまると大きく膨れて小さな目は閉じている。隣にはこれまた使い古された苔むし色の背嚢が置いてあった。
行きずりにしては身なりがきちんとし過ぎている。
ゆっくりと近づいてみるとその人物は何やら呟いているのが聞えた。
「お腹が減ったんだな……」
「あれ、こんな所でどうしたのさ、ラパン」
訝しがるランディとは違い、さして気にすることもなく、何時もの光景かの様にルーは声を掛けた。どうやらこの町の住人に間違いない。
「ああ……そこに居るのはルー君―― なんだな? 僕、今日は御使いで……此処まで来たのだけど、急ぎで色んな所に回る用事だったからお昼ご飯食べ損ねてもう動けないん……お金も持ち合わせがないし。何か食べ物が欲しいんだな」
肩を叩きながら話し掛けるルーに反応し、薄目を開けた青年はか細い声で問い掛けに答える。心なしか頬がこけて顔色も悪い。放って置くには流石に気が引ける雰囲気だ。
「中々、面白い理由をありがとう。生憎、持ち合わせがなくてね。頑張って帰るんだよ」
「無念なんだな……帰りたいのはやまやまだけど、もう一歩も動けないん。このまま餓死して今生の別れになるかもしれないから一言言わせて貰うけど、ルー君、体に気を付けてね。皆、ルー君が町の為に夜遅くまで頑張ってるのは知ってるんだな。きちんとご飯を食べて寝るんだな。体を壊しちゃったら皆心配するんだな」
「ありがとう、気を付けるよ」
些か大袈裟な会話に思わずランディは顔を顰める。幾ら下らない理由でも大事に至ることはある。何よりもルーが青年を邪険に扱ったのが余計にランディの機嫌を損ねた。